第11話 リスナー友達

 雨癒はその後もしばらく俺の頭を撫でていた。

 なんだか彼氏というより、弟になった感覚である。

 思ってたのとちょっと違う。


「いつまで撫でてるんですか?」

「嫌だった?」

「……」


 首を傾げる彼女の顔には、薄っすらと笑みが。

 よし、それならこっちもやってやろうじゃないか。


 俺は若干丸めていた背中を伸ばす。

 すると雨癒の手が滑り落ちていった。


 名残惜しそうに俺の頭部を見つめる雨癒に、俺は手を伸ばしていく。


「あ」

「お返しです」


 そのまま頭を撫でてやった。

 まだお互い風呂には入っていない。

 しかし油分を感じさせないサラサラの髪は、触っていて心地いい。

 ふんわりと良い匂いがするが、それはシャンプーだけでなく、彼女が持っているそのものの匂いである。

 風呂に入っていないからこその独特な匂いだ。


 俺は仕返しのつもりでやった。

 揶揄ってやろうと思って頭を撫で返した。

 それなのに。


「えへへ……」


 なんで笑ってるんだこの人。


「……後輩に頭撫でられるの嫌じゃないんですか?」

「ううん。なんか安心する」

「そ、そうですか」


 思ってたのと違う!

 だが、目を細めて気持ちよさそうに揺れる雨癒を見ていると、なんだかこちらも癒される。

 と、数秒して彼女はハッと俺から距離を取った。


「私まだお風呂入ってない!」

「そうですね」

「汚いよ! すぐ手を洗ってきて!」

「汚くなんかないですよ。サラサラしてたし」

「それでも一日動いた後だし、なんか嫌だよ~」


 女子には色々あるのだろう。

 そう思って洗面所に行くと、彼女も何故か付いてきた。


「どうしたんですか? そんなにくっつきたいの?」

「あ、いや。私は文太の油で手がべとべとになっちゃったからそれを洗いに」

「おい」


 確かに俺も風呂には入ってないし、結構動いたから汗はかいていたけども。

 そんなド直球で言うものかね。

 なんて思っていると、彼女は鏡越しに俺を見つめていた。


「ごめん。傷ついちゃった?」

「全然です」


 お互いに石鹸で手を洗ってリビングに戻る。


 もうすでに時間は十時過ぎだ。

 こんなに遅くまでお邪魔したのは初めてだが、長居するのも迷惑だろう。

 彼女も明日の支度に加えてお風呂などのケアがあるはずだ。

 いくら付き合い始めたと言ってもプライベートな時間を削り過ぎるのは遠慮したい。


 というわけで、俺はスマホをポケットに入れて立ち上がる。


「じゃ、帰りますね」

「もう?」

「もうって十時過ぎてますけど」

「え、嘘っ!?」


 時計を見て仰天する雨癒。


「楽しすぎて時間忘れちゃってたよ……」

「それはよかったです」


 さり気なくなんてことを言うんだこの人は。

 可愛すぎてヤバい。


 と、寂しそうに眉を下げながら俺を見つめる雨癒。


「心配しなくても明日も来ますから」

「あはは。待ってるね」

「……はいっ」


 これ以上ここにいるのはダメだ。

 理性が持たない。

 笑顔で手を振る雨癒に見送られながら、俺は彼女の家を出た。


 自宅に帰ってそのままシャワーに直行する。

 その時、当然自分の服を脱ぐのだが、その時に物凄い違和感を覚えた。

 なんとなく俺は脱いだ制服の上着を嗅いでみる。


「雨癒ちゃんの匂いがする……」


 長い時間一緒に居たし、今日は頭を撫でたりと近い距離間で接していたため、彼女の香りが移っていたようだ。


「俺はこれ着て明日も高校行くんだよな」


 知らなかったが、彼女を持つとその子の匂いが服に染みつくらしい。

 大発見である。



 ◇



 体を洗い、明日の用意も済ませてベッドに寝転ぶ。

 ちなみに課題はまだ出されていない。


 スマホの画面を眺めて、俺は何の気なしに質問をした。


『羽衣石さんはカラスの事を知ってるの?』


 さっきの会話から一時間半以上時間が空いているし、返信は明日頃返って来るだろうと思っていた。

 しかし、一瞬で既読がついて俺は咄嗟に体を起こす。

 謎に正座をして画面を見つめていると、返信が。


『少し通話できる?』


 短い文字列に、俺は頭を悩ます。


「これはどういうことなんだ?」


 わざわざ通話を要求してくるわけが分からない。

 言いたいことがあればメッセージで伝えてくれればいいのに。


 ただまぁ、断る理由も特にない。

 俺が何と答えるか考えていると、スマホが鳴った。


「もしもし?」

『あ、上澤君?』

「そうだけど、どうしたんだ?」

『話したいことがあったから』

「メッセージじゃ言えない事か?」

『まぁそんなとこ』


 電話越しに聞く羽衣石さんの声は、やはりカラスちゃんのモノに似ていた。

 特に今は電子機械を中継した声なため、リアルで会って話した時よりも一層声質が近づいた気がする。


『あ、あのさ……上澤君はカラスのリスナーなの?』

「まぁある程度は。基本的に配信はいつもチェックしてる」

『ッ! ……そ、そっか』

「そんな事が聞きたかったのか?」

『ううん! 違うよ!』


 やけに焦ったような反応をする彼女に、俺はスマホ越しに首を傾げる。


「もしかして羽衣石さん……」

『……ごくり』

「カラスちゃんのリスナーなの?」


 雨癒とも話していたが、もはやそれしか考えられない。

 ただ、女子ともなればあんなののリスナーなんて知られたくないだろう。

 加えて羽衣石さんはどうやら清楚キャラで高校生活を送る模様だ。

 あの女のリスナーという肩書きは足枷に他ならない。


「心配しなくても誰にも言わないよ。人にはみんな隠し事があるもんだからな」

『……それでいいや』

「え?」

『そうなの。実はその話を秘密にしてもらいたくて今日通話したの』

「まぁメッセージだとスクショ撮ったら拡散できちゃうしな」

『そう! それいいね!』

「……えぇ?」


 ちょくちょく意味不明な受け答えをする羽衣石さん。

 こんんがらがりそうになるが、まぁ言いたいことは分かった。


「任せろよ。人の秘密はばらさないから」

『……あ、ありがと』

「その代わり、今度またカラスちゃんの話しよう。リスナー友達がいると俺も嬉しいからさ」

『……リスナー、ねぇ』


 やけに歯切れの悪い声が聞こえる。

 と、気付けば通話は切られていた。

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