幼少期
001
星降りの夜。
幾千、幾万の星が流れる夜。
とめどなく流れ続ける星は、夜空に浮かぶすべての星が流れてしまうと思えるほどであった。
ある場所では吉兆を、ある場所では凶兆のシンボルとして、この世界の知能を持つ生物から認識されている星降りの夜。しかし、今のこの男にとってそんな特別な夜の事など気にしてられるほどの余裕などなかった。
ジェイク・A・スロース、魔の森の侵食からこの国を守る。グリード王国の辺境伯であり卓越とした剣の腕前を持ち、まるで散歩をするようにふらっと森に入っては、魔物を狩って帰ってくる。黒髪でゆるいウェーブがかかったミディアムロングで髭が似合うワイルドな男である。
普段は頼り甲斐のあるワイルドな男なのだ。しかしこの時ばかりは、ただ屋敷の廊下を行ったり来たりと、まるで迷子の子供のようにオロオロと情けなく歩き回るだけの残念な生物と化していた。
なぜなら、もうすぐこの男の初めての子が産まれるだ。一度や二度ではきかないほどの危機を乗り越えてきた男だったが、今ほど自分の無力感を実感させられた事は無いだろう。なんせ、自分自身が出来る事など祈る他に何も無いのだ。
結果、ウロウロと落ち着きなく彷徨う生物が出来上がったと言うわけである。そんな男を見兼ねた執事から声がかかった。
「旦那様、お茶を用意いたしました。こちらで少し落ち着かれてはどうですか?」
「ああ、すまんな。どうも落ち着かなくてな」
「そうはおっしゃっても、こればっかりは仕方ありません。奥様なら妻がついているので大丈夫です。剣鬼とも呼ばれている旦那様がオロオロしている姿は、新鮮で大変面白いのですが、正直そろそろ鬱陶しいので、大人しくお待ちください」
「面白いって……ったく、なんか俺に対して冷たくね?」
「はて? それは旦那様の気のせいではございませんか?」
執事の顔はいたって真面目中をしていたが明らかに目は笑っていた。
「明らかに面白がってやがるな。まあいい、少し落ち着いた。ありがとな」
執事からお茶をもらい一息ついたところで屋敷に元気な産声が響いた。
それは、まるで子の世界に新しく生まれてくる二つの生命を祝福するかのように降り注ぐ星降りの夜の出来事だった。
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