第4話 手を繋いで散歩

 綺麗な目玉焼きを皿に載せる雨癒は俺にジト目を向ける。


「普通寝室開ける?」

「俺はちゃんと聞きましたよ? 生返事したのは雨癒ちゃんだけど」

「……そうだけどさ」


 かなり恥ずかしかったのか、顔を赤くして声を落とした。


「もう忘れたよね?」

「意外と寝相悪いんですね」

「もう! めっちゃ見てるじゃん!」

「冗談です。昨晩は勉強お疲れ様でした!」

「そういうことでもないんだけど。……もういいや」


 ため息を吐く雨癒に、俺は笑いかける。

 と、彼女も諦めたように苦笑した。


「そう言えば目玉焼きは何派? 私は塩コショウ一択なんだけど」

「塩コショウ以外に何を使うんですか?」

「気が合うね。あはは」


 そんな風に新婚夫婦みたいな会話をしながら、俺達は昼食を食べた。



 ◇



 昼食を終え、俺達は再び手持ち無沙汰になる。

 今は二人でソファに座り、何も映っていない真っ黒なテレビ画面を眺めている。

 虚無虚無タイムだ。


 しかしながらソファとは思った以上に刺激的なモノだったんだな。

 ある程度の距離はあれど、隣に女の子が座っているというのは結構緊張する。

 ダイニングのテーブルで向かい合わせに座るのとでは、また違った空気感がある。

 それも可愛い女子……さらに言うなら俺の理想的な年上先輩女子なわけで、いくら昔馴染みと言えど、意識してしまうのだ。

 先程の頭撫で云々の件も相まっておかしな感じである。


 ちらりと隣の雨癒を見ると、彼女はスマホをチラチラ見ていた。

 誰かから連絡でもきたのかと思ったが、彼女が見つめているのはロック画面。

 数秒おきに時計を眺めるのが趣味なのかもしれない。


 ……ってそんなわけないよな。

 お互いに話題がなくて気まずいだけだ。


「雨癒ちゃん」

「どした?」

「俺ちょっと外歩いてみたい」

「あ、そっか」


 今後の生活圏を散策しておきたい。

 ここへ来る途中に一応一通りの景色は眺めたが、まだまだ知らないことだらけだ。


「じゃあ一緒に歩く?」

「そうしてもらえると嬉しいです」

「何その他人行儀な感じ。昔みたいに手繋いであげよっか?」


 挑発的な表情を見せる雨癒。

 どうだ恥ずかしいだろ? と言わんばかりのその顔を見ていると、俺の中の捻くれた陰キャオタクな部分がムクムクと起き上がる。

 と、言い回しに他意はない。


「いいよ。繋ぎましょう」

「え? えっ!?」

「自分で言ったんじゃないですか」

「そ、そうだけど。……本気で言ってる?」

「嫌ならいいです」

「……文太、ちょっと生意気になったかも」

「褒め言葉として受け取っておきます」


 こうして、俺と雨癒は手を繋いで近くを一緒に回ることになった。



 ◇



「意外と歩道は広いんですね」

「う、うん。っていうか、本当にこのまま?」


 ぎこちなく俯く雨癒の視線の先には、繋がれた俺達の手がある。

 先程の話通り、俺達は手を繋いで歩いていた。


 実際、俺もちょっと恥ずかしくなってきた。

 さっきはつい勢いで揶揄いたくなったが、外に出ると何してるんだろう俺……とふと我に返ってしまう。

 周りからの視線も気になって仕方がない。

 付き合っているとでも思われているのではないだろうか。


「雨癒ちゃんは彼氏とかいないの?」

「それは地雷です」

「……」


 仕返しだと言わんばかりに言ってくる彼女。


「恋人なんて生まれてこの方できたことはありません」

「意外だな。可愛いのに」

「……急にやめてよ。こんな状況で」

「あ……」


 手を繋いだ至近距離で飛んだナンパ発言をかましてしまった。

 俺キモすぎるだろ。


「ご、ごめん」

「ううん。ありがとね。でも、今の私達って付き合ってると思われてるかも」

「手を繋いで校区を歩いてますからね」

「……そう考えると増々恥ずかしくなってくるね」


 お互い再び口を閉ざす。

 幸い今のところ高校生らしき人には出会っていないが、いつ遭遇してもおかしくはない。

 俺はともかく雨癒は高校に知り合いも多くいるだろうし。


「手、離しましょうか」

「え」

「え?」

「あ、いやいやそうだね!」


 慌てて言い直す彼女。

 一瞬漏れた声は何だったのだろうか。

 物凄く気になるのだが。


 とは言え、手を解く雨癒に追及するのは気が引ける。

 黙って歩く俺に、彼女は聞いてきた。


「文太は家事とかできるの?」

「未知の領域です」

「なるほど。お米を洗う時に洗剤は使わないようにね」

「そんなベタな事はしませんよ。でも、料理って家庭科の授業くらいでしかやったことないかも」


 あまり両親の家事の手伝いもしてこなかった。

 特に料理は全くの無関与。

 なんとなく醤油と砂糖さえあればどうにでもなるだろうと思っている。


「雨癒ちゃんは最初から料理できたの?」

「まぁある程度は。お手伝いしてたし、バレンタインとかも作ってたからね」

「あ、小学校の頃に手作りの生チョコ貰ったの覚えてます」

「あれはほとんどお母さんが作ったんだよ。私は生クリームの中にチョコを溶かし入れたくらいかな」

「生チョコって生クリーム使うんですか」

「あはは。来年のバレンタインは一緒に作る?」

「俺は食べるの専門ならいいですよ」

「意味ないじゃん!」


 ふざけた事を言いながら二人で笑う。


「まぁでも、文太には彼女ができてるかもしれないし」

「そんな馬鹿な」


 この前彩実菜とも話していたが、俺みたいなオタクに高校恋愛は厳しいと思う。

 俺にできるのは精々オタクな女友達くらいだろう。


「雨癒ちゃんこそ、彼氏できるかもしれないですよ」

「そんなことないよ~。受験で忙しくなるしね」


 そうこう会話をしながら、俺達は歩いた。

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