同じ形

夜…。


帰宅すると薔薇の花束を抱えた秀悟しゅうごが、片膝をついて待っていた。


「ただいま」


「おかえり、道留みちる結婚しよう?」


何故、このタイミングなのか理解が出来なかった。


「あのね、秀悟しゅうご


「なに?」


「私ね、これから先もずっと二人で生きて行きたいの」


「それは、子供がいらないって事?」


「そう。私は、子供がいらないの」


「なに?その下らない妄想。」


「妄想なんかじゃない、本気だよ。これから先も二人で生きて行きたいの」


バシン…


薔薇の花束を投げつけられた。


いたっ…。


残っていた棘があったらしく頬が切れた。


「そんな、下らない妄想をずっと持ってたなら、もっと早く言えよな。ババアになるまで、待ってやったのにさ」


秀悟しゅうご


「離せよ」


押された拍子に、靴箱に腕をぶつけた。


「待って、秀悟しゅうご


バチン…


頬をぶたれた。


「最低だな。お前」


バチン…


「俺の7年返せよ」


バチン…


「もう二度と関わんな」


そう言って、押された拍子に手首をひねった。


いたっ…。


明日は、学校に行かなきゃいけないのに…。


私は、鏡を見つめる。


頬にアイスノンをつける。


左唇の端が切れていた。



ずいぶん前から、こうなる事はわかっていた。


何故、もっと早く言わなかったのだろうか…。


初めて、彼に手をあげられた。




次の日、学校に向かった。


クラブ活動以外の生徒しかいなくて助かっていた。


「小野田先生」


「はい。管野先生、何の用ですか?」


「吹奏楽部を受け持てばよかったのに…。」


「音楽は、大嫌いですから」


去ろうとする左手首を掴まれた。


「いっ」


「彼氏から暴力を受けましたか?手首、治療しますよ」


「結構です。」


「遠慮なさらずに…」


そう言って、保健室に連れていかれた。


「管野先生は、誰かの代わりの人生を生きていますか?」


私の言葉に、管野先生はとまった。


「何の話ですか?小野田先生」


私の手首を治療してくれる管野先生に、珍しく私はイライラしなかった。


「ありがとうございます。」


「終わったら、飲みに行きませんか?」


「どうしてですか?」


「これに、興味があるからかな?」


さわらないで下さい」


頬を撫でられた手を振り払った。


「きちんと隠すべきですよ」


「そうですね」


私は、立ち上がって保健室を出た。


トイレに行く、頬の痣が見えていた。


私は、ファンデーションで隠した。


管野先生と話したかった。


本当は、誘われた事にとても喜んでいた。


学校の用事が終わり、私と管野先生は一緒に並んで歩いていた。


「個室がいいですよね?」


「何でも構いません」


個室の居酒屋に、管野先生は私を連れてきた。


「適当に頼んでも?」


「はい」


管野先生は、適当に注文をした。


店員さんが、ビールを持ってきた。


「乾杯」


「乾杯」


私は、ビールを飲んだ。


「さっきの質問の答えを伝えていませんでしたね」


「代わりの人生の話ですか?」


「はい。俺は、歩いてましたよ。兄が弁護士を目指していたんですがね。女性に狂ってしまい、駆け落ちをした。それから、俺は兄の代打の人生でした。小野田先生も、同じでしょ?」


「わかっていたんですか…」


「はい、わかってましたよ。」


気づくと私は、管野先生に全てを話していた。


「先生、私ね。子供が欲しくないの。母は、私の人生を全て否定した。子供が欲しくない人生も下らない、寂しい人生だと罵った。それって、私の産んだ子供にも母の人生を押し付けたいと言うことよね。母は、姉に人生を押しつけ、私には姉の代わりをつとめさせた。管野先生、私の人生はとてもくだらないでしょ?」


管野先生は、私の手を握った。


「俺と付き合いません?」


「はい?」


「こんなにも、脳内が同じ人間に初めて出会いました。小野田先生」


その笑顔に、引き寄せられるように私と管野先生は恋をした


中学三年生の担任は、二組に選ばれた。私は、坂口君、小花さん、赤池さん、花村君、その他問題のある生徒達から見事にはずされた。


なのに、何故か新田隆太にったりゅうた佐伯勇二さえきゆうじだけは、二年連続同じクラスだった。


卒業式の8日前ー


道留みちる、少し早いけど誕生日プレゼント」


突然、一希かずきは、私にプレゼントを渡してきた。


「これ、何?」


「俺は、道留みちるを盗聴しようと思ってる。だから、このキーホルダーを必ずつけていて」


「どうして、盗聴なんて?」


道留みちるは、自分が思っているよりも綺麗だ。前にも話しただろ?彼等は、雄だよ。道留みちるが思ってるような子供じゃない。それは、理解していて」


「どうして、そんな風に言うの?」


「前の職場で、付き合っていた人が居たんだ。彼女は、国語の先生で。正義感が強かった。彼女は、いじめられてる女の子を庇った。いじめてる生徒に話を聞きに行った日。彼女はその生徒達から、暴行を受けた。」


「えっ?」


「話しただろ?ピルやアフターピルって」


「それって、まさか…」


「そうだ。彼女は、妊娠した。俺を捨てて、実家に帰った。今は、別の人と結婚し、教師を二度とやっていないよ。守れなかった。俺は、その日いなかったから…」


一希かずきは、私の髪を撫でる。


「もしも、道留みちるに何かあれば俺は生きていけない。これほどまでに、ピッタリな人に出会った事は初めてだった。失いたくない。だから、お願いだ。道留みちるを盗聴させてくれ」


一希かずきの涙に、私は強く抱き締めた。



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