第5話 祝入学

 四月某日。

 俺は晴れて高校生になった。

 入学式を終えて教室に入る。

 そして指定された席に着くと隣から視線が。


「お前もこのクラスだったのか」

「不本意だけど」

「どういう意味だよ」


 いつも通り起伏の無い表情でそう呟く少女。

 中学からの知人女子である彩実菜だ。

 彼女も俺と同じクラスに配属されたらしく、なんなら席は隣同士である。

 そしてここは教室端の最後尾。

 一応は美少女な友達と、こんな形で高校生活を始めるなんてまるで――。


「まるでラノベの冒頭みたい」

「え?」

「って顔してたでしょ?」

「……」


 心の中を見透かされて決まりが悪い。

 頬をポリポリかく俺に彩実菜はため息を吐いた。


「心配しなくてもイベントは起きないから」

「お前って本当にぶち壊すよな色々と」

「ちょっと黙って。本読んでるから」

「……」


 右手で俺を制し、ラノベらしき本の文字を追う彩実菜。

 傍若無人すぎる。


 それにしても、入学式当日からラノベの世界にハマってるJKとか嫌だな。

 もうちょっと他の人と話そうとしたり、社交的な努力をすればいいのにと思ってしまう。

 周りがそわそわしている中、ただ一人堂々と読書だ。

 さも文学少女のように見えてるんだろう。


「今何読んでるんだ?」

「超能力者の主人公が世のカップルの心をハックして別れさせる話」

「なにそれ超怖い」


 思った数倍ヘビーでハードそうなお話だった。

 全然ライトじゃない。


 なんて、隣の席の通常運行な彩実菜に呆れていると、後ろから人が話しかけてくる。


「よお文太! 野球しようぜ!」

「お前元サッカー部じゃん」

「んな細けぇことはいいんだよ! 一緒のクラスだな!」


 まだ春だというのに暑苦しい奴だ。

 お世辞にもイケメンではないが愛嬌のある笑顔を見せる男子。

 こいつは中学からの友達の田山陽三たやまようぞうだ。

 オタクの沼にハマるあまり、小学校から続けていたサッカーをやめるという奇行を犯し、中学では陰キャ陽キャ問わずに浮いていた。


「お、彩実菜じゃねえか」

「話しかけないで」

「相変わらず辛辣~。不愛想系も可愛いよな、うん」


 何を言われてもこの反応。超絶ポジティブマンである。

 彩実菜はこの上なく鬱陶しそうだが。

 と、そんな陽三はちょっと真面目な顔をした。


「おい、あれ見ろよ」

「……凄いな」


 彼が指したのは教室対角線上に座る少女。

 その周りには入学式初日だというのに、男女問わず数人が集まっていた。

 それもそのはず、めちゃくちゃ可愛い。

 この位置からじゃ横顔しか見えないが、それだけでも顔が整っているのがわかる。

 長い黒髪が涼し気で綺麗だ。

 色白だし、寒色が似合いそうな印象である。


「上澤、そんなに凝視してもあの子は無理だよ」

「何の話だよ」

「それにああいう子ってサッカー部の先輩辺りに捕まって、すぐにやられちゃう。理想は抱かない方がいい」

「だから何の話だよ。ってかやられるってなんだ。告白されるってことか?」

「打ち明けられるのは愛じゃなくて性欲だけど」

「……」


 本当に夢もクソもない奴だな。

 加えて言うなら非常に口が悪い。

 最低最悪だ。

 人がせっかく軌道修正を計ってやったのに。


「忘れたようだから言っておくが、俺の趣味は年上だ」

「ふぅん」


 興味無さげに視線を再び美少女からラノベに落とす彩実菜。

 それを見ながら、ふと雨癒の顔を思い出した。

 今日は在校生は休日扱いだと言っていたし、今頃家で勉強でもしているのだろう。


 無事に雨癒の隣の部屋に越してきて数日。

 意外とあまり顔は合わせていない。

 というのも、俺が高校の春休み課題に追われていたせいだ。

 そのため家事もめちゃくちゃ。

 外に出ていないため洗濯はまだ大丈夫だが、なんと言っても飯がヤバい。

 ここ数日一日一回カップ麺生活だ。


 そんな俺を心配してか、今朝ありがたい連絡があった。


『入学おめでとう。よかったら今日はうちでご飯食べない? お祝いしようよ』


 まさに天使のようなお誘い。

 俺は秒速で既読をつけ、二つ返事でよろしくお願いした。

 楽しみで仕方がない。


「ニヤニヤしてどうしたんだ?」

「いや別に。それよりお前は部活とか入るのか?」

「何言ってんだよ。履修科目『ざまぁ』の単位がまだ取れてないんだ。球なんか蹴ってる暇ねぇよ」

「そりゃ無理だな。じゃあそんなお前に新たな課題だ」

「うぉぉぉ!」


 俺がリュックから取り出した数冊のラノベに感嘆の声を漏らす陽三。

 若干周囲の席の奴らから視線が集まったが、すぐに目を逸らされた。

 これがオタクだ。

 高校生活でも厳しい戦いを強いられそうである。


「と、そう言えば上澤、最近は何かハマってことあるの?」

「どうだろう、ビッグタイトルのゲームも出てないしな。最近はゲーム実況配信を見るのにハマってる」

「Youtube?」

「そうそう。興味あるのか? 最推しのカラスちゃんの紹介でもしようか?」

「いらない。今日は珍しく顔色が良いから聞いてみただけ」


 顔色が良い、か。

 それはおそらく今朝来た隣の部屋の先輩からのメッセージのおかげだろうな。

 久々に夜が待ち遠しい。


 彩実菜はぼーっと雨癒の事を考える俺の顔を黙って見つめていた。





 ◇


【あとがき】


『超能力者の主人公が世のカップルの心をハックして別れさせる話』をちょっと書いてみたいなと思いました。


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