Ep2.レーダー、悪代官を殺す(全8話)

1.レーダー、恐れて逃走する

「レーダーは居るか!」


 ミャスラフの街の冒険者ギルドに凛々しい女の声が響いた。


 併設された酒場にたむろしていた冒険者たちの目が、入り口に立つ彼女に注がれる。


 後ろにまとめられた金色の髪はなめらかで、ほっそりとした顔の中に鋭さを持った青い目が輝いている。


 服装はマントで包まれていてわからないが、そのマントの柄は白地に青い長方形が敷き詰められたもので、それはミャスラフの領主であるバーロア公の紋章であった。


 つまり彼女は公爵に仕えているということだ。


 呼び出されたレーダーは、冒険者たちの間でも名のしれた男である。いつも腰の左右に剣を吊るした人間の冒険者だ。


 その実力は折り紙付きで冒険者ギルドの上位者を挙げれば必ず出てくるほどであったが、強引で強欲、傲慢かつ無神経な性格ゆえにこのギルドで品性下劣な者の上位三人の一角にも必ず挙げられていた。


 最近はドラゴン殺しで有名になったのだが、有名になって報奨金を受け取ったことが知れ渡ったせいで過去の借金の取り立てに押しかけられて素寒貧にもどってしまっていた。


 とはいえ、その性格のせいで実力を鼻にかけて仕事を選り好みするので暇を持て余しており、いつも仕事を請けずに酒場の隅で酒をかっくらっているのだが、


「今日は見てないぜ」


 赤い肌の小人が答えた。正確にはゴブリンだ。彼は彼で数人の仲間と一緒に酒を飲んでいる。


「そうか。邪魔したな」


 そう言って、女はマントを翻して出ていった。


 ちらりと見えた盾には紋章があった。どうやら彼女自身も騎士らしい。


「何をやらかしたんだ、あの野郎」


 などと話しながら飲んでいると、しばらくして何食わぬ顔で件の男が酒場に入ってきた。


「おうレーダー、しばらく見なかったが何してたんだ?」


「ワリにあわねえ仕事をしてきた。おう、酒だ。酒もってこい」


 ウェイトレスに注文しながら、そんな事を言う。


「で、お前は何してたんだよ。ケルム」


 ケルムと呼ばれたゴブリンは炒り豆をかじりながら答える。


「異界門を潰しに行ってきたよ。ま、閉じるのは別のやつにやられちゃったからギャラは少ないけど」


「バカだな。あんなモン絶対にワリにあわないんだから別の仕事にしとけよ」


 言って、レーダーは酒をあおる。


「しかしなんで異界門ごときに群がるかね」


「異界門潰しは冒険者の基本だぜ。ほっといたら魔族が出てくるし。それに、よっぽどのことが無い限りは安全だ。現に今回もなんともなかった」


「だからワリにあわねえんだよ。ちょっとしか行かねえならともかく、大勢行くから一人頭が安い」


 安全だとは言っても、労力に比べて実入りがわるいので、レーダーにしてみるとよっぽど金が無い時でないと行きたくないらしい。


「そういえば、なんか騎士サマがお前のこと探してたけど、何か覚えあるか?」


 思い出したようにさっきの話を振ってみると、妙に強張った顔をして聞き返してきた。


「女か?」


「女だった」


 そう返すとレーダーは腑に落ちたような表情をした。


「あいつか」


「騎士に探されるなんて、なにやらかしたんだ?」


「ちょっとはゆっくりできると思ったのに、あっちのほうが早いとはな。


 で、どういう剣幕だった?」


「さあ?


 誰かの命令で来ていたみたいだが」


「クソ。あんまり良い感じじゃなさそうだな」


 言いながらレーダーは酒を待たずに席を立った。


 そのまま早足で店を出ていく。店員に硬貨を渡す。結構な額だ。


「釣りはいらねえ」


「珍しいな、おい」


 あからさまに様子がおかしいので、ケルムは彼を追いかけることにした。


「急いでるんだ」


「何で」


「街を出る」


「どうして」


「ついてくるなら道すがら聞かせてやる」


 言いながらも彼は後ろを歩くゴブリンには目もくれず脚を進める。


「へえ」


 ケルムはなんとも言えない返事をした。


 レーダーの話は聞くが、正直に言うと話半分にしか聞くつもりはない。


 こいつは気に入らないことのあった村一つ燃やして「当然の権利だ」とかうそぶくような奴だからだ。

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