君は、君だよ。

好きな君の恋

小花さんが、飛び出した教室で斗真は、泣いていた。


「斗真、帰ろう」


私は、斗真に近づいた。


「やっぱりねって言うんだろ?」


「言わないよ」


「嘘だ。さっちゃんは、いつもそうやって言ってきただろ?」


「斗真が、小花さんを凄く好きなの知ってるから言わないよ」


私は、斗真を抱き締める。


「さっちゃんは、ずっと僕の傍にいてくれる?」


「いるよ。ずっと、いる。」


私は、斗真の髪を優しく撫でる。


私、赤池里子あかいけさとこ坂口斗真さかぐちとうまは、保育所の時からの幼馴染みだった。


10年前から、ずっと私は斗真が好きだった。


「さっちゃん、また男の人来たの?」


「うん」


私の母親は、男の人なしでは生きていけない人間だった。


同じマンションの同じ階に住んでいる斗真は、私にいつも話しかけた。


「公園行こう」


「うん」


夜遅くまで、公園に付き合ってくれた。


帰宅すると斗真は、いつも父親に殴られた。


「ごめんね。私のせいで」


「別に、さっちゃんのせいじゃないから」


そう言って、笑ってくれた。


私の破れた服や鞄やぬいぐるみを手先の器用な斗真は、いつも直してくれた。


私の世界には、ずっと斗真が居てこれから先も一緒で、このまま付き合って結婚する。


私は、いつしかそう思い込んでいた。


母親が、男を選んで帰ってこなくなったのは、小学6年生の夏休みだった。


マンションから、祖父母の住む、戸建てに引っ越した。


区域はかわらなかった。


かわったのは、ツギハギじゃなくなった事だけだった。


中学生になり斗真が、小花蘭おばならんに一目惚れしたのにすぐに気づいた。


斗真は、積極的に彼女に関わった。


彼女は、お下がりなのか綺麗な衣服をまとってはいなかった。


一番初めに、彼女にいじめをした人間は、斗真にふられた女の子だった。


あれは、中学二年生の夏休みの前の日だった。

放課後の教室で、小花さんが数十人の女子に囲まれていた。


「テメー。聞いてんのか?」


「お前みたいな奴、生きてる価値ないんだよ。」


「人間、やめろよ」


「人間失格」


「死ね」


「この、ドブス」


「テメーがいなくなったって、誰も気づかないんだよ」


勇気がなくて、聞くしかできなかった。


「そ、そんな事、言われなくたって、私が一番わかってるんだ。」


涙を溜めた目で、小花さんは睨みつけた。


その声に、隣のクラスから誰かが走ってきたのが見えて隠れた。


「何してんだよ。小花さんから、離れろよ」


斗真だった。


女の子達は、斗真の登場に逃げていった。


先頭を走る女の子を見た、変わらずあの子だった。


入学して、三日目に斗真に告白した女の子だった。


私は、教室を覗いた。


「小花さん、大丈夫?」


斗真は、小花さんにハンカチを渡した。


「坂口君、また、ごめんね。」


カッターシャツを見せていた。


「これ、着て脱いで」


斗真は、自分のカッターシャツを脱いで小花さんに渡した。


目を瞑って着替えるのを待っている。


「大丈夫」


そう言われて、斗真はカッターシャツを受け取った。


白いTシャツだけの斗真は、ズボンのポケットから裁縫道具を取り出して、小花さんのカッターシャツを縫っている。


引っ張られて破れたのか、ハサミで破られたのか、わからないけど、斗真はチクチクと縫っていた。


私は、自分がいじめられたくなくて小花さんに話しかけたりしなかった。


でも、斗真は違った。


小花さんの視界にいたくて、小花さんの世界にいたくて、斗真が小花さんを凄く凄く愛してる事を知った。


「出来た。はい」


私には、見せた事ない笑顔で斗真は笑ってカッターシャツを渡した。


「ありがとう」


「目瞑ってるから着替えて」


「わかった」


また、斗真は目を瞑ってる。


「いいよ」


そう言われて、目を開けてカッターシャツを受け取って着ていた。


嬉しそうな笑顔に、胸が締め付けられた。


「坂口君、ジャージなんだけど…。」


「これ、夏休み終わるまでに直してくるよ」


「ありがとう。ごめんね」


「ううん、鞄とってくるから帰ろう」


二人が、帰って行くのをずっと見届けていた。




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