4.レーダー、村を襲い徴収を行う

「あいつら本当に何も持ってないぞ。農具か何かでも差し押さえるしか無さそうだな」


 代官のもとに戻って見立てを伝えたんだが、あの豚野郎はすげなく答えた。


「農具はワシが貸したものだ」


「うへぇ」


 舌を出すしか無い。それじゃ何も取れないじゃないか。そんな気分だったんだが、半分ふざけた態度が代官の癇に障ったらしく、


「貴様、連中に肩入れするつもりじゃないだろうな。取り立てられないなら、違約金を請求するからな」


 と、脅しをかけられてしまった。


 お前も知っての通り、こういう事されると俺はすっげえ腹が立つ。


 その場でブッ殺してやろうかと思ったんだが、武器は館に入る時に衛兵に取られちまってるんで、素手でやることになる。豚くらい殴り殺せなくはないだろが、時間がかかるしその間に衛兵を呼ばれるのが目に見えている。


 だからここは抑えることにした。


 後で殺す。


 そう決めて、策を提案した。


「若い娘が何人かいた。まあ、アレをミャスラフの娼館にでも売れば必要分をとってもおつりがくる」


 ぶっちゃけると、それ以外に売れそうなモンは見つけられなかった。


「良かろう。では人手は準備してやる。失敗したら貴様にはその分を代理で納めてもらう」


「わかった。村の奴らが起きているうちに行くと逃げられるから、寝てるうちに踏み込むぞ」


 で、代官の所領の宿で寝て、まだ陽は登ってないけど月は沈んでるくらいのときに起き出した。


 自分の用事なのに部屋も貸さねえわ、宿代も出さないわ、ケチくせえ野郎だよな。


 少し肌寒いくらいの気温だったんだが、庭の広場にはもう『人手』が集まってた。手回しは早いな。


 だが、待ってる連中を見て俺は失望したね。


 武装してはいるが、古ぼけた手入れの行き届いていない皮の鎧に赤いサビも見える槍。背負っている弓も弛んでいる。


 本人も体は頑丈そうだがあくびしていたり眠そうに目をこすっていたりと、大したことがなさそうだ。


 そこらのチンピラを集めてきたようで、これならカカシのほうが文句言わないだけマシかもしれんぞ、などと思いながら眺めていると執事が現れた。


「さて冒険者、貴様に人手を貸してやる。コイツ等を使ってしっかりと徴収してこい」


 与えられたのは三人。


 どっからどう見てもトーシロだ。せいぜいケンカくらいしかしたこと無い連中だろう。


 こっちを監視している兵士連中は割合まともなので、本当に連中の質の悪さが目立つ。


 俺は出かける前に男たちに尋ねた。


「冒険者か?」


 みな一様に頷く。


 まあ、この仕事を受けるときの話から予想はしていたことだ。


 子飼いよりも食い詰めた流れ者のほうが後腐れが無いってヤツだ。


 つまり相手の誠意の程度ってのはこんなもんだということである。俺としても相応の誠意で応じるつもりだ。


 だが、仕事は果たす。あの野郎に偉そうに賠償請求されるのは気に障るからだ。


「これが最初の仕事か?」


 あるものは頷くし、別の奴は2つ目だという。ま、どっちにしろ素人に毛の生えたようなモンだ。  


 ともかく、リーダーとしてこれから手下になる連中に自己紹介してやった。


「俺はミャスラフのレーダー」


 名乗っただけで素人どもに緊張が走ったのがわかった。


「レーダー?」「ミャスラフのって言ったらあの、人殺しの?」


 どうも悪い噂ばっかり先行しているらしい。一喝してやることにする。


「竜殺しのレーダーだ。これからテメエ等を連れて金の回収に行く」


 流石に仕事の内容はわかっていたようで、驚いた様子もなく頷いた。これで驚いていたら首を物理的に飛ばしていたところだ。


 で、気をとりなおしてツレの冒険者どもに武器以外の準備を命じる。


「重要なのは縄だ。ナンボかは現地調達できるだろうが、足りんと全部オジャンになるからな。余るくらいに持っていくんだ」


 奴らはワケがわからないといった表情であったし、縄の貸し出しを頼まれた兵士たちも困惑しきりであった。


 十分な数が集まると、それを冒険者に持たせて出発する。やっぱり前後に兵士が見張りにつく。


 さっぱり信用されてねえのだ。


 ゾロゾロ歩いてまだ暗いうちに村に到着すると、すぐに冒険者を連れて手近な家に踏み込んだ。


 見張りは代官の手のものなので、村に入る事自体はなんの抵抗もなかった。


 扉を蹴破り、何も知らずに寝ていた娘やその家族に声を上げる暇も与えずにフン縛った。勿論、猿ぐつわもかませる。


 で、落ち着いたところに初仕事の奴が


「言われたとおりに縛ったけど、どうしてなんだ?」


 なんてマヌケなことを訊いてきた。


「アホかお前。たった四人で全員とっ捕まえるつもりか」


「でもこれ盗賊のやることじゃないか?」


「農民が働いて得たモンを奪っていくんだぞ。やることは同じよ」


「えぇ……」


 多分、根が善良なんだろう。そいつは少し引いていた。だがチンピラみたいなこの連中にはお似合いの振る舞いだ。


 一部は納得した様子だったが、そのアホには騒いで他の家の奴らを起こさないように指示しながら、次の家に向かった。


 家によっては娘はいないが母親はいる家もあった。場合によって男しかいない家もあったが、とりあえず全員を縛って身動きできなくする。襲撃を触れ回られると困るからだ。


 で、一通りの家を襲うと、捕まえた連中を引きずって礼拝所に集めた。


 とりあえず、長老の口に噛ませていた縄を外すと、まあ出てくる出てくる。罵声。悪態。


「犬ですら一食の恩を忘れないというのに、賊を引き込むなどとは。畜生にも劣る外道め、恥を知れッ!」


「あのうっすいぬるま湯で恩もクソもあるか。それに金も払ったわ、ボケが」


「だが残念だったな。貴様が払った金以外に賊に奪えるものなどこの村にはないわ」


 負け惜しみのように言い放つ長老に、ちょっと憐れみも感じたが、それはほんとにちょびっとだ。小指の先ほどでもない。


 長老の雑言は更に続けられる。


 まあ、別にもう二度と訪れるつもりもない村の連中にいくら恨まれても構わないのだが、賊というのは心外だった。


 と、いうか憎悪をこっちに向けさせようという代官の目論見どおりにことが運ぶのが気に入らなかった。


 だから俺ははっきりと村人に自分の立場を知らせてやることにした。


「アホぬかせ。誰が賊だ。これを見ろ」


 言いながら、懐から木札を出す。ギルドから受け取った、依頼票だ。そこには小さい文字でダラダラと依頼文が書いてあり、最後には印が押してある。この村を統治する代官の文様だ。


「なっ、これは……」


 絶句する長老にレーダーは勝ち誇った告げた。


「そうだ。代官の印章だ。つまり、俺は代官に雇われた冒険者よ」


 自分の立場を示しながらフハハハハ、と笑う。


 圧倒的優位に立つという愉悦は相手が誰でも気分がいい。


 相手が心底ムカつくやつならもっと気分がいいのだが。


「さて、俺がお前らを集めた理由だが、カネだ」


「そんな!


 毎年、収穫の殆どを持っていかれて、去年には農具まで差し押さえられたのにこれ以上何を出せと言うんだ!」


「ンな事ぁ俺だって分かってる!


 だから俺は考えた」


 言いながら、村人たちの周囲を歩きはじめる。


「昨日のメシを見るにこの村は喰うものにも困るくらいにモノがない」


 皆がうなずく。


「で、なんで喰うモンにこまるかといえば、そりゃ喰うやつが居るからだ」


 だろ、と冒険者に同意を求めるが、やっぱり奴らはアホなので思うような反応はない。


 気を取り直して続ける。


「だったら喰うやつを減らせば一人あたりの食い扶持は増える。食い扶持が増えれば元気に働ける。元気に働ければ収穫も増える。いいことづくめだ」 


「何が、言いたいんだ」


 薄々察しているであろう長老は、恐る恐る尋ねた。


 いいね、この緊張感。たまんねえ。ゾクゾクするぜ。


 明らかに恐怖しているであろう相手を前に、俺は興奮を禁じ得ずにいた。


 そして、決定的な言葉を告げる。


「女を売ってもらう。年頃の娘ならそこそこの金額になるし、多少年増でも幾らかにはなる。


 代官に金は納められるし、多分それでもお釣りが来るから農具も買い戻せる。十分なメシも買えて女を買い戻す金を作るために働けるかもしれん。


 安心しろ。男手まではとらん」


 そこまで言って、ニンマリと笑う。


「悪くなかろ?」


「くたばれ、悪魔めッ!」


 完全に調子に乗って長老の眼前で笑っていたら、罵られて唾を吐きかけられた。


「テメエ、この野郎、甘い顔したら付け上がりやがって!」


 当然、こんな侮辱をされれば温厚な俺だっておとなしく引き下がるわけにもいかない。怒鳴りながら相手を蹴飛ばした。


 そのまま剣を抜いて喉元に突きつけて凄む。


「手前の首をそこの祭壇に飾って話をすすめてもいいんだぞ、俺は!」


 実際にそんなことをすれば代官から殺人罪に問われるに決まっているし、どう考えてもこじれるだけなので実際にはやらない。ただ、やりかねないと思わせるのが重要だ。


「ひ、ひぃぃぃ」


 情けない声を上げて長老が縮み上がる。


 威圧できたと考えて、改めて問うた。


「よーし、じゃ、気を取り直して聞こう。女どもを売る。さもなくばお前たちの食料を今日の分も明日の分も全部かっさらう。明日から飢えて死ぬか、家族がしばらく離れて暮らすか、どっちがいいかよく考えて答えろよ?」


 実際にはしばらく、ではなく永久に、だろうが、親の顔だって見たこと無い俺にとってみれば他人の家族がどうなろうと知ったことじゃない。


「どっちだ?」


 決断を迫られた長老は恨みと怨嗟と怒りと悲しみと、いろいろな感情のないまぜになった苦悶の表情を浮かべて答えた。


「娘たちを、連れてけ……」


 それを聞いた村人たちが身を震わせる。だが、もう一つの選択肢は全員の餓死だ。事実上は一択なのだ。文句を言うことはできない。


「ようし。言ったな。手前ら、女だけこっちに連れてこい。バカ、ババアはいらねえよ。売れるわけ無いだろ、そんなシワくちゃ」


「え、俺買うけど……」


 意外そうな表情で老婆を連れ出そうとした冒険者が答えた。


「ババアもまんざらそうな顔すんじゃねえ!」


 切っ先を向けて怒鳴りつける。


 こんなバカな冒険者たちを働かせて、若いのは十歳あたりから三十路過ぎくらいまでの女が並べられた。


 で、それを見回したんだが、ため息をつくしか無い有様だった。


 貧乏くさいド田舎だから仕方ないのだが、どいつもこいつも垢抜けない、イモのほうがマシみたいな面ばかりである。これでは二束三文でも売れないだろう。


 その中で唯一の救いは、一人だけマトモな値段のつきそうな娘がいたことであった。


 長い赤髪の娘であった。


 何の因果か、村に入るときに声をかけた、あの娘だ。顔は好みだし、胸も大きい。店で見つければ絶対に買うだろう。だが、この逸材を他人に抱かせるのは惜しいような気がしてきた。とはいえ、プロの手管を身に着けさせた彼女に奉仕させるというのも悪くない。


「ううむ」


 悩み、唸る俺の顔を娘はキッと睨みつけていた。そんな様子を見て、冒険者が言う。


「なにか言いたそうですぜ、あの女」


「どうせ恨み言か罵倒だ。そのままにしとけ」


 よくよく考えると、彼女を連れて行かないにしても恨まれるのは確かなのだ。それに、商売女でない彼女と致そうとすれば確実に強姦することになるだろう。


 強姦というのは相手が激しく抵抗するか諦めて死体みたいになるかのどちらかなので、確実に楽しくない。気持ちよくないといえば嘘になるが、プロに奉仕させるほどではないし、やっぱり楽しくはないのだ。


「あとはダメだな。男を奴隷に売ったほうがマシだ」


 と、いうわけで俺たちは彼女一人を連れて村を出た。


 出る前に村人のいましめを解いたのだが、口々に罵声が飛び出した。中には暴れそうなやつもいたが、剣をちらつかせて黙らせた。


 村の前に出ると、ロバに牽かれた荷車から兵士が降りてきた。


「ご苦労、冒険者。……これ一人だけか?」


 訝しむ兵士に、俺は憎しみを込めて答えた。


「悪いか。これでもお釣りが来るくらいにはなるぞ」


「だろうな。なかなかの上玉だ。あとは我々が引き継ごう」


 言いながら娘の胸に手を伸ばそうとした兵士の顔面に拳を叩き込んでやって。殴られた兵士は鼻血を流しながら目を白黒させているが、俺にしてみりゃ当たり前のことだ。


「ふざけるな。取り立てて依頼人のところまで持っていくのが仕事だ。商品に手を出すんじゃない。価値が落ちるだろうが」


 正論なんだから相手は文句を言えない。ひるんだ所についでに要求する。


「丁度いいからこの車に乗せてけ」

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