ランドセルとアイスクリーム①

「さぁこれに遺書を書いて。」


南さんは私の手にメモ帳とペンを押し付ける。

まるで彼女は私の自殺を最初から全てプランニングしていたかのように用意周到だ。


「遺書?書かなきゃダメかな?」


「そう遺書。大切なことだよ。君がどんな思いで死んだのか知らしめるべき人がいるでしょ?」


「そうでもないよ……。どんな気持ちだったかなんて誰も知りたがらないと思う……」


実際そうだ。

私が自殺したとしても誰も気に掛けはしないだろう。

わかってはいても、そのことを考えると気持ちがいっそう沈む。

うな垂れる私の顔を南さんがのぞき込む。


「ご両親や他のご家族は?不仲なの?」


「不仲というか、あの人たちは私に関心がないから。私が何をしようと、どうなろうと、どうでもいいの。あの人たちにとっては弟だけが全てだから」


「雪乃ちゃん、ご家族のこともっと聞かせて」


南さんが真剣な顔で私を見つめている。

家族との関係については今まで誰にも話したことがなかったし、そのつもりもなかった。

でも、この瞳にみつめられると全てを打ち明けたくなってしまう。


「南さんにとっては、きっとつまらない話だよ。……三つ下の弟は、小さいころから病弱だったの。それで当時両親はよく弟の通院とか入院に付き添ったり忙しくしてたんだ。私はすごく寂しかったけど、小さいなりに事情も分かっていたから我慢してた。むしろ、弟が家にいる間は私も積極的に世話してたくらいだった。その頃までは別に仲が悪いわけじゃなくて、むしろうちの家族は弟を中心に結束してた。しばらくの間は平和だったよ。でも私が小学4年生の時、事件が起きた」


「事件?」


「起きた、というより起こしたと言った方が正確かも。その頃、私クラス内でいじめられてたんだ。直接暴力を振るわれたりはしなかったけど、物を隠されたり壊されたり、嫌なあだ名をつけられたりとか」


「それは……、辛いね」


南さんが険しい表情で呟く。


「平気だったわけじゃないけど、我慢はできたんだ。でも、その日いじめの主犯格だったある男子は私のランドセルに目を付けたんだ。私のランドセルに画鋲を刺したり、傷をつけたりして、仕上げに教室の窓から外に放り投げた。私、それがどうしても許せなかった……。あれは私にとって大切な思い出のランドセルだったから。

 入学前、忙しさの合間を縫って両親が弟を預けて私をランドセル選びに連れて行ってくれたんだ。自分で選んだラベンダー色のランドセル。買い物の後の久しぶりの外食。お子様ランチを食べながら普段話せなかったことを沢山話した。あの日のことは今でも鮮明に思い出せる。だから、大切だった。あのランドセルは、私が両親に愛されている証で、二人との絆だったから……」


この続きを誰かに話すのは本当に辛い。

それは、誰にも知られたくない、私の苦しみの根源だから。

でも、南さんになら、話しても大丈夫な気がする。

むしろ、彼女には知っていてほしいとすら思う。


私の気持ちを察してか、彼女は私の肩をそっと抱き寄せる。


「許せなかった。だから、私その男子を突き飛ばしてやった。でも、元々私臆病だから、そいつが尻もちをついて泣き出したときには、もう我に返ってた。後悔したけど時すでに遅しで、その後はもう大騒ぎ。クラスの誰かが先生を呼んできて、私は別室に連れていかれて、両親が呼び出されて。結局その男子は、右手の指を骨折してたことが病院で分かったんだ」


「彼が君にしたことと比べれば、そんな怪我吊り合いの取れた罰とは言えないよ」


「当時の私もそう思った。でも、学校側は喧嘩両成敗で片を付けた。担任と校長先生、それぞれの両親が呼び出されて、お互いに『ごめんなさい』をして、それでお終い。私の親は相手の親に治療費を支払って、ランドセルの弁償は要求しなかった。私が怪我をさせたことを重く見たんだと思う。家に帰ってこっぴどく叱られたよ。私もすごく反省した」


「それは……、ちょっとフェアじゃないんじゃないかな?雪乃ちゃんはずっといじめられてたんでしょ?」


「親にはいじめのこと話してなかったから……。弟のこともあったし、余計な心配かけたくなかったし。……ともかく、その一件はそれで終わったと思ってた。でも、相手の母親は納得してなかったみたいでね。

 ある日突然家に押しかけて来て、両親に“謝罪”と“誠意”を要求してきた。両親はまず私のしたことを謝って、それから治療費はもう支払ったこととかお互いに非があったことを話してその人を追い返した。でも、しばらくするとまた家に来て、同じ話を繰り返した。追い返しても追い返しても何度も家に来た。両親も困り果てて、菓子折りを渡してみたり学校に相談したりしたけど、効果が無くて……。それどころか、どんどんエスカレートしていった。

 ある朝、いじめっ子の母親が私の通学路に現れたんだ。学校に着くまで付きまとって、『凶暴な子供』とか『少年院に入るべきだ』とか、あとは『お前の親はろくでなしだ』とか言って罵った。それが何日も続いた。辛かったけど誰にも話さなかった。自分が相手に怪我をさせた負い目もあったし、私一人が我慢すれば済む話だから……」


南さんは私の話に絶句していた。

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