6.レーダー、館で暴れる

 どやどや部屋から出てきた兵士どもは、斃れた兵士と血まみれの剣を持った俺を見て大声を上げた。


「曲者だっ。出合え、出合え~~ッ!」


 ってな。だから俺は舌打ちしながら飛び込んで首を飛ばした。そのままその後ろの奴も右肩から左脇に向けて切り裂いた。


 流石に三列目は準備できてたみたいで、「うおおッ!」って気合を上げて斬りかかってきたんで、兵士の剣を側面に受け流して、無防備な背中にブスリと差し込んだ。


 鎧を着る暇もなかったのだろう。都合のいいことだ。


 死体から剣をもぎ取って、左右に一本ずつの長剣を握りしめ、ビュンと風を斬る。ビシャリと血が床に飛ぶが、俺は気にもしない。


「よし、悪くはねえな」


 剣の具合に納得がいったので、そのままズカズカと次の部屋に入る。


「うッ」


 鎧を着ようとしていた兵士が困惑の表情を浮かべる。


 なめし革の胸当てで体の前面は覆われていたが、紐を結びかけで両手が自由でない状態ならカカシも同然だ。だから俺はニタっと笑みを浮かべた。


「敵の目の前で鎧着付けるアホが居るかぁッ!」


 ズワ、と白刃が嵐のように室内を舞う。


「ぐわッ」


「ギャン」


「ギャッ」


 犠牲者の悲鳴の後、俺はバラバラになった死体を尻目に部屋を出ていった。


 廊下には鎧を着て槍を構えた兵士たちが並んでいた。クソ狭い中でだ。だから俺は鼻で笑った。


「フフン。たかが片手で数えられる程度の槍で抑えられるとでも思ってるのか」


 二本の剣を振りかぶって走り出す。


 反応できた兵士が俺の胸に向けて槍を突き出すが、穂先が届く直前に足元に滑り込んで兵士たちの脚を切り払った。


 倒れかけた兵士の頸を、起き上がりながら切りつけて殺害していく。


 死んだ兵士から槍をもぎ取って使おうとしたが、長すぎて天井に引っかかってしまった。


「チッ」


 舌打ちしながら石突きを先にして投げた。


 部屋から武器を持って出てきた兵士の一人にブチあたり昏倒させる。


 同僚が倒れて困惑しているところに飛び込んで切り伏せてしまう。


 またたく間に作り上げられた血の海の中に、灯に照らされた俺の影が浮かぶ。


「うぅ」


 返り血まみれの俺の姿にビビったんだろう、たじろいで後退した兵士たちを怒鳴りつけながら武装した男が現れた。


「ほう、親玉が直々に登場とは。逃げなかったか」


 俺はニヤリと笑い、代官を睨みつけた。


「バーゼット家の邸宅で好き放題暴れてくれるじゃないか」


「商品に手を出すしつけの悪い手下を使うせいだ。自業自得だから反省しろ」


 剣にまとわりついた血を振り払いながら答えたが、代官はそれを鼻で笑いやがった。


「ふん、その程度のことか。何の問題がある?」


「それで商品価値が下がると俺が借金背負うことになるんでな」


「ハハハ、なら貴様が働いて返せばいい話じゃないか。そんな程度で暴れられたならば壊した分だけ賠償してもらわねばならん」


「部下の不始末を俺に押し付けようってか?」


「別に貴様が金を揃えられなくても私は足りない分を集めるためにまた人手を募集すればいい。貴様の派遣主にも違約の賠償をしてもらう必要はあるが、いずれにせよ別に私に損はない」


 この言い草だよ。絶対に殺すと決めたね。


「許さんッ!」


 怒声とともに手を振り抜いて代官に向けて剣を投擲した。


 だが、それはヤツに届く前に切り払われた。


 代官自身によるものじゃない。


 その横に立った、青い服を来た細身の男だ。


「冒険者を名乗る不届きな暴漢め、このアルサード・フィレン・アレガス・ドーゼが成敗してくれる」


 細い刃をきらめかせながら、執事が俺を睨みつけてきた。


「フン、髪の白いジジイが何寝ぼけたこと言ってやがる。テメエの剣じゃ俺は斬れねえよ」


 当然俺も睨み返す。


 ついでに下から上まで舐めるように視線を走らせて隙をうかがった、それらしいものはまるでない。


 いつも感情的に見えるだろうが、俺は冷静に敵を見極める観察眼を持っているのだ。


 構えは右を前にした半身。細い剣は片手で扱いやすい程度の重さなのだろうが、刃がかなり薄くて打ち合うには頼りなく思えた。腰のあたりで握った柄から、切っ先をまっすぐに俺の目に向けていた。


 重心は前とも言わず、後ろとも言わず、なんとも半端だが、即座にどこへでも動けるようにしている。踏み込めば即座に退くだろうし、逆に間合いをとろうとすれば懐まで一気に飛び込んできかねない。


「チッ」


 こういう、いかにも技巧派です、みたいな奴と向き合うとつい舌打ちが出ちまう。


 楽に倒せそうなスキは見当たらない。


 下手に踏み込んだら刃に襲われる。


 さっきの俺と同じような構えしやがる。


 苦々しく思いながら、倒れた兵士の腰から剣を抜いて、切っ先を相手に向ける。


 同じ長さの剣を同様に構えた二人がジリジリと間合いを詰めていく。


 俺たち二人の構えは似てるが、まるで違う。


 俺は長剣を二本持っていて、前に出した剣への対処を強要して隙を作らせて後ろ側の剣でそれを突くのが基本の動きだが、執事の方は盾を持っており、反撃をこれで抑えながら構えた剣で押し切る形だ。


 ある程度の距離に縮まった瞬間、大きく踏み込んだ。 


 剣を突きこむが、それは構えられていた剣であっさりと弾かれてしまった。


 バランスを崩してしまったが、更に踏み込んで強引に立て直すともう片方の剣を太ももに向けて振り下ろす。


 が、そちらは盾に止められてしまう。


「大味だな」


 執事が俺の剣を評してそう言うが、それを無視して相手の背中の向こうを見た。


 代官が、居ない。


「フン、お前のボス、逃げてるぞ。クズはいつも逃げ足が早いな」


 相手を動揺させるために言ったのだが、執事はまるで意に介さずに攻撃をしてきた。


 ビュンと風を切って刃が走る。


 グッと身を反らして避けたが、回避のために態勢を崩した所に追い打ちをかけようと剣を引きやがった。


 素早い動きだ。スキがあまりに少ない。


 だが、無い訳じゃない。


 崩れたバランスのまま執事のスネに強引に蹴りを入れてひるませつつ、反動で床を転がって無理矢理に間合いを開いて飛び起きた。


「ハン、テメエの攻撃はバレバレだぜ」


 自信満々に言ってやったが、ハッタリだ。


 単に恐怖を感じただけだが、今まで恐怖心に従って致命的な失敗をしたことはない。だから俺には自信があるのだ。


 今、逃げてるのもそれだ。


 とはいえ、わずかに刃を交えたに過ぎない相手が相当な手練であることは確信が持てた。


 おそらく、僅かなスキを見せれば先程のように反撃をされるだろう。


 現に、相手は落ち着き払って構えを整えている。


 その余裕の態度が気に入らない。


「ナメやがって糞ったれが!」


 だが、俺にできることといえば相手が剣一本に対してこちらは二本持っているという手数の優位を背景にした息もつかせぬ連続攻撃くらいでしかなかった。


 しかしそれも華麗ともいえる剣さばきで左右に流される。


 それでも、攻撃を続ける。


 右。


 流される。


 左。


 逸らされる。


 体を回転させて相手の左側面から二連撃。


 間合いを取られて空振り。


 そこにすぐさま突き。


 これも身をずらして回避。


 強引な突きで崩れかけた態勢から跳躍しての蹴り。


「うっ」


 どうやら、この男には飛び蹴りという選択肢が無かったらしい。驚きに目を見開きながらのけぞって足をかわした。


 重い鎧をまとう騎士にとっては跳躍などという動きは不可能だが、一方で軽装の冒険者は足技のある武術を組み込んだ戦法をとる事が多い。とはいえ、俺みたいに飛び上がるほどの脚力を持つものはほとんどいない。


「なんと下品なッ!」


 後ずさりながら男は非難する。


 騎士の剣術としては飛び蹴りは外道の極みらしい。


「なにが品だよ。俺には関係ねえ。クソでも喰ってろ」


 さらなる追い打ちで切りつけながら吐き捨てる。


 ”冒険者を名乗る不届きな暴漢”にすぎない俺が騎士の”上品”な剣術に付き合う義理などまったくないのだ。


 予想外の攻撃に調子を崩した男は、襲いかかる刃を必死でしのいでいた。もはや反撃の機会をうかがう余裕すらない。


「オラオラどうした。ビビってんじゃねえぞ」


 勢いづいて攻め立てていたが、俺の方も決め手に欠いていた。


 いかんせん相手が堅実にすぎる。


 反撃の余裕こそ与えていないものの、とにかく当てられないのだ。一撃ごとの重さに自身はあるので、それを受けさせることでスタミナは大分と削れているはずだが、その分だけこっちも疲労している。


 正直、振るい続ける腕がダルく感じかけていたころ、視界のスミを何かが走った。


 透明な、窓の外。


 庭を、あの代官が走っていた。


 瞬間、俺は自分がニタリと笑みを浮かべたのを感じ取ってた。


「見つけたぞぉッ」


 執事を放り出して窓ガラスをぶち破ってズダンと庭に降り立つと剣を振り挙げて追いかけだした。


 今度は逃さねえ。


 残された執事は破れた窓から身を乗り出して外にいた兵たちに怒鳴りつける。


「その男を追え! 絶対に逃がすな!」




 外にいた兵士が慌てて俺の前に立ちふさがる。三人だ。


「殺さなくてもいい。とにかく足止めしろ。私もすぐに向かう!」


 言って、執事は引っ込んだ。


 賢明な判断だ。窓枠を乗り越えようとしたらそこに切りかかっていた。


 だが、足止めしろと言ってもたいして統制も取られずに突き出される槍なんてモンが俺の脅威になるハズもなく、勢いを落とさずに難なくそれらを避けて長い柄を掴むことで次の動きを防ぎながら間合いを詰めて、中央の男の喉に剣を突き立てた。


 痙攣する兵士が突き刺さったままの剣を振って身体を隣の兵士に飛ばすと、逃げる代官の背中を睨みつける。


 おもむろに兵士の槍を奪い取って、それを振りかぶった。


 緩やかな弧を描いたそれは代官の肩を貫く。


 十分な加速度を持った槍は人間を地面に縫い付けるに足る貫通力を発揮した。


 どっと倒れ込んだ代官の身体は、地面に深々と突き刺さった槍によって奇妙な角度で停止した。


 すぐにかけよって確認したんだが、すでにくたばっていた。


 槍が刺さった時から四肢が力なく脱力していたんで、多分即死だったんだと思う。 


 だが、この男の生死なぞどうでもいい。


 周囲には弓を構えた兵士たち。振り向けば館から先程の執事が出てこようとしていた。


 その視線は彼の主君、俺の隣で死んでいる代官に向けられていた。 


 死んだことに気づいていれば俺に敵意が向けられるはずだ。と、いうことはあいつはまだ主が死んだと確信していない。


「ふ」


 運が向いている。そう感じたら体が勝手に動いた。


「動くな。武器を捨てろ。手前らのご主人サマの頭が胴体とオサラバするのを見たいか?」


 切っ先で死体の頸をトントンと叩いて怒鳴りつけると、執事が動きを止めて悔しげに俺を睨みつけながら兵たちに命じた。


「武器を下ろせ」


「捨てろつったろうが。後ろに投げろ。それとも主を見捨てた不忠者の汚名でも被りたいのかね」


「ぐっ・・・・・・」


 脅すような指示に、執事が歯を食いしばりながら剣を後ろに投げ捨てた。


 気分がいい。


「よぉし、執事だったか、お前こっちこい。ゆっくりだぞ」


 一応の優位を確保したからといって、俺の頭脳が停止することはない。むしろ全力で稼働していた。


 現在優勢であるとはいえそれは代官が死んでいるのがバレるまでの話だ。


 だからそのアドヴァンテージのある間にもっとも脅威となる相手を排除する必要がある。


 そこで、執事に武器を捨てさせて近づかせた。


 間合い的には問題ない。


 殺せると思った瞬間、嗜虐的な衝動に抗えなくなった。


「洞察力が足りんな。もう死んでるんだよ、アホが」


 俺の言葉に執事が目をむく。その胸には投げつけられた剣が突き刺さっていた。


 ぐらり、と老人の体が倒れる。


 兵士の間に動揺が走るのが手に取るようにわかる。


 だが、剣を投げるという致命的なスキを晒しているのに何もしてこない兵士を気にするほどのものではない。


 ゆうゆうと代官を固定していた槍を切断して屋敷に引きずっていった。


 まだ殆どの兵士は主人が死んだことに気づいていないので、抱えられた代官を盾にされることを恐れて弓を引けないでいたようだった。


 さて、屋敷に逃げ込んだ俺は、更に頭を回転させた。


 ナメた野郎を殺してスッキリしたものの、ほとんど勢いに任せてやってしまったので殺害の場面を多くの兵士に見られてしまった。


 目撃者がいなくなれば犯罪は成立しないとはいえ、流石にあれだけの数を皆殺しにするのは無理だ。絶対に討ち漏らしが出る。


 だが、このまま放置してもいずれ告発されて罪に問われる。


 公の代官を殺したとなれば待っているのは確実に死刑だ。


 回避するには正当化するしかない。


 どうやって?


 考えながら死体を運んでいると、部屋の中から心配そうに様子をうかがう召使いの娘が見えた。


 娘。


 そうだ、娘だ!


 妙案が浮かんだ。


 今日、村からさらってきた娘。売りに行く行かないで揉めた挙げ句、殺しの原因になったあの娘だ。


「おい、お前。そこで隠れてるお前だ。俺が村から連れてきた娘をここに連れてこい。すぐにしろ」


「は、はいっ」


 俺の命令に、召使いは恐怖した様子で走り去っていった。


 その背中に大声を飛ばした。


「それと、俺と村に行った冒険者も連れてこい。忘れるなよ!」

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