第6話 早く会いたかったので

 高校初日が終わり、俺は家に帰った。

 周りがスーツ姿の両親と一緒に帰る中たった一人、歩いてマンションを目指す。

 面倒だったので親は呼ばなかったのだが、こういう光景を見ると少し寂しくなるな。

 この寂しさの積み重ねがホームシックを生むのかもしれない。


 となんとか考えていると雨癒に会いたくなった。

 現在時刻は十一時半。

 恐らくお祝いというのは夜の話だろうから、今から行くのは流石に迷惑だろう。

 それに、彼女だって昼食を食べるし、昼時に押しかけるのはマナー違反である。


 でも早く会いたいのも事実だ。

 ちょっと寂しくなったし、知っている人の顔をみたい。

 安心したい。


「よし、今日はおにぎりを解禁しよう。カップ麺生活脱却だ」


 俺はそう呟くと、すっかり常連客になりつつあるコンビニに入る。

 昼ご飯を食べて二時くらいに遊びに行こう。



 ◇



 コンビニで買ったおにぎりとチキンを食べ、入念に歯を磨く。

 いくらオタクと言えど、身だしなみはきちんとしなければならない。

 鏡で自分の姿を見て、おかしな点がないかチェックする。


「よし」


 準備ができたので俺は家を出た。

 三秒で着いた目的地のインターホンを鳴らす。


『……はい?』


 彼女は怪訝そうな声音で聞いてきた。

 そう言えばこのマンションのインターホンにはカメラ機能がついていないんだった。


「俺です。文太です」

『えぇ!?』


 びっくり仰天する声が響き渡る。

 と、すぐさま扉が開いた。

 中から出てくる髪の乱れた先輩。


「もう来たの!?」

「……ダメでした?」

「いやいや全然。別にいつ来てもいいんだけど、ただ驚いたって言うか……」


 そう言いながら彼女は髪を直そうと頭に手を持っていき、そのまま自分の格好を見て固まる。


 雨癒はまるでオフモード全開の装いだった。

 以前遊びに行った時と違って、全身無地のジャージ。

 本当に俺の声を聞いて急いで駆けつけてくれたことが分かる。

 嬉しい限りだ。


「……やらかしちゃった」

「あはは。俺は気にしませんよ」

「私が気にするの! ちょっと待ってて、着替えてくるから」

「わかった。急に押しかけてごめん」


 そうして俺は再び家に帰った。



 ◇



 お出迎えテイク2を済ませ、俺は家にあげてもらう。

 今日呼ぶ用意はできていたらしく、部屋の掃除は済ませていた。

 ソファに座る俺に、雨癒は言ってきた。


「さっき見たのは忘れてね?」

「なんでですか?」

「……恥ずかしいから」

「わかりました」


 仕方ないので記憶から消去しておこう。

 その代わり、今の恥ずかしそうに斜め下を向く彼女の顔を覚えておく。


「で、どうしてこんなに早く来たの?」

「早く会いたかったので」

「……え?」

「あ」


 事実をそのまま伝えたのだが、説明不足でかなりアグレッシブなニュアンスになっていた。


「入学式で親連れの生徒をたくさん見て、ちょっと寂しくなったというか」

「なるほど。わかるそれ」


 背景を話すと雨癒はすぐに納得し、頷いた。


「私も二年前はそうだったよ。家でちょっと泣いちゃった」

「意外と一人って辛いものなんですね」

「うんうん」

「雨癒ちゃんがいてくれてよかった」

「あはは。それはよかったです」


 優しく笑う雨癒の顔を見ていると、本当に自分の姉みたいだ。

 安心する。

 昔から見てきた顔だが、大人っぽくなってさらに綺麗になった。

 

 そしてそんな彼女も寂しい思いをしてきたのだろう。

 できるだけ一緒に居られるようにしたいな。

 彼女が良ければの話だが。


「入学式どうだった? 友達出来た?」

「まだまだですよ。自己紹介もしてないし」

「そっか。そうだよね。懐かしいな~」


 雨癒が淹れてきた紅茶を飲みながら話をする。


「同じ中学で仲良い奴が二人同じクラスになったのでよかったです」

「おぉ、それは心強い」

「あとめちゃくちゃ可愛い女の子がいました。初日から人気者で」


 俺は先ほど見た光景を伝えた。

 と、話を聞いて雨癒は聞いてくる。


「なに、文太はその子のこと好きなの?」

「いえ全く」

「可愛いのに?」

「だって俺の理想は……」


 年上が好みだと、そう言おうとして固まった。

 この局面で言うのはあまり良くない気がする。


「とりあえず、そういうのじゃないですよ。まだ話したこともないし」

「うんうん」


 そして話題は最近の趣味のことになった。


「文太は最近何してるの?」

「Youtubeでゲーム配信見てます」

「ゲーム配信?」

「興味ありますか?」


 聞くと彼女は不思議そうな表情で頷く。

 まさかの興味あるを頂けてしまった。

 若干冗談で聞いたのだが、こうなると俺は止まらない。


 素早くスマホからアプリを開き、登録チャンネル欄に行く。

 そこにはお馴染みの真っ黒なアイコンが。


「『カラスのゲーム実況』?」

「そうです。この人の配信を見るのが最近の日課でして」

「見てみていい?」

「いや……」


 ハイテンションで布教し始めたのは良いが、実際に閲覧しようとする雨癒に冷静な俺の中のリトル文太が抗議を始めた。

 実はこのカラスという配信者、下ネタがえげつないのである。

 しかも性別は確認できる限り女。

 耐性の無いノーマルな雨癒に紹介するのはハードルが高かったかもしれない。


「聞きますけど、雨癒ちゃんはゲーム実況見た事ありますか?」

「ううん。猫とか料理の動画しか基本見ないかな」

「おぉぉう」


 なんという純粋な楽しみ方だろうか。

 こんな女の子を穢していいのだろうか。

 ……ハッ! まさか、これが堕とすって事なのかもしれない。


「雨癒ちゃんは下ネタに耐性はありますか?」

「えっ!? そういう系!?」

「いやいや。口が悪いだけで下ネタがメインなわけではないです」

「……下ネタはその、どうだろ」


 彼女も今年で十八歳。

 年齢的には結婚もできるようになる。

 一切知識が無いわけではないだろう。


「まぁちょっとこの子はまた今度にします」

「女の子なの!?」

「そうですけど」


 下ネタと聞いて男の配信者を想像していたのか、絶句する雨癒。

 やはりオタクと普通の女子高生にはギャップがあるらしい。

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