第2話 内見という名の再会

 急いで家に帰ると、母親は変な顔をしてリビングで待っていた。

 経験上、こういう顔の人間は要注意だ。

 とんでもないことを言い出したりする可能性が非常に高い。


 と、母親は帰宅した俺をゆっくりと向く。


「スマホ見たね?」

「はい」

「そういう事だから」


 俺はそう言われ、先程見たメッセージを再び表示する。


雨癒うゆの隣の部屋に住みなさい』


 雨癒というのは、二つ年上の女子高生だ。

 本名は白浜しらはま雨癒うゆ

 最後に会ったのは一年前だが、基本的に半年置きに顔を合わせている関係性の人間である。

 彼女の母親と俺の母親が幼馴染であり、お互い母親になった今でも交流が続いているという縁での繋がりだ。

 俺と雨癒も仲が悪いわけではなく、一年前に会った時は一緒に映画を見た。

 あの日は親たちが買い物に夢中になったせいで俺達が取り残され、その暇つぶしに二人で数時間遊んだんだっけか。

 まぁそんなわけで、普通に仲が良い。


 そんな彼女はつい今まで忘れていたが、俺が入学する高校に通う先輩だった。

 そう言えば一人暮らしをしているという話も聞いていた。


「雨癒、ホームシック気味なんだって」

「へぇ」

「だからあんたが隣に住んでくれると助かるって、真希まきがね」

「なるほど」


 真希というのは雨癒の母親だ。

 俺の一人暮らしに対して、母は友達に相談していたらしい。

 そこで浮かんだ対応策が、俺を雨癒の隣の部屋に住ませるという事だったのか。


「あんたも家事とかで困ったらすぐに助けを呼べるでしょ」

「確かに。でも迷惑じゃないの?」

「雨癒に聞いたら即答で『大丈夫です』って返ってきたわよ。仲良い子が近くに住んでくれるとあの子も安心するんじゃないかしら」

「なるほど」


 それなら心配はないか。


「じゃあ一人暮らししても良いんだな? 俺、本当に行くからな?」

「けじめはつけなさい。定期的に雨癒に聞くから」

「げ」

「なによその反応。実家から通わせるわよ」

「精進いたします」


 さらなる追求を恐れて俺はしおらしく頭を下げた。



 ‐‐‐



 数日後、内見を兼ねて俺は例のマンションへ遊びに行った。

 一人きりで。


 電車で揺られる事一時間程。

 平日の昼間だという事もあり、電車はすかすかだった。

 スマホでYouTubeの配信を見ながら時間を潰した。


 そしてやってきた新しい街。

 今後の生活圏になるわけだから、スーパーやコンビニの位置も入念にチェックしながら歩く。

 受験の時に一度来たが、車の中から眺める景色と歩いて見渡すモノは全くの別物だ。


 通りにあった本屋やゲーム屋、ゲーセンなども要チェックである。

 今後お世話になる可能性が非常に高い。


 そんなこんなで散策していると、マンションに辿り着くまではあっという間だった。


「部屋は709号室か……」


 屋上の角部屋と聞いていた部屋に向かう。

 エレベーターはあったが、なんとなく階段を使った。


 そして目的地である七階のフロアに着くと、お目当ての人が待っていてくれた。


「久しぶりだね」

「うん」

「あはは。階段使ったの? 疲れたでしょ?」

「まぁ、ちょっとだけ」


 雨癒は一年前よりかなり大人びて見えた。

 長かったはずの髪の毛は短くなっており、服装もなんだかカジュアルに決まっていて、全体的に少し垢抜けたように思える。

 元々普通に可愛かったが、思ったのと違う姿で出迎えられ、少し驚いた。


 と、固まる俺に雨癒は首を傾げて笑った。


「何してるの? おいでよ」

「あ、はい」


 言われるまま俺は歩いて行き、部屋の中にあげてもらう。


「汚くてごめんね~」

「どこがですか?」


 玄関は余計な靴が散らかっておらず、普段履いているであろうスニーカーがあるだけ。

 お洒落な香水が置かれた靴箱も良い感じだ。


「綺麗ですよ。うちの玄関と大違い」

「あはは。そんな事ないでしょ」

「この割り箸良い匂いするし」

「スティック型の香水です~。割り箸じゃないから!」


 失礼な……と苦笑する雨癒。

 それを見ながら俺も笑った。


 と、そのままお世辞にも広いとは言えない廊下を歩いてリビングルームに入る。

 テレビとソファがあるリビング部分。

 そしてテーブルと椅子が二つセットでついたダイニングキッチン。

 そう言えば1LDK物件だと言っていたな。

 という事はあと一部屋は寝室なのだろうか。

 でもそんなことより気になることがある。


「なんで一人暮らしなのに椅子が二脚?」

「うぅぅ。やっぱ変だよね?」


 ダイニングのテーブルを指して言う俺のツッコミに、雨癒はショックを受けたような呻き声を漏らす。

 彼女は机を撫でながら悲しそうに話した。


「このテーブルでご飯を食べる度に孤独感でいっぱいになるんだよ……」

「じゃあ一脚売ればいいのに」

「なんてこと言うの! セットで買ったんだよ? 可愛いじゃん!」

「……」


 だとしても、基本使わないし寂しさを煽るような物を放置しておくのもどうかと思うのだが。

 信じられないと言った表情の雨癒を見ると、何かが違うらしい。

 よくわからない。


「あー、こういうのでホームシックになるんですね」

「ちょっと! どこ情報それ!?」

「母親に聞きましたよ。真希おばさん経由で」

「またあの人余計な事言って!」


 顔を赤くして恥ずかしそうに憤る彼女。

 と、そのまま何かに引っかかったらしく、俺の方を向いた。


「そう言えばなんで敬語なの?」

「あぁ、いや別に……」


 無意識だった。

 昔はタメ口だったし、急に敬語で呼ぶのはマズかっただろうか。

 久々に見る雨癒に少し緊張してしまっていたらしい。

 しかし、彼女は納得したように頷く。


「そっか。一応私はこれから君の先輩なんだね。わかった。敬語でいこう」

「よろしくお願いします」

「……ちょっと距離感あるけど、まぁいっか。そもそも久々だもんね」


 幼い頃、それこそ小学生の頃までは半年と言わず、月一頻度で遊んでいた。

 両者の年齢が上がるごとにべったり遊ぶことは減ったが、かなり近い距離間だったのは確かだ。


「この間取りは気に入った?」

「はい。隣に住みます」

「あはは。よかった」


 これからはお隣さんとして、高頻度で顔を合わせることになる。

 追々仲は深めていけばいいのだ。

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