幕間 皇帝陛下ご乱心。わりといつもの事ですね。

 帝国の首都キュテ・キュプパス。周辺諸国でもここまで巨大な改造首都惑星を持つ星間国家は存在しない。


 バザム通商同盟国の麗しきルナ・フェルム。神聖フェリオ連邦国の神が座するエル・ベル・バルム。そして帝都キュテ・キュプパス、この三つの首都は宇宙に生活を移した人々の憧れの都市として有名だ。


 そんな帝都の中心地、帝国の皇帝が居を構える巨大な城、皇居に七人の大貴族が他の星間国家でも有名な場所、貪欲の大テーブルへ座している。


「筆頭殿。定例会議でも無いこの時期に、我らを集めた理由を伺いたい」


 皇帝の剣であり帝国民の盾でもある軍部を統括する大公爵、ユータス・エブレ・カエルサレが四角い厳めしい顔へ、いかにも迷惑ですという表情を浮かべて発言した。このテーブルに座する貴族で一番の若輩者であり、一番の野心家でもある人物だ。


 ユータスの胡散臭い態度に、帝国の治安を司る大公爵、ミレーネ・ナドゥエ・ガムティガエの、ただですら切れ長な目がますます切れていく。


「違法奴隷、と言えばその筋肉だけが詰め込まれた小さき頭でも理解は可能かしら?」


 ゾッとする凍えた口調に、表面上は平静を装いながら、ユータスは背中に嫌に冷たい汗が流れるのを感じた。


「愚かよな。我らは所詮は皇帝陛下の戯れの尻拭いをするためだけに存在し、皇帝陛下が興味を示さなかった政を代行してやっているに過ぎぬ、単なる寄生虫なのにな」


 帝国の内政を司る大公爵、アルクルス・ジョクラ・セルレイトの言葉に、周囲の大公爵達は同じように頷く。


「あまつさえ、この帝国へ共和国の馬鹿どもに遊び場を提供する事を許すとは、先代カエルサレ公も我が子にはまなこを曇らせるか」


 帝国の法を司る大公爵、ルーサ・リサリム・アクリアヌスは秀でた額に指先を滑らせながら、かつて馬鹿騒ぎをしては笑い合ったかつての親友に思いを馳せる。


「我らが無能だとでも思うてか? カエルサレ公。それとも貴殿ごときが皇帝陛下に成り代われるとでも思うてか? それではあまりに夢想家過ぎる」


 七大公爵筆頭を支える副筆頭、静かなる不動とまで言われた一番怒らせてはならない人物、シーゲル・ハイラド・ウィンザベイのこめかみに青い血管が浮かぶ。


「最近、あたくし、睡眠時間が酷い事になっていてね? お肌の調子がよろしくないのよ。旦那様との逢瀬も気が気じゃなくて、どうしてくれるのかしら? ねぇ、小僧」


 経済の美魔女、帝国の経済を回す最強の女傑、ウルティナ・キソラ・ブエルティク大公爵が表面上は優しい微笑みで、しかし、背後にはナニか得体の知れない鬼神がごとき化け物を背負い、恋人にでも語りかける口調で恐ろしく追求する。


「静まりなさい」


 静かに、しかし誰よりも苛烈に、まるで巨大な惑星が迫ってくるような威圧感を出し、帝国七大公爵筆頭、アリアン・ファコルム・グランゾルトが場を静めた。


「申し開きを聞きましょう。カエルサレ」

「……申し開きと言われましても、自分には何の事か、皆目検討もつきませぬが?」


 自分が関わっていないのは確かだ。問題になるような金銭も受け取っていない。見返りなく、ただ単純に混乱を意図して広めただけの事、だから自分は知らないと笑って断言する。


 確かに厳密には何かしらの法を犯したわけでもない。ただ、自分の無能を声高に叫んで対応を遅らせただけだ。

 

 帝国貴族院が定める貴族法典からは、相当逸脱するし、ましてやその模範足るを常に求められる大公爵がぶっちぎりで違反するわけだ、醜聞どころの話ではない。だが、やはりここでも法を犯したというわけでもないのだ。


「そうか。ではユータス・エブレ・カエルサレの貴族位を剥奪、暗黒宙域への冷凍刑とするが、異論はあろうか?」

「っ!? グランゾルト公! 自分は何も罪となるような事はしておりませんぞ!」

「知らぬのか? 何もしなかったから罪となるのが貴族の義務だ。貴殿は我ら貴族がすべき義務を果たさず、帝国国民の権利を不当に貶め、帝国の威光に泥を塗った。十分な罪であると我らは認識しているのだが?」

「ぐぅ?!」


 永遠の美少女と呼ばれ、帝国民から絶大なる人気と帝国貴族最良と呼び声高いアリアンに睨まれ、ユータスは言葉に詰まる。


「その無能を追放する事には異論はなし。だが、カエルサレにまともな後継はおらなんだ。アリアン殿に妙案がおありか?」

「何代か前の内政貴族も取り潰しはあった。それが適用されるだけだ」

「いやー彼の貴族家には苦労させられました。我が家にお鉢が回ってきた時の大騒ぎと来たら、当時は親父殿とてんやわんやでした」


 既に自分の追放が決定されている事実に、ユータスは絶望する。


 ユータス的に七大公爵は軍部が一番貧乏くじだと感じていた。経済と治安、そして内政は脚光を浴びる部署であると思っている。筆頭副筆頭は帝国の顔だし、厳正な法務部も庶民にとって頼もしい隣人である……では軍部は? ただの金食い虫ではないか。


 ならば軍部が活躍する場所を作れば良い。この場合、宙賊という一番厄介で一番数が多いならず者たちの存在はすっぱり忘れられているのは、世間知らず極まわれりである。軍部イコール戦争と関連付け、最強軍団帝国へ喧嘩を売る馬鹿イコール共和国と安易に考えたのがそもそも阿呆すぎるのだ。


 こうなれば自分子飼いの部下達と反乱を、とほの暗い決意を固めかけたその時、歴史ある大扉が文字通りぶっ飛んだ。


「へ、陛下っ?!」


 滅多な事では感情を表に出さないアリアンが驚き、他の大公爵達も同じような表情を浮かべている。


 中学生程度の身長、ふわふわの柔らかそうな紫色の髪、男性的というよりかは少女のような中性的かつ母性を掻き立てる愛くるしい顔形、この人物こそが帝国の頂点、帝国を象徴する皇帝陛下その人だ。


「アリアン!」

「は、はっ!」

「これをやったの誰っ?!」


 今にも泣き出しそうな表情でアリアンに駆け寄った皇帝陛下は、手に持っていたデータパレットをアリアンの前に叩きつけるよう置いた。


「失礼致します陛下」


 データパレットを手に持ち、さっと目を通したアリアンだったが、その瞳が大きく開かれる。


「レガリアの所有者が出現した、と?」

「バカーそっちじゃないの! こっち!」


 アリアンの驚愕を丸っとぶった切った皇帝は、パレットの一部を指差す。


 そこにはコロニー公社の不正、違法な人身売買、『親愛なる隣人』と教団と共和国の関連性、硬度の高い情報が本物である証明と一緒にズラズラ書かれている。あまりの情報にアリアンが目眩を覚えていると、皇帝陛下が何を訴えているのか分かる文面が出てきた。


「お前、何調子ノッてんの。また躾てやろうか? それともその小さい筋肉脳じゃ覚えきれないのか? 分かってんのかこの野郎……タツローより?」

「あのコロニーはその人が作ったコロニーなの! それもよりにもよって一番愛着が強い人の思い出を汚すような真似したバカは誰っ?!」


 ポンポン出てくる驚愕の事実にほとんどの大公爵たちは機能停止していたが、本能というのは素晴らしく、皆一斉にユータスへと視線を向けていた。


「おーまーえーかーバカー!」


 まるで瞬間移動したような動きでユータスの懐に潜り込んだ皇帝は、容赦なくその剛腕を振り抜く。たったそれだけでユータスの頭部がスパンと破裂した。


「ああ、どうしようどうしよう! 怖い人が来るよ! もうもう! お母さんだって見つかって無いのに! どうしてくれるんだ!」


 皇帝が地団駄を踏む度に皇居が物理的に揺れ、一際頑丈に作られたこの部屋の床が軋んでひび割れていく。


「へ、陛下! 大丈夫でございます! このアリアンめにお任せいただければ、陛下の苦悩を取り払ってみせましょうぞ!」


 アリアンが皇帝へ駆け寄り、優しく抱き寄せれば皇帝はすがり付くような表情を浮かべる。


「本当?」

「はい! アリアンが今まで一度でも陛下を裏切った事がございましたでしょうか?」

「うん、無い」

「ですので今回もアリアンにお任せいただければ、と」

「本当に頼むよ?」

「はい! お任せ下さい!」


 落ち着いた皇帝がトボトボ部屋を出て、その姿が見えなくなってやっと全員から力が抜け落ちる。


「アリアンちゃん、大丈夫かの?」

「はぁ、久しぶりに怖かったぁー」

「そうじゃろうそうじゃろう、ほれ、最近流行りの飴じゃよ」

「ありがとうお爺ちゃん」


 アリアンとシーゲルは帝国が出来る前から皇帝に付き従っていた使用人である。アリアンは側仕えでシーゲルはご用商人であった。つまりこの二人は、完全なるとばっちりで今の地位にいるのだ。

 

 アリアンしか皇帝を宥める事が出来ない、アリアンのフォローをシーゲルしか出来ない、それだけの理由だ。


「兎に角、直ぐにでもクヴァーストレードコロニー、いえ『アルペジオ』が正式名称ですか、そこへ行かなければ」


 疲れ果てた表情のアリアンに、他の大公爵は同情的だ。そして頭を粉砕されて事切れたユータスへ冷たい視線を向ける。


「アリアンちゃん、軍部の件、あたくしがやっておくから」

「ありがとうウルお姉ちゃん」

「公社関係はこっちで何とかするよ」

「助かるミレーネちゃん」

「ではわしらはレガリア所有者の権利関係を調整せねばならんかの?」

「ええ、ちょっと、いえかなり驚きましたが、まずはそれを置いてもやらないと、皇帝陛下が殴り込んできますしね」

「ははは、はあ……久方ぶりに暴虐を見ましたなぁ」


 ユータスの死を無かった事にするかのように話が進み、その一時間後にはカエルサレ大公爵家のお取り潰しが大々的に発表されるのであった。

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