最後の晩餐
「お、お、お弁当ね……。あの後、なんか気まずい感じがして……。ほら、みんなもびっくりしてたから!なんか、いたたまれなくなっちゃってね……。ははは……」
どうしよう。顔を上げられない。彼女の顔を見ることができない。
私と彼女はお互いに今までよく話したこともないただの一クラスメートのはずで、彼女だってたかだか数分の会話で相手が自殺志願者かどうかなんてわかるはずがない。
いや、わかるのだろうか?
彼女には人並外れた洞察力があって、私の言葉や仕草、表情から全てを読み取っていたりして……。
いや、そんなドラマやアニメのキャラクターみたいな能力、常識的に考えてあるはずがない。
でも、
「そう……。じゃあ君、お昼ごはん食べそこねちゃったんだ?おなか減ってるんじゃない?」
「え、少し、減ってるかも……」
私がそう言うと、彼女はスカートのポケットの中から可愛らしい包み紙にくるまれたキャンディーを取り出した。
「苺ミルク味。はいどうぞ。あーん」
そう言って、包み紙をを外すと薄ピンク色の飴玉を私の唇に押し付けた。
突然の展開にたじろいだ私は「むぐっ」と変な声を漏らしながらも控えめに口を開き、飴玉を受け取る。
彼女の指先が飴玉を口内に押し込み、その流れのまま私の唇に触れる。
誰かにあーんされるのなんか初めてだった。
別に動揺しているわけじゃない。
ちょっとびっくりしたけど、私たちは女子同士なんだし、この戯れにロマンチックな含みなんてない。
今日はいろんなことがありすぎたし、唐突で親密すぎる距離感に私は混乱しているんだ。
私の胸が早鐘を打っているのも、
これは、ロマンチックなアレじゃない。
これは、ただの友達同士のおふざけみたいなもの。
例え、彼女の冷たい指先が私の唇をスリスリ撫でていようとも。
例え、私の眼を見つめる彼女の視線に何か熱いものを感じていたとしても。
彼女の行動に特別な意味なんてない……。
「おいしい?」
きっと今の私は長距離走の直後のように頬が上気していることだろう。
なんなら瞳も少しうるんでいるし、表情だっておかしなことになっているに違いない。
私は彼女から目をそらして少しうつむきながらコクコクと首を振った。
すると、彼女は私の手を両手で包み込むように握りすっと立ち上がると、こう言った。
「じゃあ、最後の晩餐も済んだことだし、行こうか?」
私の手を再びぎゅっと握ると、グイと私を引き起こした。
想像以上の力の強さに少しだけ面食らう。
そういえば彼女は体育の授業ではいつも好成績で、球技とかの授業の時もよく活躍していたっけ。
いやいや、そんなことよりも気にしなければいけないのは彼女の言葉だ。
「あ、あの、最後の晩餐って?行くってどこに?」
「ん?最後の晩餐はそのままの意味。これから時計塔の上に行くんだよ。ほらこっち」
え、あの、と小声で尋ねるも、彼女は振り返りもせず時計塔に向かって私を引っ張っていく。
屋上の中央、グラウンド側に面してそびえ立つ時計塔に入ると、中にはさらに上に続く階段があった。
私の手をぐいぐいと引きながら彼女は階段を昇っていく。
「ねぇ、君はなんで屋上が施錠されていたか知ってた?飛び降り自殺があったんだよ。4年前に」
「し、知らなかった……。でもどうして急にそんな話をするの……」
「君の自殺を手伝ってあげようかと思って。わかってたよ。最初から。そのつもりだってこと」
平然と私に告げ、彼女は淡々と階段を昇っていく。
「!!ど、どうしてわかったの……!」
「その話の続きは上に出てからに」
そういうと彼女はそれきり黙ってしまった。
緊張のせいだろうか、それとも恐怖しているのか。いつの間にか私の指先はすっかり冷たくなって、彼女の手の冷たさを感じなくなっていた。
頭の後ろ側が痺れているような感じで彼女の言葉についてうまく考えることができない。
彼女の後に続いて、私もただ黙々と階段を昇った。
そういえば、彼女は汗ばんだ私の手を不快に感じてはいないだろうか?
こんな状況なのにそんなことばかり考えていた。
私はとうとう頭がおかしくなってしまったんだろうか?
階段を昇り切り時計塔の屋上部分に着くと、彼女は私の手を放して振り返った。
「ここが、三国さん、君の死に場所だよ。ここで君に自殺してもらうのには訳があるんだ。4年前の自殺者は、ここからじゃなく、屋上のフェンスを乗り越えて飛び降りた。丁度あそこ当たり」
彼女は私たちがさっきまでいた屋上の、グラウンドに面している側のフェンスを指さした。
「あそこの真下には花壇があるんだ。きっと土がクッションになったんだろうね。その人、即死じゃなかったんだよ。落ちた後もまだ生きていた。それから暫くの間苦しんで、死んだ。だから、君にはそんな惨い目に合ってほしくない。苦しまずに死んでほしい」
「そっか……。
「南でいいよ」
「……南さん。私のことも下の名前でいいよ。
高校に進学してから、こんなに他人に心を開いたのは初めてだった。
これから死ぬというときになって、こんな積極性を発揮するとは自分自身に驚く。
「三国 雪乃さん……。雪乃ちゃん……。君が自殺したがってるのにどうして気が付いたか、まだ話してなかったね。
私は君のことをずっと見てた。だから君が考えている以上に君について知ってるんだ」
「えっ!!」
「何でもわかるってわけじゃない。けど、色々知ってるつもり。例えば、死にたいのは結構前からでお弁当のことはきっかけにすぎないってこととか」
「!!何でもお見通しだね、謙遜する必要ないくらいに。でも何で死にたがってるってわかったの?」
「話すとは言ったけど説明が難しいな……。これは私の勘みたいなものだから。表情、仕草、声、……死にたい人ってそういうのが微妙に変化するんだ。雪乃ちゃんのこともずっと見てたから気が付いた。前にもそういう人を見たことがあるから。わかったんだ、同じだって。お弁当を落とした時の様子も見てた。それで確信したから、屋上で待ってたんだ。君が来ることに賭けて」
“ずっと見てた”
その言葉だけが私の頭の中にこだまする。
私、見られてたんだ。
そんなことちっとも気が付かなかった。でも、何故だかすごく嬉しい。
空っぽで虚な私の心の片隅に、小さくて暖かな灯がともるのを感じた。
やっと人と親密な関係を気づけそうなのに、それがとても嬉しいのに、それでも私はこれから死ぬ。
少しだけ惜しいとは思うけど、それでも私の気持ちは揺らがなかった。
この灯りを抱えたまま私は死ねるんだ。
南さんに見守られて。
それだけで私は充分だ。
「あの、南さん!……見ていてくれて、ありがとう。」
「どういたしまして。じゃあそろそろ本格的に始めよっか?まずはこれを書いて。」
そういうと彼女はメモ帳とペンを私に差し出した。
「これは……?」
「遺書を書くんだよ。」
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