5.レーダー、不逞の輩を殺す
ガタガタと座り心地の悪い荷台に揺られ、代官の館についたころには日も天頂を過ぎていた。
代官の前に女を引き出す。
まるで略奪品の開陳だ。
いや、相手が代官じゃなけりゃそのものだ。
「フン。で、これは売れるんだろうな?」
執事の野郎が尋ねてくるが、俺だっていくらになるかまではわからない。
「値段は人買いが決めることだが、売れないってことはねえだろ」
「ふむ、金になるなら文句はない」
代官の方は偉そうにだが頷いたので、そこでめでたく俺の仕事は終わり、のハズだった。
「よかろう。では、人買いのところまで彼女を連れて行け」
なんて執事が言うまでは。
ギョロリと睨んで凄んでみせる
「請けた仕事は連中からの取り立てのはずだが」
「そうだ。だから女を金に換えてこい」
「は?
取り立てのは相手から徴収して依頼主に持っていくのが仕事だろう。それはもうやったんだから終わりだ。ギャラ払えよ」
女を指さして言う。が、執事はとりあわない。
「我々に現金を納めるまでが仕事だ。彼女を換金しないとこの仕事は終わらない」
「なんだと?」
「依頼は金の徴収だ。さもなくば契約を破棄したと判断させてもらう」
「破棄したらどうなる?」
「前金を返してもらう。返せないなら我が家からの借金としてもいいが?」
返せないだろう、とでも言いたげな笑顔。
ここで俺は確信した。こいつらは俺をナメてるとな。
だから俺は決心した。こいつらは俺が殺すとな。
だが、今は駄目だ。武器がない。
精一杯の意地で、舌打ちしてから答えた。
「出かけるのは明日の朝だ。俺たちが寝るベッドを用意してもらおうか」
仕事を蹴って賠償金を背負わされるのは馬鹿らしいが、だからといって借金が嫌だというだけでギルドを抜けて身元の保証を捨てるのもアホらしい。
と、なると仕事をさっさと終わらせるのが一番マシなのだ。
「よかろう」
俺の要求を執事は意外にもあっさりと受け入れ、兵士に指示を出す。
「それから、娘は逃げないように閉じ込めて見張りを置いておけ。別に逃げないなら物置でもいいぞ」
追加の要求に兵士が頷いた。
「請けるのか、レーダー。ゴネると思ったけど」
広間を出た途端、冒険者が驚いた様子で尋ねてきたが俺は平然と答えてやった。
「ここでモメるのは間抜けのすることだ。賢い男はさっさと仕事片付けて帰る」
別棟の兵舎の一室に入った俺はベッドに身体を投げ出すと、案内してきた兵士の背中に怒鳴り声を浴びせた。
「明日は武器を返すように執事に伝えておけよ!」
広間に並べられた固いベッドに寝転がって、窓に付けられた鎧戸の隙間から差し込む微光の中で天井を眺めていて思った。
あの野郎のところの窓はガラスだったよな。それなのにこっちは鎧窓でロウソクすらない。
こんだけケチった挙げ句に俺への追加のギャラまで出し渋るんだからだんだんと腹が立ってきた。
そんなんだとちょっとぐらい約得があってもいいんじゃねえかって考えが湧いてきたんだよ。
と、なりゃやることは一つだ。
起き上がって部屋を出ていこうとしたら、同室で寝ていた間抜け冒険者が気づきやがった。
「どこ行くんだ?」
「ションベン」
当然だがこんな野郎にいい思いをさせるわけがないので雑にいなして扉をしめた。
流石に廊下は恐ろしく暗いが、夜の森を歩く冒険者である俺は天井の隙間から漏れる光を頼りに進むことができる。
途中で別れたので女が連れて行かれた部屋はわからないが、方向はわかるのでそちらに向かい、順番に中を確認する必要がある。
「面倒くさいな」
なんてぼやきながら手近なドアを開く。
わずかな明かりの中で幼い少女たちの寝顔が浮かび上がる。多分、女中だか下女だかの見習いか何かだろう。
「チッ」
ガキじゃだめだ。もうちょっといってればこっちでもよかったが、それでも何人も寝てやがるからバレて騒がれるのがオチだ。
おとなしくゆっくりと扉を閉じて次に行く。
と、離れた部屋から物音がした。
くぐもったうめき声と、ギッギッと木の床のきしむ音。
前者はとぎれとぎれがだが、後者はほとんど一定のリズムで続いている。
そしてかすかな湿った音。
当然、俺は音がどのあたりから出ているのかすぐに分かった。冒険者なら当然持っている技能だからな。
お前も持ってるよな、ケルム。
問題はこれがなんの音なのか、ってことだ。
お察しの通りさ。
ヤッてやがった。
このときは分からなかったが、嫌な予感はしたんだ。
もし先を越されていたらとてもじゃねえが許せるもんじゃねえから、俺は走った。
無論、足音は殺して。
音がする部屋の扉をすこし開けて覗き込むと、思ったとおり女が組み伏せられていた。
ナリからすると上に乗っているのは兵士だ。
白くて細い脚の間にむき出しの下半身を割り込ませて腰を振っている。
犯されているのは誰か?
目を凝らすと、暗がりの中で鮮やかな赤髪が乱れているのが見えた。
顔は見えない。
もう少しよく見えるようにと見を乗り出そうとしたところ、扉の影になって大事なものを見落としてしまっていた。男がもう一人いたようで、そいつと目が合ってしまったのだ。
油断していた。兵士ってのは大抵、複数人で行動するからな。だってのに兵士がいることが予見できる部屋の扉を不用意に開いてしまったのだ。
「何をしている?」
凄んできやがった兵士に俺は逆に凄んでみせた。
「そりゃこっちのセリフだ。あの女は商品だぞ。勝手に手ェ出しやがって。もし処女だったら商品価値が下がるんだぞ」
犯されている女を指しながら文句を言うと、女にのしかかっていた野郎が起き上がりながら半笑いで言った。
「処女だったぜ。いいシマりだった」
見ると、グッタリと脱力した彼女の股ぐらには男の残滓とともに、紅い処女の証がかすかに見えた。
トサカにきたね。
ギャラに関わる話だからな。
「なっ、テメ、この野郎!
これで金額が足りなくなったらどうするつもりだ!
手前が払うのか、コラ」
怒鳴り声を上げたんだが、兵士どもはせせら笑うだけだった。
「足りなきゃ冒険者に賠償させるんだから関係ないな」
流石にコレはお前もキレるだろ?
俺だってキレる。
好き勝手やった挙げ句にその結果をこっちに押し付けやがるのは我慢なんねえからな。
だから、無防備にブラブラ揺れる股間のモンを蹴り上げて、ギャッと声を上げてうずくまろうとした頭に反対側の脚の膝をぶつける。
続けてもうひとりの男に殴りかかり、防御のために腕を上げたところで腰の剣を引き抜いて奪う。
「貴様、何をする!」
「うるせえ。俺をナメた奴は殺すんだ。そういうことにしているッ!」
怒鳴り声に怒鳴り返して、倒れ込んでいる下半身裸の男の首に切っ先を差し込んだ。
ブシュッと血が吹き出し、ビクンと痙攣する。完全に突きこめばひときわ大きく震えて、それから脱力した。
「テメエもこうしてやる」
クルクルと剣を回して切っ先から血を飛ばしたら、相手の目に剣の先端を向けて構えた。
切っ先の位置を動かさないまま、手もとだけを上下させて挑発しながらニタリと笑う。
コレが結構怖いらしい。
「うう・・・・・・」
って、眼光に射すくめられた男はおののきながら後ずさり、背を向けて廊下に逃げようとした。
当然、背中を向けるなどというあからさまな隙を俺が見逃すはずもなく、大きく踏み込んで左右の肩甲骨の間に思い切り撃ち込んだ。
断末魔とともに廊下に転がり出る兵士のたてる音は流石に大きく、眠っていた者たちに異常の発生を知らせるには十分すぎた。
「ああ、くそ」
面倒なことになった。
斃れた背中から剣を引っこ抜いて、俺はうんざりと首を振った。
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