悪い子ちゃん
サラッとした長い黒髪。ニキビ一つない綺麗な肌は雪のように白い。
血液を塗ったように真っ赤な唇が肌の色と鮮やかなコントラストを成している。
意志の強そうな瞳でこちらを見つめるその女子生徒が、私を呼んだ声の主だった。
「ひっ、
思わず声が上ずってしまった。
まさか自分以外の人がいるなんて思わなかった。
それもこちらは自殺をしようとしていたところだ。
何を言われたわけでもないのに、まるで悪さをしてるところを大人に見つかった子供のような気分だ。
いやまあ、自殺は社会一般的には絶対的な悪だけれども。
「屋上は立入禁止……。こんなところで何してるの?」
「そ、それを言うなら日影舘さんもでしょ……!」
クスリと笑い、彼女は自分の右隣を指さした。
「座って。話そうよ」
深みのある声のせいか、それとも喋り方のせいなのか、彼女の言葉にはどこか有無を言わせない感じがあった。
こくりと頷いて私は彼女の隣に腰かけた。
彼女は私のクラスメイトであり、何というか……、ちょっと不良だ。
世間一般の言う不良の定義はよくわからないが、少なくとも私の眼には彼女は不良生徒である。
だけどほとんどの場合は1限が始まる前には教室に現れてきっちり授業は受ける。
数学を筆頭に授業をサボることもあるが、そう多いわけではない。
授業を受ける態度も決して悪くはなく、いつも真面目に先生の話を聞いている様子だった。
しかし、授業に関係のない委員会活動や行事には参加する気がないようで、この間の体育祭も開催前の準備や話し合いの段階から決して姿を現さず、時には露骨にそれらから逃げていた。
そんな校内では少し逸脱した存在の彼女だが、決して人を寄せ付けないようなタイプではなかった。
鋭い美しさのある容姿に反して、誰かと話しているときの彼女の雰囲気はいつもどことなく柔らかだった。
同級生の多くは、ミステリアスな彼女に好意的な関心を持って接しているようだった。
もちろん私にとっても、彼女は一クラスメイトとして気になる存在ではあったが、今までちゃんと話したことは一度もなかった。
「
私の言葉に、彼女は顔をこちらに向けて少し目を見開いた。
何か失言があったのかと、私は少し緊張しながら彼女の次の言葉を待った。
「私もまさか
落ち着いた声、落ち着いた話し方。
普段の行動に反して、彼女の振る舞いはゆったりとしていて、私の緊張も少しだけほぐれた。
「わ、私だってサボることもあるよ!時々……、たまに……」
怪しまれていないだろうか?
なんだか彼女の瞳は全てを見透かしているようで、どきまぎしてしまう。
「そっかそっか。そういえば三国さん数学得意だったよね。中間テストで満点取ったんでしょ?君なら一度や二度授業サボるくらいなんてこともないか」
「そんな……。日影舘さんはいつも数学の時いないよね?数学好きじゃないの?」
「数学が嫌いってわけじゃないよ。ただ、教師の佐藤が嫌いだから」
「そ、そっか。じゃあ数学の時とかはいつもここにいたの?」
「ううん。いつもってわけじゃない。決まった場所があるわけじゃないけど、静かで一人になれる場所にいる。それに屋上を使うようになったのは結構最近。鍵をこじ開けるのに苦労したよ」
「ええっ!!」
私が少し大きな声を出してしまったので、彼女はとっさに私の口を手でふさいだ。
ひんやりと冷たい手で、ハンドクリームか何かのいい香りがした。
ベルガモットだろうか。
「しー。人に聞かれちゃうよ」
いたずらに笑って私の顔に顔を近づける。
なんだろう。この状況に?それとも今すごくドキドキしている自分に?私は戸惑っていた。
私の口を解放すると彼女は正面を向きなおし、流し目でこちらを見つめる。
「ヘアピンを使って開けたんだよ。そんなに驚く?別に意外じゃないでしょ?」
「い、いやいや、ピッキングはさすがにまずいでしょ!もし先生に知られでもしたら…」
彼女はクスクスと笑った。
普通にしていると、ちょっと近寄りがたいくらいに綺麗なのに、笑うと打って変わって可愛らしくて優しい雰囲気になる。
ついつい彼女の顔をじっと眺めてしまう。
右目の下に黒子が二つ並んでいて、それがセクシーだな、なんて考えてしまう。
「三国さんは先生が怖いの?私はべつに怒られたって怖くないし何言われたって気にしない。それに、大体は何か言われる前にうまく逃げちゃうから。……それにしても、ねぇ、そんなに先生が怖い人がこんなところで授業をサボるなんてやっぱり変。昼休みの時、お弁当床にひっくり返してたよね。その後すぐに何処かにいなくなっちゃったし。もしかしてそのせいで落ち込んでる?」
ダメだ。
鋭い指摘に言葉に詰まってしまう。
やっぱり彼女は最初から私のことを全部見透かしていたんだろうか?
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