第29話 眠れるポットの美少女


「閣下、我らの提案を受け入れていただき、誠に有難うございます」

「感謝するなら言葉遣いをやめれ」

「はあい、タツローさん、本当に感謝しますわー」


 少佐、ゼフィーナの副官であるリズミラ・オフマツスがふんわり笑う。


「出来ればータツローさんの後宮にわたくしを末席に加えていただければーと」


 妖艶な笑顔に女を感じさせる流し目でこっちを見てくる。つーか、『エペレ・リザ』のメンバー全員がその手の話題をこっちへ振ってくるんだが。


「君らさ、そういうのが嫌だからこっちに付いたんじゃねぇの?」

「ええ、ですがータツローさんは元から女だから令嬢だからーって目線はありませんでしたよねー?」

「その手の常識ねーからな」

「うふふ、そういう事じゃないんですよねーきっと分からないと思いますがー」

「?」


 うふふと笑いながらシミュレータ装置へ歩いていくリズミラ。こちらへ引き込んで三日、彼女達には安全な第五種強化調整まで行い、ひたすらクランが所有する艦隊戦のシミュレーションをやり込んでもらっている。何しろこちらのシステムは、俺らが魔改造したシステムを使ったモノなので、『はい乗って』と艦船に乗り込んでも『無理』となりかねない、その為の完熟訓練という訳だ。


 そしてもう一つ。


「はい、まだまだですの! そこ! 動きに無駄がありますの!」

「「「「はい! メイド長!」」」」


 助け出した女性達はそのほとんどが駄メイドガラティアの指導で、なぜかメイドとなる事を望んだ。いやこれは『エペレ・リザ』の隊員達が大層喜んだ。何せ彼女達は貴族のお嬢様達だし、本来ならばお世話をされる立場なのだから、メイドが身の回りのあれこれをしてくれるというのは当たり前である。


 かしずかれたい訳ではないが、実際問題として、今まで自分でやってきた身の回りの事は酷い事になっているらしく、彼女たちのメイド就任は喝采を持って受け入れられた。


 とまあ、穏やかな日常へと戻りつつあるのだが。いや、戦闘訓練を穏やかと言うのは違うかもしれないが。


 ただ……


「ねーね」

「ルル、大丈夫ダッテ、チョット疲レテイルダケダゼ?」

「うにゅぅ、ほんとー?」

「マジマジ、ナ! マスター! ダゼ」

「おお、本当だって。だからな、ルルがそんな悲しそうな顔してっとねーねが悲しむぞ? ほら、飴ちゃん、あーん」

「うぃ、あー」

「心配すんなって、とと様に任せなさい」

「あい! おいちーの」

「また買いに行こうな?」

「あい!」


 そう、ルルを逃がした少女、出身と名前を確認してシェルファという名前である事が分かった彼女は、まだ目覚めていない。


 彼女も辺境にあるコロニー出身者であり、生粋のコロニスト。どうやら公社が仕組んだ罠にはまり、両親を事故に見立て殺害され、その事故の損害を借金として背負わされ、誰にも相談する隙を与えてもらえず、違法人身売買グループに拉致をされてしまったようだ。


 他の女性、メイド達の証言から、そりゃあ現実逃避して目を覚まさんわ! と怒りを通り越して殺意に目覚めそうになる凄惨な目に晒されたらしく、彼女一人を念入りに拷問している間にルルが逃げ出し、その猶予からメイド達は全身の皮を剥ぐという猟奇的な目には遭遇したものの、それほどの精神的ショックを受けずに助かったとか。


 それを彼女たちは凄く恩義として感じており、暇を見つけてはポットの少女へ向けて名前を呼び、感謝を捧げ、安心して目覚められるように、今は大丈夫、安心だよと語りかけているシーンを良く見かける。


 ルルの為にも、他のメイド達の為にも目覚めてほしいのだが、アビィとマヒロ監修の精神衛生プログラムも今一効果が薄いらしく、こればかりは時間をかけるしかないかね、という感じだ。


「ん? 時間?」


 そうか、もう第八種相当の調整強化をしてるんだし、時間加速装置へ入ってもらっても外見年齢が老ける訳でもないんだし、それもありか?


「アビィ」

『はいはいーですわん』

「彼女、シェルファをこのまま時間加速装置に入ってもらって、そこで治療したら問題はあるか?」

『なるほど、それは考え付きませんでしたのん。マーちゃん、どうですのん?』

『ただいまシミュレート中……いけますが、治療が不完全だった場合で目覚めますと、そのまま精神崩壊も視野に入ります』

「それはアカン」


 内容が内容だけに、確かに成人(こちらでは男女共に十七で成人認定だとか)していない少女が、カルトな悪意と闇を一身に受けたのだ、そうなってもおかしくはない。


「ナーナー、チョットシタ疑問ナンダゼ?」

「ん? どうしたよ」

「ドゥス・カードノオ薬、使ワナインダゼ?」

「あ」


 ドゥス・カードとはクランで医者を自称していた、どっちかつーと無免許医っぽいプレイをしていた人物で、それはそれは心底怪しいお薬を常に研究していた。ただ、すんごい胡散臭いのに、医者としては誠実で、リアルの病気を相談に来るプレイヤーとかがいて、実際に助かったりした事があったり、ガチにリアルの医者じゃないかと思われていた。


 何で忘れていたんだか、俺も一時期お世話になっていたじゃないか。


「マヒロ、検索」

『イエスマイロード……クラン共同倉庫のリストから該当する物品をリストアップ……情報を端末へ転送』

「サンキュー」


 リストに目を通せば、やっぱり怪しさフルバーストしている。


「気持ちラクーニ、心カルーク、気持ちツヨーイ」


 薬の名前を口に出せば出すほど、何だろうこのパチモン感覚と思ってしまう。しかし、彼の薬にはお世話になった事がある身としては、その効果は一切疑っていない。


「注意書に効果と組み合わせが書かれてるのは助かる……よし、これとこれを組み合わせたのをポットに」

『イエスマイロード』


 こちらの話を聞いていたらしいメイド達が、俺達のやっている事に注目をする。こればっかりは注意してもよろしくないと思っているのか、ガラティアも、こいつにそんな自制心とか理性とか思いやりがあったのかと驚くべき事に、空気を読んで何も言わずに見守っている。


 鮮烈なエメラルドグリーンの液体に満たされたポットに、薬の成分かキラキラした何かが頭上から舞い降り、少女の体に吸着するように吸い込まれた。


 どれくらいそうしていただろう。誰一人身動ぎすらせず、ただ祈るような気持ちで見つめていると、待ちわびた声が聞こえてきた。


『バイタル変動確認。意識が覚醒する数値を記録。心拍数増加。呼吸増大。ポットの終了処置を開始します』


 マヒロの宣言に、メイド達が歓声をあげた。


 ポットからエメラルドグリーンの液体が排出され、全ての液体が排出されきると、空気が抜ける音と共にポットの蓋が開いていく。


 シェルファは苦しそうな表情を浮かべ、何かに抵抗するよう身動ぎし、次の瞬間、カッと目を見開いて超音波のような悲鳴をあげた。


「―――――――――っ!!!!」

「うおおっ?!」


 まるで血を吐き出しているような激烈な悲鳴に、俺以外の全員が真っ青な顔して両耳を押さえる。駄メイドは無事だな。つかすげぇ声。


 これじゃまるでバンシーだ。俺は顔をしかめながらシェルファに近づき、彼女の耳元で怒鳴る。


「もう助かったぞ! 目も見えてるだろ! 身体にどこも異常はないはずだ! お前は助かった! 助けた女の子も無事だ! 他の仲間たちも皆ここにいる! しっかりしろ!」


 少女は全ての息を使い果たしたのか、えずくようにして呼吸をし始めた。そんな彼女に視線を合わせ、今度は静かに状況を説明する。


「酷い事をされたのも知っているし、君がどうしてこんな事になったのかも理解している。それを踏まえてこちらは君を保護しようとしている。君が助けた女の子もここで幸せに生活している。安心しろ、もう大丈夫だ。もう大丈夫。大丈夫だぞ」


 シェルファは何度も口の中で、大丈夫、という言葉を繰り返し、ゼーハーと必死に呼吸を整えていく。そこへルルが、彼女の腰に抱きついた。


「ねーねー! わああああああっ!」

「あ、君は」


 大声で泣き出したルルを見て、シェルファの瞳に力が戻った。どうやら精神崩壊という最悪は回避できたみたいだ。


「ねーねー!」

「良かった……無事だったのね」


 お互いの体温を確かめるみたいに抱き合っている様子は、本当に姉妹のようで美しい。


 ルルと彼女、助けると決めて、その結果大事になってしまったのを後悔していた部分があったが……うん、これを見たらそんな気分は吹っ飛んだ。


 少しだけ、俺は間違っていなかったという実感と、本当に本当に少しだけだけど、俺にささやかな達成感と自信をくれた気がした。

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