第10話 先輩彼女
「文太、何言ったの」
「大した話はしてないですよ。ただ好きな配信者の名前を出したくらいで」
「ほんとに~?」
「ちょっと雨癒ちゃん?」
ジト目を向けてくる彼女。
まるで俺の話を信じていないな。
「配信者ってこの前言ってた人?」
「そうですけど」
「初対面の女子に下ネタは……」
「言ってません! 名前出しただけですから!」
流石に俺もそこまで外道ではない。
昔からの付き合いで強固な絆がある雨癒相手だからこそ、俺はカラスちゃんが下ネタを言う人であると話しただけだ。
しかし、微妙な顔をする雨癒に俺は違和感を覚える。
「……もしかして検索しました?」
「……」
雨癒は俺から目を逸らした。
「調べたんですね?」
「偶然配信中だったみたいで、その」
「いつですか?」
「昨日」
「……」
昨日の配信内容は格闘ゲームの配信だったはずだ。
夜の七時から日付を超えて二時くらいまでやっていた。
九時くらいまでは一緒に居たし、深夜ゾーンの配信を覗いたのだろう。
昨日もカラスちゃんの発言は中々終わっていた。
「文太ってああいう女の子が好きなの?」
「そんなわけないでしょ。俺がカラスちゃんを推しているのは声です」
「声?」
「声フェチって言うのかな。なんか落ち着きませんか? あの人の声」
「わからないけど、確かに可愛い声してたね」
断じて下ネタ目当てでリスナーをしているわけではない。
そもそも俺は下ネタを堂々と言うような女子は嫌いだ。
せめて裏で言っていて欲しい。
無知過ぎるのも、知らない振りをする奴もどちらも嫌いだがな。
「じゃあなんでこんな事言ってきたの?」
「さぁ……」
俺はカラスという名前しか出していない。
配信内容にも触れていない。
ということはやはり。
「彼女もカラスちゃんリスナーなんですかね」
もはやそうとしか思えない。
「雨癒ちゃん、俺はなんて返信するのが吉ですか?」
「知らないよ。その子もリスナーなのか確かめて、話が合えば仲良くなればいいんじゃない?」
「なるほど」
同じカラスちゃんリスナーなら話したいことは山ほどだ。
純粋そうな羽衣石さんが、実はあの口が悪くて下ネタオンパレードな女のファンというのは、少し意外ではある。
だがしかし、話は合うだろう。
と、真相を確かめようとメッセージを入力する俺に突き刺さる視線。
画面から視線をずらすと、雨癒は俺をじっと見つめていた。
「どうしたの?」
「別になんでもないよ」
「……もしかして構ってもらえなくて寂しいの?」
別に深い意味はなかった。
ただなんとなく、幼少期にゲームに夢中になった俺に無視されてムッとしていた雨癒を思い出しただけだ。
ただハッと我に返ったような顔を見せる雨癒に俺は苦笑する。
図星だったらしい。
本人も言われるまで気付かなかったようだが。
「ごめん。帰ってから返信します」
「いやいや、全然ここでやってていいよ!」
「せっかく二人きりなのに、俺だけ違うことやるのも違うでしょ」
「気にしなくていいよ。ただ……」
「ただ?」
深刻な表情をする雨癒に俺は首を傾げる。
と、彼女は苦笑いを浮かべた。
「その子はわからないけど、いずれ文太に彼女ができた時にさ。こうして他の女の人と夜一緒に過ごしてるのってすごく障害って言うか」
「……俺に彼女なんてできないですよ」
しかしながら、もっともな事でもある。
俺はどうでもいいが、雨癒に彼氏ができたとして、俺の存在は邪魔だろう。
「雨癒ちゃんに彼氏ができても俺って邪魔ですよね」
「何言ってるの。彼氏なんてできないしいらないよ」
「なんでいらないんですか?」
「だって毎日文太がいるから寂しくないし」
「え?」
「あ」
今、告白された?
いや違う。
だがしかし、似たようなニュアンスに受け取るのが自然だ。
と、自分の発言のヤバさに気付いたのか、雨癒は顔を真っ赤にして手を振る。
「ごめんごめん! 今の忘れて!」
「……」
彼女の今の発言は本心だったのだろう。
「雨癒ちゃん、俺も彼女なんていらないです。毎日雨癒ちゃんが一緒に居てくれて幸せだから」
「え、いや。気を遣わなくても」
「本気です。でもこのままじゃ一緒にいるのもお互いのためにならない気がします」
「……」
彼女は俯いた。
俺の言葉に、もうこれから一緒にご飯を食べたり遊んだりしないという壁を感じたからだろう。
しかし、俺が本当に言いたいことはそんな事じゃない。
俺はソファに隣同士で座っている雨癒を向いた。
「雨癒ちゃん、よかったら俺と付き合ってくれませんか?」
「えぇ!?」
「正直、この感情が純粋な恋愛感情なのかはわからないけど、俺は雨癒ちゃんの事が好きなんです。それに、このままお互いが障害になって一緒に過ごせないなんて嫌だから」
「……」
「ごめん。こんな告白嫌ですよね……」
男なら好きだッと一言で好意を伝えるべきだ。
こんなうじうじした告白は不愉快だろう。
やけに説明口調になったし、最悪だ。
しかしながら雨癒ちゃんは優しい笑みを浮かべて俺の頭に手を置いた。
そしてそのまま撫でる。
「え? ……雨癒ちゃん?」
「彼氏なら触ってもいいよね?」
「それって……」
「いいよ。私も文太の事好きだもん。ってかもう多分、私の方が好きだもん」
「そっか」
雨癒は嬉しそうだった。
こんなオタク趣味で家事もロクにできず、近くに住み始めて間もない俺のどこが気に入ったのかはわからないが、そう言われると嬉しいものだ。
◇
【あとがき】
タイトルの一部をようやく回収しました。
遅れてしまってすみません!
今後、徐々にわんわんになっていきます。
毎日皆様の応援に支えられています。
本当に感謝です(╹◡╹)
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