第13話 舐めたいわぁ

 昼休みを終えた後には掃除時間が待っている。

 高校生活初めての掃除。

 俺が任されたのは少人数教室の掃除だった。

 そして、相方としてもう一人生徒が配属されているのだが。


「……上澤君」

「羽衣石さん、奇遇だね」

「ほんと、奇遇。偶然って怖い」


 昨晩通話をしたクラス一の美少女と同じ担当になっていた。

 それもそのはず、俺と羽衣石さんは出席番号が前後であり、番号順で分担をしたためにこのような事になった。

 彼女は長い黒髪を耳にかけながら、箒を手に取る。

 体育の後だというのに、汗を微塵も感じさせない清潔さ。

 流石である。


「……どうかした?」

「いやなんでも」


 眺めていると居心地悪そうに聞かれた。

 あまり他人を見過ぎるのはやめよう。


 と、羽衣石さんは俺に近づいてくる。


「な、なに?」

「昨日の事、誰にも言ってないよね?」

「勿論」


 昨日の事、紛れもなくカラスちゃんの件だろう。


「よかったぁ……」

「言っただろ? 俺は人の隠し事を漏らしたりしない」

「リスナーにこんなまともな奴いたんだ……」

「確かに主が最低だからな」

「おい!」

「え……?」


 カラスちゃんはいつもリスナーにいじられている。

 ゲームが上手いわけでもないし、完全にネタ系配信者として扱われているのだ。

 顔も出していないため、言われたい放題。

 そのノリで俺も言ったのだが。


「気に障った?」

「……ま、まぁそんなとこ」

「へぇ」


 ぎこちなく笑う彼女に、俺は納得する。

 どうやらこの子はガチファン――要するに信者らしい。

 滅多なことは言わない方が良いかもしれない。


「そう言えば昨日の夜も配信あったよな。通話切ってすぐ」

「そ、そうだね」

「見てた?」

「……生活が全部バレてる。これがリスナー友達か」

「は?」

「いやいやなんでもないですぅ! 昨日も見てましたぁ!」

「そ、そっか」


 目をぐるぐる回しながら返事をする羽衣石さん。

 綺麗で清楚なイメージとはまるで異なる態度。

 カラスの話題になった時だけ変貌するとは末期だな。

 だがまぁわかる。

 オタクってのはそういうものだ。


「でも意外だよ。羽衣石さんって配信とか見てるタイプと思わなかったから」

「まぁそういう風に振舞ってるから。ほら、あなたにだけ言うけど、オタクキャラで高校スタートするのはマズいじゃん?」

「それ、オタクな俺に言う?」

「うぅ……。まぁとにかく、猫かぶってるの!」

「そうなんだ」

「驚かないの?」

「普通はそんなもんじゃないか? オタク趣味を全開にしても良い事ってあんまりないしな」


 振り返るのは中学時代。

 教室でラノベに耽り、休み時間にたまにオタク友達と熱い討論を繰り広げる陰キャに人権はなかった。

 同族以外の友達はできにくかったし、距離感を間違えて避けられもした。


 勿論彼女なんてできるわけもなく、女子で話し相手になれたのは彩実菜のみ。

 色の無い生活だった。


 しかし、そんな趣味をすべて受け入れてくれる天使もいる。


「高校卒業するまでは誰にも知られたくなかったのにな」

「そんなにカラスリスナーバレしたくないのか?」

「そりゃ……配信見てるあなたならわかるでしょ?」

「確かに」


 昨日も中々えぐかったしな。

 もはやチャンネルBANされるんじゃないかとひやひやしている。


「でもなんだかこうしてあなたとだけ秘密を共有してるって変な感じ」

「ラブコメの典型イベントみたいだもんな」


 美少女の秘密を俺だけが知っている。

 それをきっかけに徐々に距離が近づき……。

 いつの間にか恋が成立するというのがラブコメの常套句。

 だがしかし、それは両者に恋人がいなければの話だ。


「まぁ気にしないでくれ。俺は変な気を起こさないから」

「何? カラスに操を立ててるの?」

「……」


 にやけ面で聞いてくる羽衣石さん。

 やはりちょっとだけ言い回しがおかしいっていうか、猫かぶりをやめた時だけなんだか妙に生き生きしている気がする。

 声も若干カラスちゃんに似ている。


「違うよ。俺には――」

「失礼します……ってあれ、文太?」

「雨癒ちゃん」


 噂をすればなんとやら。

 俺の可愛い先輩彼女が少人数教室にやってきた。


「どうしたんですか?」

「五限に使う資料があるって言われて」


 そう言う彼女の視線は羽衣石さんをロックオンする。

 一応説明しておこう。


「彼女が羽衣石さんです」

「どうもこんにちは。羽衣石彗恋です」

「ふぅん」


 羽衣石さんの完璧に作り上げられた笑顔、お辞儀に雨癒は表情を失くした。


「あ、羽衣石さん。この先輩は……」

「どうも、文太の彼女の白浜雨癒です」

「彼女!?」

「うん。彼女」


 目を丸くする羽衣石さんと、堂々と俺の彼女を名乗る雨癒。

 彼女はそのまま資料を取って帰って行ってしまった。


「えっと。俺が羽衣石さんに変な気を起こさないってのはこういう理由」

「上澤君彼女いたの!?」

「……おう」


 説明の手間は省けたが、代わりに失礼な驚愕を向けられる。


「しかもめちゃくちゃ可愛かったし! マジあぁいう子がいっちばん好み! 舐めたいわぁ。ぺろぺろしたいなぁ」

「な、舐めたい……?」

「ハッ!」


 何を言ってるんだこの人。

 気持ち悪すぎる。

 だけど何故か、安心感というか慣れ親しんだ何かを感じるぞ。

 これはまさか……。


「もしかして羽衣石さん」

「……ごくり」

「カラスちゃんに影響されて頭おかしくなってる?」

「……そ、そうなんだよねー。たまに発作がね。あは、あはは……」


 奇妙な雰囲気のまま、掃除時間は終わった。

 初めてできたリスナー友達は、色々と可哀想な人かもしれない。





 ◇


【あとがき】


 二日間お休みをして申し訳ありません。

 Twitterの方では報告していたのですが、本作は今後、火曜・木曜・土曜の週3更新で連載をしていきます。

 なので次の更新は明後日の6/2日木曜になります。(……もう6月なのかっ!?)

 それ以外の月・水・金・日は別作品の更新をしていますので、よければそちらも読んでみてください。↓

 https://kakuyomu.jp/works/16816927861054636465

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