レーダーという男 人間のクズは如何にして英雄と呼ばれるようになったか

七条 泰啓

Ep1.レーダー、初めてドラゴンを殺す(全1話)

レーダー、初めてドラゴンを殺す

 山羊が死んでいる。


 正確には頭だけが落ちていて、屍肉喰らいの鳥が肉をつついているのだが、まあ端的に死んでいると言っていいだろう。少なくとも死んでからそう時間が経っているようには見えない。


「どう思うよ?」


 レーダーは一緒にいたゴブリンに尋ねた。


「今夜は焼き鳥だな」


 言いながら赤い肌のゴブリンは矢を放った。


 鳥の目玉に吸い込まれるように飛んだそれはきれいに突き刺さった。


 斃れた鳥はレーダーたちが回収するよりも早く他の鳥の嘴に襲われた。


「ふざけんな!


 それは俺の飯だぞ!」


 甲高い声を上げながらゴブリンが駆け出す。


 鳥たちは追い散らされるが、残された死骸は殆ど骨だけになっていた。


「ナメやがって畜生!」


 叫びながら手当たり次第に鳥を撃ちまくる。


 まるで雨のように鳥の死骸が落ちてくるので、いい加減鬱陶しくなったレーダーが声を上げる。


「ケルム、もうよせって。四羽も拾ったから宿代にもなるだろ」


 言いながらレーダーは拾った鳥の首を切って逆さに吊り下げた。地面に血の池が出来上がる。


「フー」ケルムと呼ばれたゴブリンは満足気に汗を拭った。「スッキリした」


「しかし、なんだろうなこの死体。羊の頭やら足やらがあっちこっちに散らばってる」


 見渡すと、たしかに死体の一部があちこちに点在している。まとめると一匹分よりも多いから何匹も殺されたんだろう。


「人の仕業じゃねえよな」


 肉を殆ど食い尽くされた頭を蹴飛ばしてケルムが分析する。


「人間なら部位をまるまるほったらかしにすることはないだろうし、肋骨が全然ないのも変だ」


「こんな食い方するのはドラゴンくらいか」


 レーダーの推測に、ケルムはブルルと身震いした。


「やめろよ。噂したら出てくるかもしれないだろ」


「そんときゃその時よ」


 あっけらかんとレーダーがいうが、ケルムの方は真面目である。


「ドラゴンなんか軍隊が出張るんだから、俺たちごときじゃ手も足も出るわけ無いだろ」


「なら逃げろよ」


 言いながらレーダーは歩きだした。次の宿場に向かって。


 もう日が暮れかかっている。


「行くぞ。野宿は御免だ」




「部屋はないよ」


 日が暮れてから宿についたレーダーとケルムは宿屋の亭主にそう言われてしまった。


「は? 殺すぞ」


「やめろよレーダー。俺たちが出遅れたのが悪いんだから。なあ、物置でも良いから雨風をしのげる場所を貸してくれ」


 口をついて飛び出すレーダーの脅迫を抑えて、ケルムが交渉する。ゴブリンのほうがまともな感性を持っていることに驚きながら、亭主が応じた。


「本当に倉庫でいいなら……」


 そんなわけで二人は倉庫に案内されたのだが、レーダーはうんざりしながら呟いた。


「倉庫とは言ったがまさか穴倉だとはな」


「それもこれもお前が馬に乗れないせいだからな」


 積まれているワラ束の上に身を投げだしたケルムがぼやく。


 穴倉はそこそこの深さの主坑道に、いくつかの横穴が掘られた構造になっている。手前の方はよく使うのだろう農具が置かれており、レーダーたちの借りた部屋はケルムが飛び乗ったようにワラが積まれていた。奥の方にも横穴があるが、使われていないらしくクモの巣だらけでランタンもなかった。


 ベッドがなくて寝心地は悪いが野宿よりはマシである。


「仕方ねえだろ。やたらと動物に嫌われるんだから」


「流石に馬どころかニワトリのヒナに威嚇されたのは笑ったな」


「馬小屋しか空いてなかったら他の客が死んでたところだ」


 鼻を鳴らしながらレーダーがいうと、ケルムは眉間にシワを寄せた。


「しれっと誰か殺そうとするのはよせよ」


「じゃあお前は暴れる馬の隣で寝られるのか?」


「無理だな」


「だろ?」


 レーダーは何故か得意げな表情を浮かべた。こっちはこっちで地面にワラを敷いて寝る準備をしている。


 熟練の冒険者である彼らは腰を下ろせさえすればどこででも寝られるのだが、当然のことながら寝心地は悪いよりは良いほうが好ましい。


「じゃあおやすみ」


 言って、ランタンを吹き消そうとしたその時だった。


 先に違和感を察知したのはレーダー。背筋にゾワワと、怖気が走った。


 だが、明確に気づいたのはケルムだった。


「声が聞こえる」


「俺は何も聞こえないぞ」


「動物の声だ。すごく怖がっている」


「俺はここにいるぞ」


「別にお前じゃなくても怖がることだってあるだろ」


「例えばドラゴンとか?」


「だからやめろってば。ほんとに出てくるかもしれないだろ」


 そんなことを言っていると、誰かが叫ぶ声が聞こえた。


「ど、ドラゴンが出たぞーッ!」


 二人は顔を見合わせた。




「うわ、でけえな」


 高台の木の陰から顔をのぞかせたレーダーがつぶやいた。


 視線の先にはドラゴンがいる。


「羊食ってるぞ」


 ケルムも同じように草むらから見ている。


 柵に囲まれて逃げ出せない羊たちが鳴き声を上げながらドラゴンに捕食されていく。一口で全体を口内に含めないらしく、バリバリと音を立ててはみ出した頭や足が落ちていく。


 仲間が食べられている間に、羊たちはドラゴンの脇を抜けて柵の反対側に逃げ出した。


 羊たちがあげる声は、助けを求めるような物悲しい響きを持っていた。


「ぐろろろろ」


 ドラゴンが唸りながら次の獲物に向かっていく。


 その背中が、爆発した。


「あ?」


 見回すと、少し離れたところに杖を構えた魔術師がいた。


 その前方では剣を抜いた戦士がドラゴンに向けて走っている。


「無謀だ」


 ケルムが抱いた感想の通り、冒険者たちの行動は無謀だった。


 ゆっくりと振り向いたドラゴンが口を開く。胸が膨らむ。息を吸っているのだ。


 少しためて、吐息が彼らを襲う。それは灼熱の炎となり、ドラゴンの赤黒い鱗を照らした。


 冒険者もろとも、羊たちも炎につつむ。もしかすると逆かもしれない。


 全身を猛火にあぶられる苦痛から絞り出される悲鳴はすぐに消えた。息絶えたのだろう。


「強いな」


 気づいたときにはレーダーは木の陰から完全に身を乗り出していた。


「おい、戻れ。目をつけられるぞ」


 ケルムが焦ってレーダーを引き戻した。


 その腕は震えていた。


 圧倒的な暴力を前にして、今にも叫び出しそうな恐怖心を抑え込んだ震えだった。


「ビビってるのか、レーダー」


 ドラゴンに釘付けになっていたレーダーの瞳が、ぎょろりとケルムに向いた。


「ああ怖い」


 えらくあっさりと認めたな、ケルムはそう思った。


「怖くて今にも叫びながらあいつに切りかかりそうだ」


「なんでだよ」


 普通、逃げるだろう。そう言ったケルムに、レーダーはこう答えた。


「恐怖ってのはな、逃げたって別の形で追いかけてくるんだ。本当に恐怖から開放されるにはその根源を潰さねえとなんねえ」


 そして、彼は再びドラゴンに顔を向けた。


「だからヤツを殺さなきゃなんねえ。じゃねえと俺は安心して眠れねえ。アレくらい殺せるという安心が必要なんだ」


「やっぱりお前、イカレてるよ」


 ケルムはレーダーの発言に頭がクラクラするのを感じた。なんとなく言いたいことはわかるが、解決方法がメチャクチャだ。


「無理だ。やめとけ。死ぬだけだ。逃げよう」


「いや、あの穴倉を襲わない理由がない。地上にいる今殺さないと、剣が届かなくなる」


「襲う理由だってないだろ。クソ、俺は知らねえからな。勝手にくたばりやがれ」


 剣を抜いて飛び出したレーダーの背中にそう吐き捨てると、ケルムは巻き添えを食わないように静かに下がろうとした。


 が、立ち止まったレーダーを見てこちらも動きを止めた。


 ドラゴンが見ているのである。


 剣を抜いたレーダーを。


 二人の視線ははっきりと交わっていた。


 にらみ合うこと数瞬。


 永遠にも感じられた時間はあっけなく終わりを告げた。


 ドラゴンは小さな人間には興味がないとばかりに、焼け死んだ羊を貪る行為に戻っていったのだ。


「なっ……」


「フゥー、命拾いしたな。ビビって立ち止まったからわかっただろ。お前じゃ絶対に勝てない。だから帰ろう。朝になったら居なくなってるだろ」


 言って、レーダーの肩を叩いた。


 その肩は震えていた。


 だが、震え方は先程とは違っていた。


「あの野郎、ナメやがって」


「よせレーダー。一時の怒りで身を滅ぼすのか」


「駄目だ。ヤツは俺を無視しやがった。脅威と思わなかったんだぞ!」


「それが何だ。脅威と思われたら今、会話できてないぞ」


「今逃げてもヤツは俺たちをなんとも思わず踏みにじるだろう。それが我慢なんねえ。だからそうなる前に殺すんだ。恐怖をやつに刻みつけるんだ。俺のほうが強いと。そして安心して眠る」


「無視されたのにどうやって戦うんだよ」


「こうやってだ」


 そう言うと同時にレーダーは走り出した。そして振りかぶった剣を投擲した。ドラゴンの顔に向けて。


「んなッ!?」


 驚愕のあまりケルムは顎が外れるかと思った。


 あまりにも正気からかけ離れたふるまいだ。


 飛んでいった剣は回転し、ドラゴンの眼に突き刺さった。


「ギィイィィャァァァァァァッ!」


 ドラゴンが大声をあげた。


 おそらくその場に居たほとんどの者が初めて耳にする声だ。


 悲鳴。


 強大な生物の、苦痛に耐えかねる訴え。


 大きすぎる前肢で顔面を撫でるが、剣はへし折れただけで残った刃はかえって深く刺さっていく。


 ドラゴンの再生能力は非常に高い。


 人間の大軍がバリスタを用いて翼を破っても半日もすれば元通りになるし、体を杭が貫通しても抜いてしまえば数日で完治する。そんな尋常ならざる治癒能力だが、今回はそれが仇になった。


 剣が深く刺さったあと、眼球の再生が始まった。穿たれた角膜は周囲から孔が再生していき狭まっていく。


 一方、奥に突き刺さった異物を排出しようとする作用も働いた。


 これによって狭くなった傷口から破片が出ようとする。すでに破片のほうが大きく、そしてへし折れた断面には切断能力が無いせいで出ていくのに大きな抵抗を受けた。


 これがドラゴンに絶え間ない激痛をもたらした。


「グアァァァ……アアアッッッ!」


 悶え、暴れる。


 長い尾が跳ね回り、地面を叩く。羽撃いて飛び上がり、地面に降りて爪で土を掘り返すが、それらは別に何も痛みを和らげる効果を持たない。


 苦しむドラゴンを前にしてレーダーは高笑いした。


「フハハハハッ!


 ざまあみやがれ。やったのは俺だ。レーダーだ!


 覚えとけ!」


 もう一本の剣を振り回して自らの存在を誇示する。


 前言の通りレーダーは自分の痕跡をドラゴンに刻みつけるつもりのようだ。


 だが、もちろんそれは飢えた野犬の前で生肉を取り出すような愚行である。


 怪我をしたドラゴンの前に姿を見せれば当然のように八つ当たりの対象になる。ドラゴンにとって眼の前にいるレーダーが自身を傷つけた張本人であるかどうかなどどうでも良いし、ドラゴンがレーダーの言葉を理解できたかどうかなども問題ではない。眼の前に動くものがあればとりあえずそれを破壊して自らを苛む痛みを一時でも忘れようとするのだ。


「ぐわぁぁぁぁ」


 ドラゴンが雄叫びを上げながら突進する。


 眼の前に立つ人間を押しつぶすために。


「うわぁぁッ」


 レーダーに巻き添えにされた形になったケルムは大慌てで逃げ出した。


 どこへ逃げるか?


 ドラゴンから身を守れる場所へ。


 それはどこだ?


 宿にした洞窟だ。


 村に他に逃げ込めそうな場所は見当たらなかった。木造の小屋ではあの質量の体当たりや火炎放射を受けるとあっさり崩壊するに決っているから選択肢には入らなかった。


「フハハハハ!


 どうだ、あいつ俺を敵と認めたぞ!」


 レーダーが勝ち誇りながら並走する。


 その馬鹿みたいに脳天気な態度に腹がたったケルムが怒鳴りかえす。


「テメーのせいで俺まで襲われてるじゃねえか!


 責任もってアレ殺せよな!」


 それにレーダーは自信満々に胸を張った。


「任せろ、ヤツに俺という男を刻みつけてやる!」


「殺すことを約束しろ!」


 必死なケルムの言葉を無視してレーダーはドラゴンを挑発し続ける。


 時々振り向いて石を投げつけたり、剣に月光を反射させてドラゴンの顔を照らしたりだ。


「もう挑発するなよ!


 そのうち飽きてどっか行ってくれるかもしれないだろ!」


「馬鹿野郎、どっか行かれたら殺せねえだろうが」


 妙なところで冷静であることにケルムは少し感心した。やろうとしていることは明らかに頭がおかしいが。


「よし、もう少しだ」


「ホラホラこっちだついてこい!」


 剣を振り回しながら怒鳴るレーダーに声をかけるが、レーダーはそれには返事をせず、ケルムの襟首を掴んで地面に飛び込んだ。


 背中を焦がす熱を感じる。


「なッ」


 ケルむはレーダーに文句を言おうとして口をつぐんだ。


 自分はドラゴンが炎を吐こうとしていたことに気づいていなかったのだ。もしあのまま走っていたら今頃はさっきの冒険者のように消し炭になっていた。


 彼は背中に、激しい炎を背にしているにもかかわらず、寒気を感じた。


「助かったよ、レーダー」


「よし。穴に入るぞ」


 落ち着いたレーダーの言葉に、ケルムは疑問を感じたが、黙って洞窟に隠れた。




「で、ドラゴンを殺すのになんで隠れたんだ?」


 安全地帯にたどり着いたという安心感から、ケルムはレーダーを煽るようなことを尋ねた。


「あン畜生、俺たちが避けたのに気づかないでまだ炎を吐いてやがる」


 見ると、洞窟の外はドラゴンの炎が燃え盛っていた。


「剣が刺さった方の眼の側に逃げたから俺たちが避けたのが見えなかったんだ」


「それで?」


 ケルムが続けるように言うと、レーダーがニタリと笑って言った。


「ドラゴンはすぐ傷が治るって言うが、眼みたいなところは治らねえってことだ」


 実際には傷が治っているためにドラゴンは苦しでいるのだが、レーダーはそのことを知りえない。


 それゆえに彼は自信満々に作戦を開帳する。


「多分、皮膚じゃないところがダメなんだ。だから、今度は直接内蔵を狙う」


「どうやって?」


「口ン中から脳髄を直接狙うのだ。内側ならウロコもねえからな」


「頭おかしいのかお前!」


 レーダーのとんでもない作戦に、ケルムはつばを飛ばして反対した。


「口の中に飛び込んでも食われるだけだ。お前、死にたいのか?」


「バカめ。冒険せねば栄誉は得られんのだ。俺はやるぞ。必ずやるぞ」


 だがレーダーはケルムの反対を蹴飛ばして、


「ま、部屋に隠れて見てろ」


 と言って洞窟の入り口に向かった。


 ケルムはレーダーが何をしようとしているの訝しみながら、枝道になった穴に隠れた。


 洞窟から顔を出したレーダーは、大声でドラゴンに怒鳴る。


「いつまでやってんだ間抜け!


 俺はここにいるぞ!」


 レーダーの罵声に、ドラゴンが反応した。


 吐いていた炎を止め、彼をにらみつける。


 鋭い眼光に射抜かれたレーダーはニタリと笑って剣を閃かせた。刃が月光を反射してキラリと光る。


「もう一本投げつけて見えてる方の目も潰してやろうか!」


 言って、剣を投げる真似をしてドラゴンを挑発する。


 もちろん、実際に投げるつもりはない。そんなことをするとドラゴンを殺すための武器が手元から無くなってしまうからだ。


「ぐわぉぉぉっ!」


 ドラゴンが雄叫びを上げて飛びかかった。いつでも引っ込めるように体勢を整えていたレーダーはすぐさま洞窟の中に飛び込み、奥まで転がっていった。


 地響きとともに洞窟が震える。壁際に立てていた蝋燭台が倒れかけたのを、ケルムが慌てて支える。


 岩肌にドラゴンがぶつかったのだ。


「おぉぉおぉぉッッッ!」


 唸るような声を上げながら、ドラゴンが前肢で洞窟をかき回す。


 鋭い爪が岩を削り、こぼれ落ちた小石がカランカランと音をたてる。


「いいぞいいぞ!」


 レーダーがやんやと歓声を上げる。


 だが、彼の狙いはまだ果たされていない。


「オラ、テメエの手じゃここまで届かねえぞ、この短小ォッ!」


 怒鳴り声を上げて更に煽るレーダーに対してケルムは壁の影に隠れていた。


「おいケルム、射て。射ってヤツをもっと怒らせろ」


「怒らせてどうするんだよ」


「知れたことよ」


 レーダーが笑う。


「シビレ切らして炎をここに吐こうとしてきた時がヤツの最期だ」


 炎を吐かすのか……。ケルムはレーダーの策に正直引いた。もしマジで炎を吹き込まれたら確実に蒸し焼きにされるからだ。


「わかってるだろうな。絶対に殺せよ!」


「任せろ」


「くそ、ドラゴンなんて今まで射ったことないから効かなくても文句言うなよ」


 鱗を貫通させるために弓を引き絞ってできるだけ威力を上げる。


「頼むぜ、効いてくれ……ッ!」


 祈りを込めて、矢を放つ。


 指の股に屋が深々と突き刺さる。


 瞬間、歓声があがる。どちらのものかはわからないし、どっちでもいい。二人共喜んでいた。


 ドラゴンの方は突然の反撃に驚いたのか、さっと手を引いた。洞窟の外で唸りを上げている。


 あとには抜け落ちた矢が残されていた。ケルムは、ドラゴンの再生能力に身を震わせた。


「火ィ吐いてこいやコラーッ!」


 レーダーが火炎を熱望していると、ドラゴンの口が覗いた。


「来たァーーッ!!!」


 レーダーが喊声をあげながら駆け出した。


 ドラゴンの喉の奥に赤みが差す。もうすぐ炎が出るのだろう。


 レーダーは歩みを早めた。


 勢いを一切止めること無く突き進む。


 三歩、二歩、一歩、踏み切る。


 そのまま頭からドラゴンの口内に飛び込む。


 熱を帯びた粘膜に全身を包まれる。


 光を絶たれて何も見えない。


 だが、頭のほうが奥だ。奥にはドラゴンの首の骨がある。


 こいつを断ち切ってやれば殺せる。


 首の骨を斬られて死なない生き物は居ない。ドラゴンだって生き物だ。必ず死ぬ。


 そう確信して、レーダーは剣を喉奥に突きこんだ。


 ガリリと骨に当たる音を立てながらも、剣は根本まで突き刺さる。


 そのまま左右に動かし、頚椎の切断を狙う。


 見えていないレーダーには仕方のないことではあるが、彼が突いたのはドラゴンの脳の下部であった。


 そして脳は、ドラゴンの魔法を司る神経の中枢である。


 ドラゴンの回復能力は常時発動させている魔法によるものが大きい。それが阻害されると回復は著しく遅くなる。さらに、剣先で脳をかき混ぜられれば、いかに強い生命力を持つドラゴンでもひとたまりもない。


 苦しむヒマもなく、ドラゴンは絶命した。


「やった?


 やったのか?」


 力なく息を吐いて脱力し、頭を地面に落としたドラゴンを、ケルムは依然として警戒した眼で見つめていた。


 死んだドラゴンを見たことがないせいでアレがいつ動き出すのかわからず、近づくこともできない。


 しばらく弓を引いたまま見つめていると、口をこじ開けてレーダーが這い出てきた。


 全身がドラゴンの唾液と血にまみれてデロデロになっている。


 そう、血だ。


 つまりレーダーが傷つけたのだ。ドラゴンを。そして、それは動かなくなり、レーダーは生還した。


 そこでやっとケルムは確信できた。


「やったのか。おい、やりやがったな、レーダーッ!」


 歓喜の声をあげるケルムとは正反対に、這い出てきて顔のぬめりを拭いたレーダーは憎々しげにドラゴンの下顎を蹴って怒鳴る。


「くそったれがぁッ」


 その後もよくわからない罵声をあげながら剣をドラゴンに叩きつける。


「おい、おい。どうしたんだよ」


「この野郎、たいして苦しまずにくたばりやがった」


 剣の刺さっていない方の眼をえぐり出しながら悔しげに答える。


「こいつに俺の恐怖を刻みつけないといけなかったんだ。なのに恐怖を感じるまでもなくよぉッ!」


 嘆くように天井を見上げ、泣き出した。起こっているのか悔しいのかなんだかわからないが、完全に錯乱しているのはケルムにもわかった。だかだからといって彼にレーダーをなだめることはできない。


「意味もなく死体を傷つけるのはよせよ」


「うるせえ。死んでからでもこいつに俺を刻み込まねえと我慢ならねえんだ」


 言いながら今度はウロコをベリベリと剥がし始める。


「やっぱお前、イカレてるよ」


「うるせえ。殺したのは俺だ。狩った獲物をどうしようと俺の勝手だ」


 普通の狩猟ならそうだが、ドラゴンだとどうなんだろう、とケルムは思ったが別にレーダーに言ったところで解決しないので口には出さなかった。


「でもこんなでかいのは持って帰れないぞ」


「村の奴らに商人を呼ばせりゃいいだろ。奴らに売りつける」


「そうか」


「ま、記念に逆鱗だけ貰っとこう」


 言ってレーダーは顎の下に一枚だけ他のとは逆向きに生えているウロコを剥ぎ取って懐に収めた。そして死体損壊に戻る。


「俺は誰か人を呼んでくるから。バラバラにはすんなよ。価値が無くったら困るだろ」


 言って、ケルムは洞窟を出ていった。


 東の空が赤らんでいた。

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