第24話 その時のギルドマスター、ネイ・モーファン。

 Side:ネイ


「はぁ……」


 最近、ギルドの評判が恐ろしく悪い。上がってくる報告書にも、問題を起こすギルド構成員の苦情が大量に書かれている。


「ったく、何でわざわざ依頼者に喧嘩を売るのよ」


 そう、自分を雇い、報酬を渡してくる相手にわざわざ喧嘩を売るのだ。全くもって理解不能である。


 対策としては、素行の悪い奴らに良い子ちゃん講習を受けさせるくらいしか対応がない。だが、素行の悪い奴ら程腕が立つという面倒臭さがあり、こちらも強く出れないのだ。


 奴らの言い分は、仕事は着実にこなしている、問題でも? となる。問題しかないんだよと言い返したい。


 いっそ問題を起こす奴らを、ギルド本部にまとめて送ってやろうか。いや、残念ながらそれも出来ない。何故なら新規で入会してくれる新人の数が減少しているからだ。


 いや、入会を希望する人はいる。いるのだがそこへ立ち塞がる馬鹿者がいてなぁ。


 それもこれも本部の馬鹿どもが悪い。なあにが自称元ベテラン戦闘員だ。単なる煙たがられて左遷された黄昏じじいじゃねぇか! あんな不良品送ってくるなっ。


 ヤツは自分の目で確信した、もしくは自分の経験で培った勘、もしくは戦場で嗅ぎとった匂いとやらで合否を決める。こんなふざけた話はない。しかも、ヤツが徹底的なミスをしない限り、ギルドマスターである私ですら注意が出来ないという条件すらあるのだ。これだから本部のひひじじいどもはムカつく。全く必要のない人材を使って、ピンポイントで嫌がらせをしてくる。


「マスター? よろしいでしょうか?」

「はい、どうぞ」


 忸怩たる気持ちで報告書にサインをしていると、私直属の部下が入ってきた。部下は何も言わずに私のディスクへ一枚のデータパレットを置く。


 彼女がこの手の行動をする時は、確実にあのクソじじい案件だ。私はうんざりした気分で置かれたデータパレットに目を通す。


「ん?」


 そこに書かれていたのは『エペレ・リザ』のジゼチェス伯爵家第二子ゼフィーナ嬢からの推薦状。


「はあ?!」


 そしてあまりにも荒唐無稽な内容の推薦状でもあった。


 曰く、絶望的な窮地に骨董品レベルの旧式戦闘艦でやって来て、小遣い稼ぎがしたいからと二十隻はいただろう宙賊どもを殲滅してみせた。


 曰く、護衛依頼を承諾してもらい、護衛されている最中、こちらに一切の損害を出さずに断続的に襲ってくる宙賊、その数二千隻相当を無傷で殲滅してみせた。


 ネットワークギルドに入会を希望しており、その人柄、物腰など昨今問題となっている構成員の質低下の防波堤となってくれるかもしれない逸材である。等々が淡々と書かれていた。


 馬鹿貴族の圧倒的アホどら息子との縁談を、まさかの帝国軍士官学校入学という荒業で回避し、徹底的にその手の桃色思考貴族から距離を置いていて、若干同性愛にでも目覚めていたんじゃなかろうかと思うくらい、男への敵愾心の強い彼女が、ここまで男一人を持ち上げて褒め称えるというのも珍事だが、嘘を嫌う彼女が嘘のような真実を書いて寄越すのも珍事だ。つまりこれは真実なのだろう。


「どれ」


 さすがに少佐待遇の人間から寄越された推薦状を突っ返して喧嘩を売るような事はできないだろう。ならば、これを持ってきた人物は今ごろシミュレータ試験中か。


 ギルドマスターの権限を使用し、現在行われている試験の様子を確認する。


「ちっ」


 思わず舌打ちが出る。それも仕方があるまい。何しろ試験を受けている人物が乗っている船が、シミュレータに存在する中でもっとも貧弱な船のデータを使用しているのだから。


「あのクソじじいめ」


 これではせっかくの有望株が不合格になってしまう。そう思っていたのだが……


「ちょっと、何でその船で戦えるのよ?!」

「これはビックリですねぇ」


 最弱の船で、まるで攻撃がやって来るタイミング全てが分かっているかのように、するすると相手の攻撃を潜り抜け、貧弱なレーザーでシールドをブレイクして見せる。そこからも圧巻で、ピンポイントで一切ぶれずにエンジンユニットを破壊してみせた。


「推薦状の内容は正しいみたいですね」

「これは、素晴らしい逸材が来てくれたようね」


 これでクソじじいの吠え面が見られると思っていると、ヤツは高レベルのシミュレーションデータを使い始めた。


「この野郎!」

「マスター、本当に何とかなりませんか?」

「出来るならとっくにやってるっての!」

「はあ、この人も追い返されちゃうんですかね?」

「それは考えたくないわ」


 絶望的な気分で様子を伺っていると、何とあのボロ船で高レベルのシミュレーションをクリアーしていくではないか! というか、凄いなこの人。


「さすがに悪態つきなからやってるわよね?」

「どうでしょう?」

「聞いてみましょうか」


 シミュレータ内部の音声を聞こえるようにすると、何故か子供の声が聞こえてくる。


『とと様やっちゃえー!』

『よーしパパがんばっちゃうぞー』

『きゃっきゃっきゃっきゃっ!』

『てか、何だよこの出来の悪いデータ。もうちょい何とかならなかったのかいな』


 私は部下を見る。


「あー、そう言えば子連れでしたねこの方」

「そのままシミュレータへ一緒に?」

「あー、凄いお父さんっ子みたいな感じでしたから」


 私は入力された必要書類を呼び出し、その内容を確認した。


 タツロー・デミウス。辺境の開拓惑星出身者。装備品はかつてギルドの戦闘部門で活動していたトト・デミウスなる人物からの遺産である。


 ルル=ル・デミウス。開拓惑星から出る時に違法奴隷商人から逃げ出してきたところを保護し、そのまま正規のルートで手続きを行って養女として迎えられた。


「なるほど、確かに人格も何もかも問題無さそうだわ」


 一番難しい最高レベルのシミュレーションをクリアーし、彼は受付へと戻っていった。さすがにここまで来て不合格という事はないだろうが、ちょっと不安ね。


「下で確認しましょうか?」

「そうね。万が一があるかもしれないわ」


 これで不合格を言い渡したら、それを理由に叱責する事も可能になる。その後に謝罪して合格を言い渡せば問題ないだろうし。


 私と部下が物陰に隠れて様子を伺っていると、じじいがアホな事を言ってついに彼を怒らせてしまった。


 彼の殺気が凄すぎて動けなかったけれど、これはチャンスと気合いを入れ、じじいの頭に思いっきり念動力サイキックの鞭を叩き込んだ。つい力が入りすぎて音速を越えてしまったけど。それでもあの頭を砕く事が出来ないなんて、あらゆる面でうんざりするくらい頑丈だ。


 こっちに百%問題があった事を認め、全力で謝罪をすれば、彼は仕方がないといった感じで許してくれた。なるほど、柔らかい雰囲気で少し純朴そうな笑顔は、さぞやあの部隊で黄色い声が上がっただろう予想がつく。


 それから彼に良い子ちゃん講習に参加してもらう事を了承してもらい、密かに心の中でガッツポーズをした。これであの問題児どももデカい面が出来なくなるだろう。


 色々な便宜を図り、最大のおもてなしを心がけ、苦心しまくりそして、彼は満足そうにギルドから立ち去った。


 はあ、乗り切った。偉いぞ私。凄いぞ私。そして、これで長年の苦悩から解放されるぞ私!


「さて?」


 私は笑顔でクソじじいを見る。ヤツは借りてきた猫のように丸まって震えていた。これでも私は現役時代『女帝』の二つ名で恐れられた人間だ。先程の鞭で正体に気づいたのか、怯えた表情で私を見ている。


 だが、まあ、許さんがな!


「せいぜい良い声で泣き叫んでくれよ? 今まで散々デカい態度取ってきたんだ。自称元ベテラン君?」


 ちなみに、ベテランの中でこんなじじいは存在しない。戦闘部門でのベテランというのは一種の異能者だ。こんな中途半端なのが生き残れるような界隈じゃない。


「さて調教を始めようか?」


 これでやっと私のギルドが正常に運営されるようになる。これもタツロー様のお陰かしらね。感謝しかないわ。

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