第12話 彼女がいる学校生活

 人生で彼女がいる学校生活を送った経験はない。

 朝目覚めて、昨晩の雨癒とのやり取りを思い出し、にやにやする。

 ゆっくりと体を起こし、俺は洗面所に直行した。

 鏡に映った不気味に微笑む顔を見ながら、寝癖を直したり歯を磨いたり、身だしなみを整える。

 そうこうするうちに時間が過ぎていき、俺は家を出た。


「あ」

「……おはようございます」


 玄関を開けて一秒、彼女に遭遇した。

 制服に袖を通し、若干肌艶の良い雨癒は朝日に照らされながら、それに負けないくらい眩しい笑顔を向ける。


「今から登校?」

「そうです。一緒に行きますか?」

「うん」


 付き合っていないのならば、いくら仲が良いとはいえ一緒に登校するのは気まずい。

 だがしかし、もう縛りはない。


 と、隣を歩きながらジロジロ俺を見てくる雨癒。


「どうしたんですか? そんなにカッコいいですか?」

「ううん。ちゃんとご飯食べたのかなって」

「……食べてないですけど」


 サラっとボケをスルーされた。

 しかし、俺の返答に雨癒はジト目を向ける。


「朝ご飯もちゃんと食べた方が良いよ」

「でも面倒で」

「うーん。じゃあ朝もうち来る?」

「そんな、食堂じゃあるまいし」

「あはは、それもそうだね」


 流石に朝も夜もご飯を食べさせてもらいに行くのは気が引ける。

 夜は手伝ったり、俺も料理の勉強になるからまだいいが、朝は本当にお世話されている感が否めない。

 これでは彼女じゃなくてお姉ちゃんだ。


「でもお腹すいたらいつでも来てね? 食べさせてあげたいから」

「……雨癒ちゃん」

「なに?」

「朝からやめてよ」

「え? 何が?」


 自分が何を言っているか理解していないらしく、首を傾げて俺を見つめる雨癒。

 そんな仕草もまた可愛い。

 朝から好き過ぎて頭がおかしくなりそうだ。


 昨日付き合い始めてから、俺の中の感情もたかが外れて来ているような気がする。

 ただの好きから、滅茶苦茶好きに変わりつつあるのだ。

 やっぱり関係性をはっきりさせるって言うのは大切だな。

 告白出来てよかった。


 と、リュックを背負っているため、手持無沙汰な感じだ。

 ふと見ると、雨癒も同様である。

 うーん……。


 俺はそのまま悶々としつつ学校へ行った。



 ◇



 今日からは本格的に高校生活が始まる。

 日課表通りに全ての科目が行われる初日だ。

 そして四限の授業はハードな事に体育だった。


「初日から体育とか嫌がらせだよな」

「そうだな。イマイチ校内のマッピングもできてないのに」


 陽三と教室を出て廊下を歩きながら話す。

 体育には着替えが必要なため、体育館内にある更衣室までいかなければいけないのだ。

 この道のりが遠いため面倒。

 昨日校内案内をしてもらったのだが、無駄に体育館までが長い。


「何するんだろうな。集団行動?」

「さぁな。さっき同じクラスの奴がサッカーとか言ってたけど」

「えぇ。だっる」

「仮にも元サッカー部がそんな事言うな」


 体育嫌いな運動部なんて初めて聞いたぞ。

 俺は根っからのオタクで運動経験など皆無なため、本当に大っ嫌いだが。


 なんて階段を下りていると。


「あ、文太!」

「雨癒ちゃん」


 彼女に遭遇した。

 数人の友達と一緒にジュースを持っている。


「何してるの?」

「今から体育なんです」

「あー、道分かる? 案内してあげよっか?」

「大丈夫ですよ。迷子じゃあるまいし」

「あはは。そうだね」


 体育館までは遠いと言っても一本道。

 迷うはずがない。

 俺が苦笑して見せると、彼女もニコニコ笑う。


「じゃあね! 体育頑張って」

「うん。雨癒ちゃんも授業頑張って」


 手を大きく振りながら階段を上る雨癒。

 そんな彼女に友達らが『何あの子、知り合い?』と尋ねる声が聞こえた。

 直後、盛り上がった女子の声が。


 俺はそんな状況ににやけつつ、階段を下りていく。

 と、存在を忘れていた陽三が俺の肩をガッと掴んで揺らしてきた。


「馬鹿! 階段から落とす気か!」

「な、なんなんだよあの可愛い先輩!」

「あ、あぁ……」


 必死の形相で聞かれ、俺は少し考える。

 だがお互いに隠そうという話はしてなかったし、隠したいなら学校で話しかけたりしないはずだ。


「俺の彼女だよ」

「……か、かぁのじょ?」


 魂の抜けたような声が人気のない階段に響いた。



 ◇



「上澤、いくら金を積んだの?」

「なんだよ急に」

「暑苦しいキモオタがさっき、上澤に彼女ができたって法螺話をしてきたから」

「……嘘じゃないぞ」


 体育終わりの昼休み、早々に隣の席の彩実菜に失礼な事を言われる。

 俺が彼女の事を話すと、珍しく感情をむき出しに目を丸くされた。


「え、この前のお姉さんって本当だったの?」

「おう」

「そうなんだ……」


 またも一瞬で真顔に戻る彩実菜。


「オタクな上澤に彼女ができるなんて、この世も捨てたもんじゃないね」

「俺を最悪基準で捉えてるな?」

「そんなことないよ。田山の方が終わってる」

「……」


 ちなみに陽三は他クラスに友達を作りに行っている。

 結果は目に見えているが、まぁ一応この場にはいない。


「なんか、意外……」

「俺も意外だよ。あんなに可愛い彼女ができるとはな」

「……きっしょ」

「ははは」


 心に余裕があるため、何を言われても平気だ。

 俺は満足げに一人でさっき買ってきたパンを齧った。

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