第14話 嫉妬ですか?

「お邪魔しまーす」


 午後五時前。

 帰宅後着替えもせずに隣の部屋の彼女に会いに行った。

 出迎えてくれる彼女もまた制服。

 そもそも放課後になってまだ三十分も経っていない。


 いつも通りソファに座ると、その隣に座ってくる雨癒。


「こんなに早く来て迷惑じゃないの?」

「ううん。全然。嬉しいよ」

「そ、そうですか……」


 実は本日、俺が独断で即行押しかけたわけではない。

 雨癒に終わったらすぐ来て、と連絡されていたからだ。


 恥ずかしくなるくらい真っ直ぐな笑顔を向けられ、俺は頬を掻きながら目を逸らす。

 今日も今日とて可愛い。

 制服姿なのでなおグッド。

 夢にまで見た先輩彼女だ。


「初めての授業どうだった?」

「うーん。自己紹介が多かったから何ともって感じでしたけど、普通な感じですね。中学の延長線上って言うか」

「あはは。普通科の進学校だからね」

「雨癒ちゃんは今日はどうでした?」

「普通だよ~。あ、でもでも、今日は友達が誕生日で、そのお祝いにジュースとパン買ってあげた!」

「あぁ、それであの時」


 思い返す体育前の時間。

 階段で雨癒とすれ違った時だ。

 あの時はジュースを持っていたが、なるほど、友達の誕生祝だったのか。


「じゃあ今日俺なんかと会ってていいんですか?」

「大丈夫。それに文太の事はみんなに話したし」

「そっか」


 嬉しいな。

 やはり友達に紹介してもらえると、認められているように感じる。

 それに、学校に彼女がいるというのは幸せな事だ。

 先輩だから、そこまで会う頻度が多いわけでもないのがこの何とも言えない甘さのエッセンスかもしれない。

 まぁ今日は二回も会ったんだけど。


 と、不意に雨癒ちゃんが俺を見る。

 その顔は少し不機嫌なようにも見えた。

 今の一瞬で何があったんだ一体。


「羽衣石さん、可愛いね」

「あぁ、それですか」


 話題は二回目に雨癒ちゃんが見た羽衣石さんの事へ移った。


「嘘つきじゃん。全然私より可愛かったよ」

「え? そうですか?」

「本当に! めちゃくちゃ清楚だし」

「いや、それは……」

「あ、あの子のリスナーさんなんだっけ。……カラスちゃん」


 若干歯切れ悪くあの女の名前を出す雨癒に俺は笑う。

 というか羽衣石さんは俺だけが彼女のオタクな面を知っていると思っているかもしれないが、実は雨癒も知っているんだよな。

 これは後日伝えた方が良いか。


「カラスちゃんの配信見るとその……知識が増えるよね。なんかマニアックな事ばっかり言ってるし……」

「雨癒ちゃん!?」

「あ、えっと。違うよ?」

「何がですか!?」


 意味不明な応答をし始める彼女に俺は絶句した。

 そして呟く。


「――禁止です」

「え?」

「雨癒ちゃんはカラスの配信見るの禁止です!」


 ダメだ。

 うちの彼女を穢すわけにはいかない。

 あくまで堕とすのは俺の役目。

 あんなどこの痴女かも知らない害鳥に仕事を奪われては溜まったもんじゃない。

 しかし。


「でも、カラスちゃんの配信見てたら文太とも話が合うかもって」

「う、雨癒ちゃん……」

「それに結構面白いし」

「やっぱダメです」


 沼に片足がハマっている。

 救いださなればならない。

 間違っても可愛い女の子に『舐めたいわぁ』とかいう女子にはなって欲しくない。

 リスナーの末路はあれだ。


「あーあ、文太があんな可愛い女の子も攻略? しようとしてたなんて」


 なんだか俺と会い始めて、変な単語を使い始めたような気がする。

 まだ十日程度だぞ。

 流石に将来有望過ぎるんだが。


「人聞き悪い事言わないでください。俺が攻略するのは雨癒ちゃんだけです」

「本当に?」

「嫉妬ですか?」


 にやりと笑って雨癒を見る。

 いつも同様に揶揄ったつもりだった。

 しかし、ハッとする彼女。


「そ、そうなのかな……? ごめん」

「いや、いいよ」


 手をぶんぶん振って謝った直後、恥ずかしくなったのか手で顔を仰ぎ始める。

 それもそのはず、その顔は真っ赤で暑そうだ。

 ヤバい、可愛すぎて俺も恥ずかしくなってきた!


「手、握って良いですか?」

「うん」


 雨癒の手はすべすべしていて気持ち良い。

 顔とは裏腹に手は冷たい。

 末端冷え性なのだろうか。


 と、彼女はすぐに俺の手を放し、体に腕を回してきた。

 そのまま寄せられ、胸の中に納まる。

 馴染みのある匂いと、感覚だ。

 そう言えば小学生とか、その前はよく抱きしめてもらってたっけ。

 姉がいなかった俺にとってその時間は至福だったのを覚えていr――じゃなくて!


「え、えっと……」

「ごめん。嫌だった?」

「そんなわけないです。幸せです」

「あはは。それはよかった。つい文太見てると抱きしめたくなるんだよね」

「染み付いた悪癖ってやつか」

「悪癖とか言っちゃうんだ」

「……」


 雨癒の鼓動がしっかり聞こえる。

 というか、胸に頭を押し付けられているわけで、彼女のそれがはっきり感じられる。

 以前のぺったんこだったものとは違って、ちゃんとあった。

 サンプルなんてないため、どれほどのサイズ感なのかは知らないが、どうでもいいな。

 大事なのは今の俺が幸せだっていう事だけだ。


 だけど、甘えっぱなしも面白くない。

 俺は体を入れ替え、今度は雨癒を抱きしめてあげる。

 そのままこの前のように頭を撫でた。


「えへへ」


 嬉しそうに笑う彼女の声を胸で聞きながら、俺も口元が緩む。

 意外と甘えたがりだよな。

 お姉ちゃんっぽいのに、こういうギャップがあるのが可愛い。


 しばらく俺達はそのままでいた。

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