第15話 お料理教室
「そう言えば、今日はなんで早くに呼んだんですか?」
「あっ、そうだよ」
抱きしめたまま聞くと雨癒は俺から離れる。
そしてキッチンの方へ歩いて行った。
冷蔵庫を眺めた後、カウンター越しに俺を見つめた。
「一緒にご飯を作ろうと思ってさ」
「……なるほど」
なあなあのまま雨癒の手料理に甘え続けていたけど、俺自身は全く料理の腕が上がっていない。
未だにお湯を沸かすくらいの脳しかないのだ。
本来雨癒の隣に住むようになったきっかけは、俺が家事で困った際にヘルプを呼びやすいという理由があった。
間違っても自分の彼女にして甘えまくるために引っ越したわけではない。
まぁどちらが甘えているのかよくわからなくなっているが。
「このままじゃダメでしょ?」
「そうですね。いつまでも甘えてるわけにはいきませんから」
「うんうん」
キッチンの作業台を前に、俺は雨癒と並んで立つ。
白菜と人参を渡された。
「これ切ってて」
「切り方は?」
「豚汁にするから、それを考慮してくださーい」
「了解でーす」
一応包丁の扱いは可能だ。
というわけで、丁寧に皮をむいてくれた人参から切っていく。
ザクザクザク……。
「ちょっと文太! みじん切りにしてどうするの!?」
「俺人参あんまり好きじゃないので」
「じゃあなおさらだよ! 小さくすると数が増えるから口に入る回数も増えるでしょ!?」
「それもそうですね」
盲点だった。
あまり小さすぎると逆に気持ち悪くなりそうである。
気を取り直して、もう一度。
ザクザクザク……。
「ちょっと! 煮物じゃないんだから!」
「このサイズなら数が減るので口に入る回数も減りますよ」
「そういう事じゃないでしょ!?」
「……はははっ!」
「文太ぁ~? 私の事馬鹿にして遊んでるね?」
「馬鹿にしてません。揶揄ってるだけです」
「変わんないじゃん……。まぁどっちにしろ、食べ物であんまり遊ばないよ? いい?」
「はい」
まるで母親みたいな指摘をしてくる雨癒に俺は吹き出してしまう。
さっきまで俺に頭を撫でられて喜んでいた彼女とは思えない。
先輩彼女ってのは本当にいいものだな。
いや、雨癒相手だからいいのか。
「文太の相手してると彼氏なのか弟なのかわかんなくなるよ」
「もはや息子ですよ」
「嫌だよ~。こんな子いらないよ~」
「酷い!」
しょうもないやり取りをしながらも、ご飯の支度は進んでいく。
俺が野菜を切っている最中にも雨癒は動きっぱなしで、他の具材の用意をしたり、冷蔵庫と棚を開けたり閉めたりしている。
「今日の献立はなんですか?」
「豚汁とサバの塩焼きだよ」
「和食ですね」
「文太って魚嫌いじゃなかったよね?」
「好きですよ。たとえ嫌いでも、雨癒ちゃんが焼いてくれたら食べます」
「えへへ。本当に?」
「勿論」
「骨までしっかり飲み込んでね」
「殺す気ですか!?」
サラっと凄い事を言う人だな。
自然な流れで危険な犯行を仄めかされた気がするのだが。
喉に骨が刺さったら厄介だぞ。
と、そんな間に俺の作業は終わった。
俺の切った野菜が鍋に入ったところで、一通り作業は終了する。
「後は味噌溶かして、サバ焼くだけ!」
「おつかれさまでした」
「文太こそおつかれ。よくできました」
二人でそのままダイニングテーブルに向かい合う。
特にやることもないため手持無沙汰だ。
しかし、何故かじっと俺を見つめている雨癒。
その顔には満面の笑みが張り付いている。
可愛いけどちょっと怖い。
「どうしたんですか?」
「ううん。あ、そう言えば後で予習やらなきゃ」
「今ここでやって良いですよ」
「後でやるよ。せっかく文太呼んでるんだから」
そうは言っても、だ。
彼女に呼ばれたからと言ったらそれまでだが、こんな早くに押しかけているのはやはり時間を自由に使えないだろう。
まだ夕飯までは時間が空くし、一旦家に帰ってもいいのだが。
「俺、あれなら帰りますけど」
「えっ!?」
「じっくり予習してください。終わったら来ますから」
しかし、俺の提案に雨癒は寂しそうな顔をする。
「居てよ」
「えっと……」
「あ、いやその……。じゃあ文太も一緒に勉強する?」
「それいいですね」
結局一緒に勉強することになった。
一度家に帰り、すぐさま勉強道具を取って雨癒の部屋に戻る。
彼女はダイニングテーブルに教材を広げて待っていた。
「ここでやるんですか?」
「他にどこかあるっけ?」
「雨癒ちゃんの部屋」
「……」
俺の言葉に彼女はジト目を向ける。
「どういう意味?」
「別に。勉強机がある部屋の方がいいかと」
「椅子が一つしかないじゃん」
「俺が雨癒ちゃんの膝の上に座れば解決です」
ふざけた冗談をぬかす俺に、彼女は真面目な顔で言う。
「ダメだよそんなの」
「いや、冗談なので……」
「私が文太の膝の上に座る」
「はぁ!?」
そうじゃねえだろ雨癒ちゃん!?
だが目を見開く俺にニコニコ笑う彼女。
「あははっ。冗談に決まってるじゃん」
「え」
「何その反応。そんなに言うんだったら、本当にそうする?」
「……遠慮しておきます」
俺の膝の上に座るってわけだ。
一瞬喜びかけたが、股間部分に雨癒の可愛いお尻が乗るところを想像して、すぐに自分が勉強どころではなくなりそうな事に気付いて首を振った。
いくら昔馴染みのお姉ちゃんだとしても、今は大好きな彼女。
童貞の俺には刺激が強い。
「そっか」
若干残念そうな雨癒の合図で、俺達はテーブルで勉強を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます