あなたの影に溶けていく

夢乃間

あなたの影に溶けていく

チリーンという風鈴の音色が部屋中に響く。そんな音色とは裏腹に、舞と美穂は溶けたアイスのように床に転がっている。今日は記録的な猛暑日となっており、外出注意とお天気ニュースでも知らせているほどだ。そんな猛暑日にはクーラーを付けて涼しく過ごすのが最適だが、生憎この家にはクーラーは付いておらず、扇風機が規則的に左右に動き続けているが役に立たない。むしろ部屋の暑い空気を送り返しているので逆効果だ。

そんな訳で、気分だけでも涼しくしようと付けた風鈴だったが、あまり効果は無いようだ。


「あづい~~~。」


服の襟をパタパタと動かしながら、舞は呟いた。


「美穂姉さん・・・もう勉強は止めてどこか涼しい所に行こうよ~。ていうかこんな暑い日に勉強なんて出来ないよ~。」


「早い内から夏休みの宿題は終わらせた方が良いのよ・・・けど、そうね。まさかここまで暑くなるなんてね・・・そういえば、今日はご両親は?」


「旅行~。二人だけで行きたいんだって。全く、私を除け者にしちゃって、あのバ

カップルは・・・。」


「仲が良くていいじゃない・・・それじゃあ、今この家には私達しかいないのね。」


すると、机の上に置いていた舞の携帯が音を鳴らして揺れ、舞は手だけを伸ばして携帯を手に取り画面を見ると、そこには海ではしゃぐ友人達の姿がビデオとして送られてきていた。


「海!いいなー、海!私も海行きたーい!!!」


友人達が海で遊ぶビデオをゴロゴロと転がりながら羨ましそうな目で眺めていた。舞はゴロゴロと美穂の方へと転がっていき、送られてきたビデオを見せてあげた。


「美穂姉さん、海に行こうよ!私も行きたいよ~。」


「海、いいわね。けど、私車なんて持ってないわよ。」


「電車で行こうよ!」


「ここから駅まで歩いて20分はあるわよ?20分もこの猛暑の中歩ける?」


「あー・・・やっぱいいや。」


携帯の電源を切り、大の字になって天井を眺める舞。ボーッと眺めていると、視界の端から美穂が現れ、やがて美穂の姿で天井は見れなくなってしまう。

舞の上に乗り出した美穂は、蕩けた表情のまま舞の頬に手を当て、そこから首筋を通って胸元にまで指を動かしていく。


「んっ・・・!?」


思わず声を漏らしてしまう舞。その声を聞き、美穂は嬉しそうに口角を上げた。


「な、なに・・・どうしたの美穂姉さん・・・!」


「やる気を出させようとしてるの。」


「やる気って・・・んっ!」


胸元からお腹の中央にまで指を動かされ、また声を漏らしてしまう。舞の小麦色の肌に流れている汗に、上に乗っている美穂の汗が落ち、一つに混ざり合う。

自分の上からどかそうと舞が美穂の肩を掴むが、暑さで力が上手く入らず、掴むだけでやっとだった。


「暑くて力が入らないようね。」


「んっ・・・ねぇ・・・もう・・・やめ、て。」


「何を止めて欲しいの?」


そう言いながら、美穂は舞の服に手を忍ばせ、へその穴に指を入れた。ゾクゾクと感じる感覚に足がモゾモゾと動き、息が乱れていく。

恍惚に染まる舞の顔を見て、美穂の体に微弱な電流のような感覚が流れる。


「ねぇ、舞。私達が初めて会った時の事憶えている?」


「んっ・・・お、憶えてる、んっ!」


「公園のブランコに座って落ち込んでいる私を幼いあなたが純粋な笑顔で話しかけてくれて。あの時の笑顔に私は助けられたの。それから少しづつ仲良くなっていって、今は同じ部屋でこんなにも近い距離にいる。私はとっても嬉しいわ。」


美穂は舞の首筋に流れる汗に目がいき、そこへ唇を近付けて優しくキスをした。


「あっ・・・!」


唇から伝わる舞の汗のしょっぱさや、キスをされた時の舞の声に完全に我を忘れ、首から顎に向けてゆっくりと舐めていく。

再び舞の顔が見えると、舞の頬は蕩けており、今度は少し開いている唇に目がいった。

舞の唇に向かってゆっくりと近づいていく美穂。そんな美穂をただ茫然と見つめる舞。

二人の唇と唇が今まさに触れようとした瞬間、窓に吊るしていた風鈴の音色が響いてきた。

その瞬間、さっきまで嬉しそうに笑っていた美穂の表情が一変し、額から流れてくる冷や汗が舞の頬に落ちてくる。


「あ・・・あ・・・!」


美穂の目が大きく見開き、動揺した様子で早々と舞の上から離れ、部屋の隅に後ずさりして縮こまってしまった。

急変した美穂の様子に心配する舞が体を起こし、部屋の隅で丸まっている美穂に近づくと、何かを頻りに呟いているようだった。


「ごめんなさい・・・こんな私でごめんなさい・・・ごめんなさい・・・こんな私でごめんなさい・・・!」


ブツブツと呟きながら涙も流しているようだった。その美穂の姿を舞は一度見た事があった。

初めて出会ったあの時。あの時も美穂はこんな表情で俯きながら呟いていた。


「美穂姉さん?どうしたの?」


そう尋ねてみるが、美穂は依然として呟くばかり。すると、舞は美穂の頬に両手を当て、顔を上げさせた。美穂の顔は絶望という言葉に相応しい表情となっており、光のあった瞳は黒く淀んでいる。


「ごめんなさい・・・こんな私で・・・ごめんなさい・・・。」


「美穂姉さん・・・。」


姉妹のいない舞にとって美穂は姉のような存在であり、そんな彼女が落ち込んでいるのを見て、何とか助けになりたいと思う舞は、美穂のおでこに自分のおでこを重ねた。


「美穂姉さん、落ち着いて・・・私は平気だから・・・ね?」


「・・・舞・・・ごめんさい・・・私、また自分を抑えられなかった。あの時起こした過ちをもう起こさないと誓ったのに・・・ましてや大切なあなたには隠していようと思っていたのに・・・!」


「大丈夫、大丈夫だから。だから、もう泣かないで。美穂姉さんが悲しいと、私も悲しいよ。」


「・・・駄目な姉ね、私は。年上なのに、あなたにずっと助けられてばかりで。」


徐々に落ち着きを取り戻していく美穂。美穂はまた舞に手を出さないように自分から離そうとしたが、それよりも先に舞に体を壁に押し付けられてしまう。

さっきまでの力の入っていない手ではなく、肩をガッチリ掴まれているため抵抗も出来ない。


「舞?」


「ねぇ、美穂姉さん。私も嬉しかったんだよ。」


「え?」


おでことおでこが重なり合う程近い距離が、今度は鼻の先がくっつく程の近さまで迫り、二人の息がお互いの息と混じり合う。


「私、ずっと寂しかったんだ。パパとママと仲が悪かった訳じゃ無かった。けど、二人の仲が良すぎて、二人の間に私が入る隙間なんて無いように思っていたの。同年代の友達が出来ても寂しさは消えなくて、そんな時に美穂姉さんと出会ったの。美穂姉さんは他の人とは違った。近くにいるだけで寂しさが消えた・・・話すだけで心が温かくなった。」


そこまで言うと、舞は美穂の目をじっと見つめた。


「だから、美穂姉さんが望むなら・・・私は受け入れるよ。」


「・・・駄目よ。」


「さっきの続きもしてもいいよ。」


「止めて・・・!」


「私は、美穂姉さんが好きだから。」


その言葉を聞いて美穂は舞を押し返し、床に倒れた舞の上に馬乗りになった。息を荒げながら頬を撫でる美穂を舞はじっと見つめている。


「もう戻れないわよ?」


「うん。」


「キス以上の事もするかもしれないのよ?」


「それはちょっと恥ずかしいかも・・・。」


「それでも・・・こんな私を受け入れてくれるの?」


「うん・・・どんな美穂姉さんも、私は大好きだから。だから・・・いいよ。」


美穂の顔がゆっくりと舞の顔へと近づいていく。窓から差し込む日差しに照らされて映る美穂の影が、舞の影へと溶けていった。

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