7.レーダー、殺した相手を告発する

「さて、俺は手前等の顔と名前を知っている。それが意味することは解るな?」


 呼び出された三人の顔を見るなり脅しつけた。


 とはいえ、娘はともかく冒険者のほうがそんなことでおとなしく従うわけがない。


 お前も知っての通り、命がけの仕事をしている連中はナメられたら終わりなので同格のはずの相手に命令されるのには理由がどうにせよとにかく反発するのだ。


「何が言いたい?」


 だから冒険者の一人が剣に手をかけて凄み返したのも当然の話だ。


 でもそれを俺が許すわけがない。


 相手が抜くよりも早く剣を抜いて切っ先を喉元に突きつけた。


「いいか。俺はお前よりも強い。逃げれば必ず見つけ出して殺す。わかったな?」


「お、おう」


「落ち着いたところで話をしよう」


 言いながら代官が生前に使っていた椅子にドスリと腰を落とした。抜いた剣は隣に無造作に転がされた代官の遺体に突き刺す。


 もちろん、そんな無残な様を見せつければ娘は悲鳴を上げる。


「ヒィッ」


 あんまり怖がらせてもいいことはないので、落ち着かせるために声をかけた。


「安心しろ。代官これはもう死んでる」


「ひ、ひぇぇぇ」


 全然効果がなかったのか、逆効果だったのかわからないが、かけた言葉がクソの役にも立たなかったことはわかった。


 弱いヤツの気持ちは全然わからん。


「代官が?


 お前が殺ったのか?」


 とはいえ、冒険者どもも俺と大差ない。恐れ震える娘に目もくれず、俺の所業の方に興味を示す。


「そうだ。俺が殺した」


「なんてことを。バーロア公の代官だぞ」


「んなこたぁわかってる。だからお前らを呼んだんだ。このままだと貴様らも俺の共犯者として”自白”する。


 だが、そうならないために貴様らに『告発」のチャンスをくれてやる」


「告発?」


 二人の冒険者は怪訝な表情を浮かべた。やっぱりこいつ等はバカだ。俺の深遠なる考えの端にも届かない。


「そう、告発だ。代官の仕事とはなんだ?」


 死体から抜いた切っ先を冒険者の一人に向ける。かすかな腐臭が漂い始めている。


「ま、任された土地を管理すること?」


「そう。そもそも代官とは公の領地を管理する仕事だ。その村の住民は公の所有する農奴だ。


 つまり、公の私有財産だ。それを奴は俺たちに売ってこいと言いやがった。勝手に売ろうとしたんだ。


 罪状はわかるな?


 横領だ。


 職権を濫用して公の財産を侵そうとしたのを阻止したとなれば、殺人の罪を問われるどころか褒賞だってもらえるかもしれん。


 無論、そのためには売られそうになった娘の証言も必要だろう。


 だが、今ここで身柄を押さえている以上、後は代官の手下のちょっと頭の冴える奴よりも早く俺たちが公に告発してやればいいって寸法よ」


 笑みを浮かべて俺は語った。だが、冒険者たちは慎重だった。


「素直には乗れねえな。どうしてそんな儲け話を俺達にするんだ。報奨金を独占した方がいいんじゃないか?」


「誰かが代官の死体と娘を押さえとかねえといかん。野郎の遺臣に証拠を奪われちまったらおじゃんになるからな」


「じゃあそれを俺たちが」


「昨日会ったばかりの奴に証拠預けるほど俺はお人好しじゃねえんだ。黙って役人呼んでこい」


 言って、冒険者たちを追い散らした。


 ついでに召使いに酒と食べ物を持ってくるように伝えるよう指示した。


 まるで支配者みたいに振る舞ってるが、実際にはただ占拠しただけに過ぎないし、命ぜられた冒険者にとってはなんの関係もない他人に過ぎない。


 本来の支配者と違うのは、


「逃げたらすべてを捨て置いて殺しに行くからな」


 力を背景に脅しをかけてきているという致命的な一点を明言しているかどうかというだけだ。


 支配者は法とかなんとか言って暴力をごまかすからな。




「バーロア公の騎士、アンナドレット・フィレイス・ヴィス・コーンスだ。


 代官の不正を告発するというのは貴様か」


 翌日になってやってきたのは女だった。


 なめらかな金髪でほっそりとした顔の中に青い目が輝いている、なかなか凛々しい女だ。


 こんな女の顔をぐしゃぐしゃになるまで犯してやりたいな、なんて思いながら俺は応答した。


「やりてぇな」


「何?」


 思わず口をついて出た言葉に怪訝な表情をされてしまったので取り繕ったが、偽らざる本心だった。


「あぁ、いや。アーナちゃんね、よろしく」


 だから軽口でごまかそうとしたんだが、逆に怒らせてしまった。


「私は騎士だぞ。コーンス卿と呼べ。次にふざけた口を聞くようなら斬る」


 面倒くさいアマだな、なんて思ったが、ここで殺しちまうとなんのために小細工したのかわからん。だから、従うことにした。


「わかったよ、コーンス卿。俺はレーダーだ。告発の話だな」


「その前に、告発を受ける代官はどうした?」


 もっともな疑問だ。だから俺もそれに対する回答を用意している。


「ここにいるぞ」


 すぐとなりに転がっている死体を指し示す。虫が湧いているし腐臭もするが、あのムカつく面は面影を残している。


「貴様、殺したのか」


「殺した。反逆者だからな」


「反逆者だと」


「ああ、この野郎が何を企んだか話してやろう」


 俺は笑みを浮かべながら部屋を歩き回り始めた。


「まず大前提として、代官とはなにか?


 騎士ならわかるよな」


 女騎士は馬鹿にするなとばかりに鼻を鳴らした。


「フン、公の財産の管理を代行する者のことだ。それがなんだというのだ」


「その公の財産の中に、荘園の住民は含まれるか?」


「もちろん、農奴は公の私有財産だとも。これは帝国明文法にも記載されていることだ」


「フフフ……そう、俺みたいなアウトローでも知ってる」


 我が意を得たり、だ。俺は思わず笑顔になった。


「それで、それを代官が勝手に売ったらどうなる?」


「まさか……?」


 騎士は驚きの言葉とともに視線を傍らの死体に向ける。


「どうなる?」


 回答を強いる。


「……主に任された職を濫用して利益を貪る者は死罪だ」


「そう、死罪だ。


 この野郎、俺を雇って公の荘園からこの娘を奪わせやがった。


 挙げ句、売ってこいと来たもんだ」


「それが真実であれば由々しき事態だ」


 取り澄ました面してんじゃねえよ、と思いながら俺は顎をしゃくって件の娘を示した。


「なら被害者本人に聞け。ヤツの犯罪をな」


 言いながら娘を睨みつける。いい含めたのと違う事を言ったらどうなるかを思い出させるように。


 もちろん、俺の威圧的眼光に射抜かれた娘は彼の意に反する供述をすることなどなく、代官の無法を訴えた。


 告発そのものは代官が本当に荘園から過大に収奪して農奴を飢えさせていたから実際に受けた仕打ちをさめざめと泣きながら述べれば事足りた。


「ううむ。彼女の言葉自体に疑わしいことはなさそうだな」


「そりゃそうだろう。事実なんだから」


 視線を女騎士に戻した俺だったが、彼女が次いで出した言葉に言葉を詰まらせてしまった。


「だがあくまで彼女の主観だ。実地調査が必要だろう」


「むむむ」


 村の連中には何も仕込んでいないので朝駆けも話されてしまうだろう。


 だが、ここで彼女を止めようとすれば告発も疑われてしまう。


 正直、どっちも困る。


 だが、彼女の目的は代官の不正の事実確認だし、娘に口裏を合わせるように強いておけば襲撃についてはごまかせる。


 万が一知られたとしても、代官の指示ということにしてしまえば奴の罪科が増えるだけだ。


 だから俺も腹をくくって答えた。


「好きにしろ。俺はカタがつくまでミャスラフで待っててやる」


「そうはいかん。代官を殺したのだから、貴様の告発が真実であると解るまでは身柄を拘束する」


「お断りだ。誰かに監視されるのは嫌いなんだ」


 言いながら俺は、背後の窓に飛び込んだ。


 まだ割れてなかったガラスを粉砕して、破片とともに落下した。着地すると同時に


「俺はミャスラフの冒険者ギルドに居るから、調査が終わったら来るんだな!」


 と言い放って屋敷から走り出した。


 で、そのまま帰ってきたってわけだ。

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