第7話 餌付け
「雨癒ちゃんの最近の趣味は?」
これ以上危ない人の話を続けるのも躊躇われるため、話を逸らそうとする。
と、雨癒ちゃんははにかみながら答えてくれた。
「最近はね、アニメ見てた」
「なんと!?」
「あはは。そんな反応すること?」
「勿論」
真っ白だと思っていた先輩が片足を沼に突っ込んでいたとは。
まさかの展開過ぎて、鼓動の高鳴りが抑えられない。
語り合いたい衝動が抑えられない。
しかし、ガツガツいってはダメだ。
中学時代にそれで何人ものノーマルな友達を失った。
親しき中にも礼儀ありだ。
「な、なんのアニメですか?」
「えっと、タイトルは忘れたけど、コスプレイヤーの女の子達と器用な男の子が出てくる奴」
「あー、あれか」
昨シーズンの覇権アニメだな。
俺ももちろん見ていたし、終始楽しめたから三周は見た。
「友達におすすめされて見たんだけど、結構面白いね~」
「そうなんです。アニメは面白いんです。ラノベとかは読まないんですか?」
シンプルな疑問だった。
しかし、彼女は俺の問いにハッと何かを思い出したらしく、寝室の方へ行ってしまった。
つい付いて行きそうになったが、先日の件があったからやめた。
と、すぐに帰ってきた彼女が手に持っていたのは一冊の文庫本だった。
「これは?」
「ライトノベル。さっきのアニメ教えてくれた子が面白いって言うから」
「どんな話なんですか?」
「超能力者の主人公が世の中のカップルの心を操って別れさせていくお話」
「……」
丁度さっき聞いたような話だった。
その本流行ってるのか?
俺も今度買いに行ってみよう。
「今までいわゆるオタク文化的なのって触れてこなかったけど、結構楽しいね」
「そうなんだよ。そうなんだよ……」
俺は複雑だった。
雨癒がオタクに目覚めていたのは嬉しい話だが、この沼に引き込んだのが俺ではない別の誰かというのが少し寂しい。
せっかくなら俺がじっくりと育てたかった。
「あ、そう言えば文太はラノベいっぱいあるって言ってたよね?」
「はい」
「よかったら貸してよ。私も気になるから」
「……はい!」
雨癒がいいなら俺は喜んで貸し出そう。
しかしながら、ふと疑問が残った。
俺、ラノベをたくさん持ってるなんて言ったっけ?
確かにオタク趣味を隠そうともしていなかったが、この前会った時に特にその手の会話をした記憶はない。
雨癒とはその前にも会っていたため、どこかで話していたのかもしれない。
まぁいいや。
と、雨癒が立ち上がる。
「どうしたんですか?」
「ご飯の用意しようと思って。もう四時近いし」
「そっか」
この家のキッチンは意外に広い。
シンク周りは狭いが、カウンターキッチンになっているため作業スペースはある。
というわけで、せっせと動き始めた雨癒について行くように俺も立ち上がった。
カウンター越しで作業する彼女を見つめる。
しかしすぐに苦笑いした雨癒が棚からボウルを出して俺を向いた。
「あはは。どうしたの?」
「暇なので見ておこうかと。それに俺、ご飯作れないから勉強しようと思って」
「なるほどね」
「あ、気が散りますか? それならそこに座ってますけど……」
「いやいや大丈夫! 全然見てて!」
「なにそれ」
意味の分からない事を言い出す雨癒に俺は吹き出す。
と、彼女は恥ずかしくなったのか決まり悪そうに顔を逸らした。
「その、いっつも一人でご飯作ってたから、誰かが見てるのは安心するっていうか……ってなに言ってんだろ私っ」
ホームシック云々の前に、雨癒は寂しがり屋なのかもしれない。
可愛いな。
「わかりました。ずっと見てます」
「……ぅぅ。それも恥ずかしい」
「じゃあ座ってます。さようなら」
「あぁ!」
馬鹿みたいな声を漏らす雨癒。
やはり定期的にいじめるのは楽しい。
と、彼女は思いついたかのように手を打つ。
「そうだ、文太も一緒に作る?」
「いいの?」
「勿論! ってか料理勉強したいなら一緒に作業した方がいいじゃん」
「それもそうですね」
自分でご飯を作るなんていつぶりだろうか。
調理実習以来かもしれない。
キッチンで雨癒の隣に立つ俺。
彼女は至近距離の俺を当然若干上目遣いで見た。
あ、これちょっといい……。
「なんか夫婦みたいだね」
「ほんとですね。まさか雨癒ちゃんとこんな事する日が来るとは」
「そうだよね。あとやっぱり私より身長高いのが違和感あるなぁ。昔はこんなに小さかったのに」
「犬ですか俺は」
膝の高さ辺りを指す彼女に俺は吹き出す。
「今日は何作るの?」
「無難にハンバーグとサラダ。お好みで冷凍庫に入ってたフライドポテトでも揚げるけど、どうかな?」
「いただきます」
「は~い」
豪勢な食事だった。
そもそも雨癒が手料理を振舞ってくれるとは予想していなかったのだが。
今朝メッセージを見た時は、てっきりデリバリーで何か注文するのかと思っていた。
幸せな誤算である。
「そう言えば文太。料理できないのにここ最近どうしてたの?」
「一日一食カップ麺です」
「え!? 体壊しちゃうよ!」
「そんな大げさな」
軽く流そうとしたが、雨癒は心配そうな顔で俺の手を取る。
「うおっ」
「もっと体大事にして!」
「う、うん」
ナチュラルに体に触れられ、チェリーな部分が爆発した。
ヤバい、めっちゃ手柔らかい。
この前繋いで歩いたはずなのだが、こう相手から不意に触られるとドキッとする。
「聞いてるの?」
「あ、聞いてます。気をつけます」
「気を付けるって、どうする気なの」
「それは……」
たった数日で自炊を可能にする料理スキルが身につくとは思えない。
しかも家にあるのは包丁まな板フライパンの三種の神器のみ。
いくらなんでも無謀過ぎる。
「はぁ……。しばらく夜はうちにおいで」
「え!?」
「ご飯食べさせてあげるから」
「えぇ!?」
とんでもないことになってきた。
「で、でもそれって」
「……私も一人でご飯食べるの寂しいし。一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
「ありがとう雨癒ちゃん」
「うん」
神だ。神様だ。
こんなに可愛い女の子が毎日俺のために手料理を振舞ってくれるなんて……。
俺、生きててよかった。
まさに思い描いていた理想の生活が今まさに始まった。
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