第9話 雨癒ちゃんの方が可愛い
その日の夜、俺は雨癒の家にいた。
カウンターの向こうで鼻歌を歌いながらご飯を作る雨癒。
今日の献立はパスタらしい。
昨日のシチューの残りを有効活用するとの事だ。
楽しみである。
ソファでくつろいでいると、こちらにも良い匂いがやってきた。
今日は初登校日で疲れただろうという事で、手伝いはいらないらしい。
そのため呑気にスマホを眺めていた俺。
そんな俺の元に新年度恒例のあれがやって来る。
「クラスグループへ招待か。ハブられなくて良かった」
ほっと息を吐きつつ、俺は招待されたグループに入室した。
と、既に俺以外のメンバーがほぼ揃っていることに苦笑する。
まぁそうだよな。
わざわざ誘ってくれた陽三には感謝しなければ。
とりあえずマナーとして『よろしくお願いします』と送信する。
すぐに既読が数人付き、何人か自己紹介で話した人が返事を返してくれた。
温かいクラスだ。
羽衣石さんとの件でどうなる事かと思ったが、そこまで壊滅的な高校デビューを飾ったわけでもないようである。
と、続いて連絡先交換の通知が来た。
「えっ!?」
誰かと思えば、羽衣石さんからだった。
「どうしたの?」
丁度出来上がったパスタの皿を持ってくる雨癒に聞かれ、俺は苦笑する。
「クラスの女子から連絡先交換通知が来まして」
「そうなんだ、よかったじゃん」
次々にフォークやらサラダやらを運びながら、彼女はあっけらかんと言った。
確かにクラスの女子と新年度に連絡先交換をするのは普通だ。
だがしかし、相手と状況を考えると落ち着けない。
「その子、クラスの人気者で」
「……入学式の日に言ってた子?」
「え、あ……はい」
何故か若干不機嫌な雨癒は激しめにコップを置く。
なんだろう、準備を手伝わない俺に怒ったのだろうか。
確かに動かなくていいと言われて本当にぼーっとしてるのは違うよな。
でももう用意は済んでしまったし、今更やることもない。
「いただきます」
「はい。いただきます」
申し訳なく思いながら、俺はパスタを口にする。
「あ、うまっ」
「本当? よかった~」
「昨日のシチューと具材変わってるんですね」
「うんうん。昨日ジャガイモとか人参とかは大体食べてるし」
「そうなんだ」
「だからほうれん草とかベーコン足してみたの」
「めっちゃ美味しいです。本当雨癒ちゃんって料理作るの上手で凄い」
「あはは。そんなに褒めても何も出てこないよ? お世辞でも嬉しいけど」
お世辞なんかじゃない。
こんな事絶対に言っちゃダメだが、十五年間飯を作ってくれていた母親よりも雨癒ちゃんの作るご飯の方がおいしい気がする。
可愛い女子高生な先輩の手料理というフィルターもあるだろうが、手が凝っていて毎日飽きない。
と、雨癒はお茶を飲んで言う。
「まぁ最初だけだよきっと。取り繕おうと手の凝ったご飯を作るから。見栄って言うのかな。もうあと何日かしたら手抜きになると思う」
「なるほど」
まるで俺の心を読んでいるのかと思うような言葉に頷いた。
確かにまだ四日目だしな。
「で、その子と連絡先交換したの?」
「まだですよ。ご飯食べ終わったら交換しますけど」
「ふぅん」
「なんですか」
「いや全然。可愛い子と繋がっていく可愛くない後輩の顔を見てるだけ」
「じゃあ俺はおいしいご飯を作ってくれる可愛い先輩の顔を見てます」
「……」
お互いに見つめ合うこと数秒。
恥ずかしくなったのか、彼女の方が先に目を逸らした。
「はい、俺の勝ち」
「なにこれ勝負だったの? ってか文太生意気」
「あはは。でも嘘はついてないですよ?」
「……可愛いっていうのも?」
「あ、いや。それはその……」
可愛くない後輩と言われたから言い返しただけなのだが。
ただ雨癒が可愛いのは事実だし。
「それも本当です」
「え、えぇ? なんなのもう」
「はは」
照れくさそうにお茶をごくごく飲む目の前の雨癒に笑う。
ご飯にはほぼ手をつけず、ずっとお茶を飲んでいるのが面白い。
と、彼女は曖昧な表情で聞いてきた。
「じゃあその子と私どっちが可愛い?」
「……それ、言わなきゃダメですか?」
「あ、そうだよね。その子の方が可愛いよね。……ちょっと意地悪しようとしたらカウンターくらっちゃった」
「いや、雨癒ちゃんの方が可愛いよ」
「え?」
「あ、いや」
変な勘違いをする雨癒につい思ったことを言ってしまう。
訪れる沈黙、襲ってくる羞恥。
「……なんかごめんね」
「俺の方こそごめんなさい!」
そして互いに謝り合うという奇妙な結末に収まった。
◇
夕飯を食べ終え、今度は一緒に片付けをする。
時刻は午後九時過ぎ。
俺は羽衣石さんの連絡先を登録した。
「雨癒ちゃん」
「なに?」
「最初に送るメッセージは何が良いかな」
「無難によろしくとか言っておけばいいんじゃない?」
「確かにそうですね」
なんでさっきカラスちゃんに食い付いたの? なんて直接ぶっこむのはご法度だよな。
一応雨癒に聞いておいてよかった。
アドバイスの通りとりあえず『よろしく!』とメッセージを送信する俺氏。
と、一瞬で既読がつき、返信も返ってきた。
丁度一緒に画面を見ていた雨癒は、返信を読んで俺に疑惑の目を向けてきた。
「ねぇ文太、なにしたの? お姉ちゃんに言って」
「俺に姉はいませんよ。ははは……」
テキトーな誤魔化しをしながら、心ここにあらずな声を漏らす俺。
返信曰く。
『上澤君の趣味があんなに気持ち悪いとは思わなかった』
やっぱり俺の高校生活は終わっていた。
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