004


 ペチペチペチペチペチベチペチペチペチ


 誰かが僕の左頬を執拗にペチペチしてくる。


 僕が意識を取り戻したことに気付いたのか、よくわからない何かが僕の左頬をペチペチするのをやめ、満面の笑みを浮かべながら僕に言った。


「おお、少年よ! 気を失ってしまうとは情けない! そなたにもう一度きかいを与えよう、再びこのようなことが起こらぬ事を我は祈っておる!」


 左頬をペチペチされていたはずなのに、なぜか痛む右頬を撫でながら体を起こす。どこかで聞いたことのあるセリフだ。


「なるほど、僕は勇者だったんですね?」


「違う」


 違うんかい!


 あの国民的な龍を倒せ的なシリーズの勇者が死んで、生き返った時に言われるセリフだったよね?


「一度言ってみたかっただけじゃ。それよりちっとも話しが進まないから、いい加減そこで寝ている子を早く起こすのじゃ」


 僕の扱いが酷いのはきっと気のせいだよね?違うよね?


 心にモヤモヤを抱えながら、とりあえず神様的な何かに言われた通り寝坊助を起こす事にしよう。


 気持ちよさそうにスヤスヤと眠る彼女を見る、なぜだろう右頬がずきりと痛む。何か大事な事を忘れているような気もするけれど、思い出せないって事は大したことでは無いのだろう。うん、きっとそうに違いない。


 だから、スヤスヤと眠る彼女を起こそうと近付くだけでガタガタと震え出した僕の体も気のせいだし、声をかけようとしても声がまったく出てこないのも気のせいに違いない。


 僕がスヤスヤ眠る彼女に恐怖する理由なんて何もありやしないんだから。


 よし! やるぞ!


「不動さん、起きて。なんか大事な話しがあるみたいだよ?」


「………………」


 ハハハ、全く起きる気配がないや、どうしよう。


 まるで死んだように眠り続ける彼女をどうやって起こせばいいのか全く思い付かず、ただその寝顔をじっと眺めていた。


「まるで眠り姫だな……ん?眠り姫?」


 何気なく呟いた言葉だった。閃いた!これか?


 やっぱり眠り姫を起こすには、王子様のキッスしかないよね。しかし残念な事にこの空間には僕と神様っぽいのしかいない…… つまり、不動さんを起こす為には僕がキッスをするしかないと言うことだ。ヒャッホウ!!


 いや、違うよ? 誓ってやましい気持ちなんてないよ? 不動さんを起こす為なんだ。そう!人工呼吸とおんなじ、人命救助なんだよ?もう死んでるけれどさ。


 僕は彼女にキッスをするべく速やかにそおっと近づき、念のためもう一度声をかけてみた。


「フドウサーン、オキテマスカー?」


 気持ち小声になったのは仕方ないよね?


 相変わらず彼女はピクリともしない事をしっかりと確認した僕は彼女にキスをすべく、自分の顔をゆっくりと近づけていく。


 うわあ、不動さんってまつ毛長いんだなあ、ぱっちりとした二重のおめめもキュートだなあ。

 

 あれれえ? なんでおめめが開いているのかな? おかしいな、さっきまでしっかりと閉じていたはずなのに、今はしっかりと目と目が合う。


「死ぬ前に、何か言いたいことはあるかしら?」


 頭のてっぺんから足の先まで痺れるほど可愛い声なのに、僕の体は震えが止まらなかった。


「いや、ちゃうねんって」


「そう、それが最後の言葉ね」


 グチャア「グヘッ」


 人体から発してはいけないような音が右頬から聞こえた気がした。不思議な事に痛みは全く感じない。ただただ熱かった。




 グリグリグリグリグリグリグリグリグリ


 誰かが僕の顔を執拗にグリグリと踏みつけているような気がする。


 やめてください、僕にはそんな趣味はありません。新しい扉を開かせないで下さい。

 

「さっさと起きなさい、あなたが寝ていたら話しが始まらないじゃない」


 ハアハア、そんな可愛い声で攻めないでください、興奮しちゃうじゃないですか。


「5、4、3」


 カウントダウンんと共に僕の顔のグリグリが強くなっている気がする。


「2」


「今起きます。すぐに起きます。なのでその不安になるようなカウントダウンはやめてください」


 目を開けると神様っぽいのが僕の顔面をグリグリしている横で、不動さんがだるそうに立っておりカウントを数えていた。


「そっちかよ!がっかりだよ!」


「1、0」


 なぜだろう、僕はちゃんと起きたのにカウントダウンは止まらなかった。 


 

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