第23話 ルル=ルという養女

「それでな、是非に受けて欲しい講習があるんだが?」

「講習? 何の?」


 端末にギルドカードのデータを受けとりながら、おっさんに視線を向ける。俺の真似をするようにルルもグリンとおっさんを見る。


「新人講習ってとこか。うちのベテランから直接指導を受けてもらうって内容だ」

「……はあ? 指導ね」

「シドー?」


 なんかそれだとドラゴンをクエストするゲームのラスボスっぽいぞ。グリンと上目使いでこっちを見てくるお嬢様のお腹をポンポン叩きなだめる。まあ、大人の会話なんて暇だろうしな。


「受けるとなんかメリットでもあるのか?」


 ルルが膝の上でピョンピョンするのをあやしながらおっさんに聞くと、おっさんは冷たい目でルルを見ていた。


「九歳って言ったら、そこそこ分別ある年齢だろう? 少しは大人しくしたらどうだ」

「……」


 あー、うん。俺、しっかり親の気持ちになったかもしれん。


「ふえ?」


 ルルが泣き出しそうな顔でおっさんと俺を見る。俺はルルの頭を撫でながら、おっさんに笑顔を向けた。


「色々あってな、ちょっと幼児退行してんだよ。それと特別な処置でもされたのか、身体と精神は七歳から六歳程度なんだよ。ここは過去の詮索は禁忌じゃなかったのか?」


 じわりと全身から殺気が漏れるのを俺自身感じる。デミウスAIに教えてもらった威嚇方法だが、こんなしょーもない野郎に使うとか、ないわー。


 俺も九歳って聞いた時、ん? 小学校四年生と同じ歳なん? と驚いて端末のスキャンデータを確認したら、年齢固定とまではいかないが、それに類する調整を受けている形跡があった。それと過度のストレスによる逆行現象の診断もあったんだよね。


 出会った当初よりも、時間が空いてからの方が口調が幼くなったなって感覚があったし、安心して思い出してみたいな感じなんだろうと納得した。


 その時にマヒロに確認してもらったが、自由に楽しくしている間に緩和されるだろうから、なるべく自然に接してあげれば大丈夫だろう、という指示もあったので、なるべく自由に窮屈さを感じないようしていたんだが……この野郎。


「なんだ? このギルドって場所は、ご高説を聞かなきゃならん学校なんか? あ?」

「あ、いや、その」

「どうしたよ? 最初の舐めきった態度とクソ感じの悪い態度はどこいった? この程度の圧すらはね除けられねえのかよ? お?」

「あ、あ、あ」


 おっさんが青を通り越した白い顔で口をパクパクさせる。このままショック死でもさせてみるか?


 ただひたすらジッとおっさんを見ていると、突然おっさんの頭がぶれた。何事と思っていると遅れてスパコーンという音が鳴り響く。


「ぐおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」


 床に崩れ落ちたおっさんが獣のような悲鳴を上げるが、そのおっさんをほっそい腕でヒョイッと持ち上げ、そのまま奥の部屋に投げ込む女性。


「当ギルドの職員がとても謝罪ではすまされない行いをしました事を深くお詫び申し上げます。大変、申し訳ございませんでした」


 おっさんを投げ捨てた女性は、それはそれは丁寧で誠実さあふれる態度で、こちらに圧を感じさせない絶妙な距離で頭を深々下げた。


 こうも見本みたいな謝罪をされてしまうと毒気を抜かれてしまう。とりあえず出してる殺気を納め、ひっくひっくとしゃくっているルルのお腹を優しく叩いて、俺も落ち着くように努力する。


「タツロー・デミウス様にルル=ル・デミウス様、わたくしは当ギルドで最高責任者を任されていますギルドマスター、ネイと申します。謝罪を受け入れてもらえませんでしょうか?」


 どこまでも誠実な態度で言われてしまったら、これは受けないと器の小さい男認定されるな。


「二度とないように指導してくれ」

「承りました。ごめんね? はい、どうぞ」


 女性、ギルドマスターのネイさんは優しく微笑むとルルにアメのようなお菓子を手渡す。


「うにゅぅ、とと様?」


 思わず受け取ってしまったようで、困った顔で手の中のお菓子を見ながら、俺に伺いをたてるような声を出す。


「いいよ」


 頭を撫でくり撫でくり言えば、やっと安心したようで、涙と鼻水でぐっちゃぐちゃの状態のままお菓子を食べる。


「ヘイシスター、プリチーナフェイスガ台無シナンダゼ」

「んむぅう」


 どっから出したのか、ハンカチのような布でポンポツがルルの顔を拭いてくれる。なんて高性能なんでしょう。いや、マジで一回分解させてくれねぇかな、どんなギミック乗ってんのよ。


「可愛らしい娘さんですね」

「え? あ、そうだね」


 ネイさんは子供好きなのか、ニコニコとルルを見ていたが、しばらくすると咳払いをして再び頭を下げる。


「先程の初心者講習ですが、最近ギルドでも色々と問題がありまして、メリットデメリットの前に説明させていただきますね」


 ネイさんの説明によると、最近ギルドでは構成員の悪評が問題となっているらしい。はっきり言えば、実力の伴わない口先だけ番長みたいな奴らが評判を落としまくっているとか。


 そこで入会テストで将来有望レベルな新人に、先回りしたマナー講座のようなモノを実施するようになったらしい。


 メリットはギルドの覚えが良くなり、ギルドが認定するランクを上げやすくなる。デメリットは特にないが、強いて言えばランクの上がりやすさがなくなるくらい。


「戦闘部門って荒くれ者認定されてるんじゃねぇの?」

「はい。ですがそれでも最低限の礼節の有る無しは重要ですから」

「そりゃそうだが……そんな世紀末ヒャッハーな野郎っているのか? 普通に相手を怒らせない程度の接し方なんかできんだろ?」

「そうですか? あなたを先程怒らせたあの馬鹿者も、元は当ギルドの高位ランカーでしたよ?」

「……すげぇ、なんて強い言葉だ」


 ネイさんはクスクス笑い、やっと落ち着いたのかルルもつられてキャッキャと笑う。


「んじゃまぁ、受けっかな。別にそんな時間がかかるイベントでもないんでしょ?」

「はい、拘束時間は一時間程度です」

「なら受けるわ。あー娘もいいか?」

「はい大丈夫ですよ。講習はベテランの構成員にお願いしています」

「あー、あのおっさん?」

「いえいえまさかまさか、一般常識すら怪しいのを講師になんて指定しませんよ」


 コロコロ笑いながら、物陰から恐る恐るこっちを見ているおっさんに向かって、ネイさんは美しい笑顔を向ける。


「講習までの時間で調……教育をしっかりしておきますので、あの馬鹿者も多少はマシになるでしょう。二度とないように拷……分からせますので、それでも無理なようなら完全に条件反射できるまで躾ます。次はありませんから、安心してお越しください」


 古来、笑顔とは相手を威嚇する、うんぬんかんぬん。まさかここでその実演を見るとは……


 おっさんはガクブルしてるが、果てしなく自業自得。更に言えば、俺はネイさんに免じてギルドの責は許したが、あいつ個人への責は全く許していない。許す気もない。


「出来れば二度と見たくないんだがな」

「ごもっともですが、あれでそれなりに優秀なのです。なのでお越しいただく時間を先回りで連絡してもらえれば、あれよりは百倍はマシな綺麗所をご用意させていだだきますわ」


 何だか問題起こしまくってるのか? あのおっさんは。なら遠慮するだけ馬鹿か。

 

「ははは、ならそうするわ。講習は連絡くれるのかな?」

「はい、決まりましたら連絡いたします」

「じゃ、連絡が来たらこっちも返事するわ」

「はい、お願いします」


 はあ、やれやれ、何だか疲れた。次は少佐の所か、次は波乱無しでお願いしたいところだなぁ……

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