第8話 高校オワコンRTA

 月曜日、高校生活が本格的に始まった。

 まずは各種提出物の確認など、お決まりの事務作業が行われる。

 そしてその後、三、四時限目に当たるこの時間に始まったのは自己紹介タイムだった。


 まるでお見合いイベントのように、二重の円になって外側の人たちが徐々に回っていくシステム。

 丁度外側だった俺も例に漏れず、回っていく。


 色んな人と挨拶をする。

 運動部所属予定の男子、大人しそうな女子には控えめに。

 同類と思しき男女には少し踏み込んだ質問をしては玉砕し。


 中学の頃と変わらないやり取りをするうちに、俺は一人の女子生徒の前にやってきた。


羽衣石彗恋ういしすいれんです。よろしくね」

「あ、上澤文太です」

「なんで敬語なんですかー? タメ語で良いよ」

「いや、そちらが先に敬語を使われてらしたので」

「なにそれ! 上澤君面白いね!」


 手を口元に当てて上品に笑う彼女。

 この子は入学式に早くも人気を博していたあの美少女だ。

 難しい苗字だったため、俺は聞き直した。


「えっと、苗字なんだって?」

「あ、羽に衣に石って書いて羽衣石だよ」

「凄い字だね」

「よく言われるよ」


 名前からして漂うお嬢様感。

 髪型も編み込みハーフアップと、これまた清楚感が凄い。

 そんな彼女とも自己紹介をする。


「えっと、上澤君の趣味は?」

「……」


 聞かれ、俺は考える。

 どう見てもこの子非オタだよな。

 そんな子に好きなアニメやラノベの話を振るのは悪手だろう。

 ここは誤魔化しやすいところから。


「Youtubeでゲーム配信とかよく見てる」

「ッ!?」


 しかし、俺の言葉に羽衣石さんはあからさまな反応をした。

 思い切り肩が浮き、目を見開く。


「な、何か?」

「な、なんでもない!」

「そうですか」


 なんだったんだろう。

 ゲーム実況者に親でも殺されたのだろうか。

 と、彼女は何故かびくびくしながら質問をしてくる。


「ど、どんな配信者見てるのかな?」

「あー……」


 これまた難しい質問だ。

 ここで最推しのカラスちゃんを勧めるのは楽だが、数日前の雨癒との事もある。

 下ネタだらけあの人を、こんな疎そうな女子に教えるのは最悪な結果を招きかねない。

 年上の先輩を沼に引きずるのは悪くないが、同い年のお嬢様を穢す趣味はないのだ。

 だがしかし、興味はあるらしい。

 名前くらいは言うか。

 そこから先を調べるのは本人の勝手だし、自己責任だ。

 俺なんもしらん。


「カラスっていうゲーム実況者見てる」

「嘘だろお前ッ!?」

「お、お前……?」

「あ、いや。ごめん。待って」


 急に大声でらしくないセリフを吐き出す羽衣石さんに、教室中の視線が集まる。

 彼女はきまり悪そうに咳払いをした。


「今のは忘れて」

「え、なんで?」

「なんでもいいから! ってか、もう時間終わりかも」

「え、あぁ」


 そうこうしているうちにタイムアップを迎えてしまった。

 結局推しの配信者の名前を出して突っかかられるだけという、よくわからない自己紹介になった。

 クラス一の美少女で、今後確実に中心メンバーになるだろう羽衣石さんに嫌われるというのは最悪のスタートと言って過言ではない。

 今後の高校生活が思いやられる。


 現にクラス中から視線が突き刺さっている。

 あいつ何言ったんだ? とある事ない事言われているに違いない。

 終わった。


 それから数人と自己紹介を済ませた後、昼休みを迎えた。


「上澤、オワコンRTA新記録出たね」

「始まってもないのに人聞き悪い事言うな」

「でももう無理でしょ。面白過ぎるんだけど」

「……」


 隣の席の彩実菜に笑われる。

 笑うと言っても表情が乏しいこいつの場合、口角を若干上げている程度だが。


「別に、好きな配信者聞かれたから答えただけだし」

「陰キャアレルギーなんでしょ。知らないけど」

「お前は俺に何の恨みがあるんだ」

「ん? 私は上澤の事好きだよ。キモいし」

「……」


 もういいや。好きに言わせておこう。


「はぁ、家に帰ったら慰めてもらお」

「誰に?」

「可愛くて優しいお姉さん」

「一人暮らし始めて数日で妄想彼女とか心配」

「勝手に心配してろ」


 妄想じゃなくて実体のある女の子なんだけどな。

 頼りがいがあって優しくて、ご飯を食べさせてくれて……。

 あれ、俺って彼女に甘えっぱなしだな。

 近いうちに雨癒の役に立てるようなことを見つけよう。


 と、俺は遠くを見つめながら先程の事を思い出す。

 ずっと清楚なお嬢様みたいな印象だった彼女の口から出た『嘘だろお前ッ!?』発言。

 なんだかすごく自然だし、あっちの口調が素なんじゃないかと思ってしまう。

 しかし、仮にそうだとしても、あんな反応をされる意味が分からない。

 もしかすると隠れオタクなのかな。

 実はカラスの事を知っていて、それで俺の言葉に食い付いたとか。

 そう考えるのが自然だ。


「だがそうだとするとギャップが凄いな」


 カラスは女性実況者との事だが、配信内容は完全男向け。

 あんな美少女がリスナーをやっているというのは、世の中の広さを知らされる。


 と、俺はふと思う。

 さっきのどすの利いたツッコミの声、カラスちゃんの声に似ていたな、と。


「いやいやまさか」


 流石に同一人物なんてありえないだろう。


 一人でぶつぶつ言いながら弁当を食べ、彩実菜にドン引きされていたのは言うまでもない。

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