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 艶やかで真っ直ぐな黒髪。対するように白い肌は、しかし病的とまではいかず適度に血色が良く、健康そうだ。切長だが黒目がちな面差しに、慎ましやかな鼻と薄い唇。文句なく和風美人。

 思わず見惚れて固まってしまった樹琳に、目の前の美女は口の端を吊り上げるようにして笑った。


「何か?」

「あっ、いや、ごめん、何でも…」


 声をかけられて漸く我にかえり、慌てて名札を確認する。


【安倍】


「安倍、さん…?」

「うん。そうだ。よろしく」

「俺、守木樹琳て言います。よろしくお願いします」

「守木、きりん…?変わった名前だな」

「親が2人ともキリン好きで」


 予想外の美女の登場、しかもその美女と会話が弾みそうな流れに、思わず心の中でガッツポーズをする。


「変な名前だけど俺は気に入ってるし、俺ら世代ってキラキラネーム多いから、他に比べればあんま気になんないって言うか…」

「きりん…。どんな漢字を書くんだ?片仮名なのか?」

「いや、樹木の樹に、王様の王に林でリン」

「樹琳……」


 そう呟くと、阿部さんはゆっくりと背もたれに背を預け、静かに視線を落としたきり、そのまま考え込んでしまった。

 軽く折った細い指先を顎に添えて思案に耽る姿は、如何にも[深窓の令嬢]という感じだ。

 樹琳がその姿に見惚れていると、右隣から大きな咳払いが聞こえてくる。その音量にびくりと驚いて視線を遣ると、目を閉じ腕組をしたまま、空手部主将(仮)が先程より険悪なオーラを放っていた。

 えっ、俺今牽制された?えっ、もしかして阿部さんはコイツの彼女なの?

 樹琳が戸惑いに硬直していると、間の抜けた調子で予鈴が鳴った。


 もし彼女だったら、俺この人に殺されるフラグ立てちゃったかなぁ…。

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色鬼 @konjou

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