第3話 距離感の見極め
「それにしても久々だね。一年ぶりかな?」
「一緒に映画を見た時以来です」
「あはは。もうそんなになるのか~。背も伸びたね。いつの間にか私より高くなってる!」
少しショックそうに言う雨癒に、俺も苦笑する。
現在身長は百六十九センチ。
成長が止まった様子はないし、恐らく百七十は超えるだろう。
なんとか人権の獲得は可能なようだ。
そして、そういう彼女の身長も低くはない。
小顔なのも相まって、スタイルが良いお姉さんって感じだ。
まるで俺の理想形のような先輩女子である。
「今日は春休み? 友達と遊んだりとかしないんですか?」
「来週は買い物に行く予定あるけど、今日は大丈夫だよ。文太こそ友達と遊ぶ予定とかなかったの?」
「それは地雷です」
「え? ごめん……」
気まずそうに声のトーンを落とす雨癒。
俺とて友達ゼロ人のスーパードライな中学生活を送ってきたわけではないが、だからと言って休日に遊ぶほどの奴はいない。
そもそも俺の友達はオタクが多いからな。
俺達は友達と駄弁る暇があるならアニメやラノベに勤しむ民だ。
と、俺は部屋を見渡す。
シンプルで綺麗な部屋だが、逆に言うと娯楽物もあまりない。
「ゲームとかやらないの?」
「うーん。高いし、わざわざ買わないかな」
「なるほど」
ハード機を購入してコントローラーも購入。
さらにソフト、DLC、周辺機器と合わせていくと福沢の諭吉様が何枚もセイグッバイする。
そもそもやるゲームにもよるが、家庭用大画面テレビでゲームをプレイするのはお勧めしない。
考え込む俺を他所に、雨癒は笑う。
「あ、でもゲームするのは好きだよ。友達の家行ったときに一緒にやったりするし、見るのも案外好きかも」
「見るのも好き!?」
「何その食い付き方!?」
「ごめん。雨癒ちゃんに無限の可能性を感じただけです」
「……なにそれ」
ゲームを見るのが好きだというのは、かなりポテンシャルが高い。
そう、ゲーム実況並びに今を時めくVtuber沼にハマる可能性が非常に!
是非最推しのあの子を紹介したい衝動に駆られる。
「文太はゲーム好きだったよね」
「昔は一緒にやった事もあるっけ」
「あー、小学生の頃に私をぼこぼこにして楽しんでたやつか」
「……その節は申し訳ございませんでしたッ!」
弱者をいたぶって快楽を求めるなど、ゲームを嗜む者として最低の愚行だ。
「また遊ぼうね」
「……いいの?」
「だってこれから隣に住むんでしょ? 毎日はあれだけど、よく顔も合わせるだろうし」
「確かに。そっか……」
「ほら、聞いてると思うけど、私結構暇してるし」
「ホームシックって言ってましたもんね。一人暮らしは寂しいですから仕方ないですよ」
「……そう、寂しいの。だから来てくれてありがと。嬉しい」
雨癒はそう言って何故か手を伸ばそうとしてくる。
首を傾げる俺に、彼女はハッと手を引っ込めた。
「ご、ごめん。つい昔の癖で頭撫でようとしちゃった」
「……そう言えば、そういうのもありましたね」
年齢が上がるごとに会うことは減ったが、小学校の頃までは結構な頻度で会っていた。
雨癒も俺も一人っ子だ。
彼女はお姉さんぶるのが好きだったようで、いつも頭を撫でようとしてきたりしていたのを覚えている。
俺自身も姉という存在はなく、基本的に学校でも長子として扱われていたため、姉貴分に憧れている部分があった。
だからこそ、彼女のそういう行為を受け入れていた。
そしてそこは今現在もあまり変わっていない。
俺は苦笑する雨癒に笑いかける。
「別に撫でてもいいですよ」
「え?」
「え?ってなんなんですか」
驚いたように目を見開く彼女。
そんな反応をされるとこっちも恥ずかしくなってくる。
と、雨癒は俺の方に寄ってきた。
そしてそのまま手を頭に下ろして――撫でることはなく、手刀を食らわされた。
「あんまり先輩を揶揄わないの」
「……別に、俺はそんなつもりじゃ」
「文太、お昼食べた?」
「いや、まだです」
「じゃあ何か作るよ」
話は終わりと言わんばかりにキッチンカウンターに向かう彼女。
自分から変な事してきたくせに、よくわからない態度だ。
なんて思っていたが、ちらっと見えた雨癒の横顔が少し赤くなっているのに気づく。
なるほど。
そして少しドキドキしている自分にも気付いてしまった。
あまり過度な接触はやめた方が良いかもしれない。
お互いに高校生だ。
昔と同じ距離間で関わるのはマズいだろう。
じっと座っていても暇なため、俺は部屋の中を散策する。
と言っても先ほど言った通り特に物もないため、俺の視線は自然と案内されていない部屋のドアの方を向いた。
この先は彼女の寝室かな。
ちょっと気になる。
「あの、ここ開けても大丈夫ですか?」
「ん? いいよー」
フライパンに油をひきながら答える雨癒。
こちらを見ていないところを見ると、この家には見られて困るようないかがわしいブツは存在しないらしい。
ならば心配あるまいな。
開け、ゴマ!
バーン!と効果音が出そうな勢いで部屋を開けると、予想通り寝室が広がっていた。
リビングと違って、嗅ぎなれない匂いがする。
濃い、雨癒の匂いだ。
少し懐かしい気持ちにもなる。
足を踏み入れると、ベッド、勉強机、本棚が目に入った。
広さは六畳くらいだろうか。
ベッドは掛け布団が乱れ、机の上には教材が雑に広がっている。
机にあったノートを見ると、ミミズが這ったような字の数式が並んでいた。
昨晩は遅くまで勉強をしていたらしい。
特に見てはいけない類の物はないが、だからと言って生活感丸出しの空間。
本当に入ってよかったのか、不安感のある景色である。
と、少しして慌てた雨癒の足音が近づいてきた。
「ちょ、何してるの!?」
「え?」
「開けるってこの部屋!?」
「そうですけど」
信じられないと言わんばかりの彼女は、菜箸を持ったまま絶句する。
しかしすぐに思い出したように声を上げた。
「卵!」
「……たまご?」
どうやら火をつけたまま放置していたらしいキッチンに走って戻っていく彼女。
俺もそれを追うようにリビングに戻る。
なんとなく予感はしていたが、寝室は見ない方が良かったらしい。
犯行証拠を隠滅するべく、俺はゆっくりとドアを閉めた。
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