2.レーダー、女を買うも金が足りずに仕事を請ける

 レーダーは話し始めた。


「こないだ、酒場で飯食ってたんだ。豆のスープな。


 で、かってえのがあったんだよ。だからそれしゃぶってたんだけど、まあムラムラするよな?


 ・・・・・・なんだよそのツラは。


 ムラムラするのが理解らないだ?


 女のを舐めてる気分になるんだよ。


 へぇ、って気の抜けた返事しやがって。全然理解ってねえだろ。


 まあ、所詮は人間とゴブリンだわな。理解りあえるわきゃねえ。


 『お前は多分人間でも異端だ』と思ったろ。殺すぞ。


 いや、そりゃいいんだ。


 金持ってたから店に行くことにしたんだ。モカールまで。


 なんでわざわざモカールかって?


 そりゃこのミャスラフにも店くらいたくさんあるけど、モカールにはいい女がいたんだよ。


 何、馬車?


 確かに昼過ぎだったから乗り合い馬車はもうなかったな。仕方ねえから歩いたさ。


 いいよなお前は、馬やらロバやらに乗れて。俺なんか乗るどころか近づいただけで乗ってるヤツ振り落とすくらいに暴れやがるからな。危ねえったらねえから俺だって馬車乗る時は荷台の一番うしろじゃねえと怖くってしょうがねえ。


 いや、暇してる馬車は居たけどよ、一人で使うにゃ高すぎるし、使わんで済む金は使わん方がいいに決まってるじゃねえか。


 しかもこれから話すけど、それでも金足りなかったんだから。


 で、だ。お前と違って俺は歩幅が広いから昼過ぎに出たけど、日が傾く前には到着できたんだな。


 モカールの門番に何しに来たとか訊かれたけど、正直に答えたぜ。『女買いに来た』ってな。妙なツラしてやがった。


 んで、そのまま真っすぐあの女の居る宿の酒場に行ったんだけど、よく見たらあそこ冒険者ギルドの窓口があったんだな。


 だからあの店、あんなに女がいたんだな。


 でも俺が入った時はちょっと早かったからかも知れんが、あんまり居なかったし目当ての女もまだ来てなかった。


 仕方ないから飯食って待つことにした。


 うっすいビールとふすまのパンでしめて五十ミール。


 これが不味かった。味は大したことなかったんだけど、問題は金だ。


 食べ終わった頃に女どもが店に入ってきて、その中に目当てのも居たから声をかけたんだ。初めてじゃなかったのもあって話は簡単に進んで、宿に部屋とって一晩楽しもうってことになったんだな。


 で、ここで問題が起きた。


 あの街の宿屋ギルドが示し合わせて値上げして上がったんだ。女に払う額と合わせると、手持ちよりも十ミールも高かった。


 当然、ゴネたさ。後でミャスラフの冒険者ギルドに請求しろってな。


 けど宿屋のババアは首を縦に振らねえんだ。


 前に似たようなこと言って踏み倒したマヌケが居たらしい。


 頭にきた俺は椅子を蹴飛ばしたんだが、まあ、それで少しスッキリしたんで足りない分を工面することにしたんだ。


 ちょうど、店の中を見回したらスミのテーブルで賭けをやってる奴らがいたからな。


 当然、その間に女が他の男に取られないように言い含めてやった。


 『待ってろ。すぐ金持って戻る』


 でも女ってのは妙に心配するよな。


 『まさかギャンブルで稼ごうなんて無謀なこと考えてるんじゃないでしょうね』


 なんて言いやがるんだ。バカだよな。


 だから、鼻で笑ってやったんだ。


 『そんな確かじゃねえことはしねえ。確実に金は手に入る』


 そしたらあの女、勘付きやがったみたいで店を出ようとした俺の袖を引いて止めたんだ。


 『犯罪はダメよ。そんなことで稼いだお金は受け取れないわ』


 でもって、『ほら、そこで仕事でも請けて』つって、冒険者ギルドの窓口を指すんだ。


 冒険者ギルドだぞ。合法であるかぎりはとんな仕事も受け付ける何でも屋。実態はマトモな仕事からあぶれたならず者を管理するための機関。有事の時の人材プール。外で何やってるのか理解ったもんじゃない連中だ。


 お前はどうなんだってツラだな。俺がそうだってのはそのとおりだが、お前だって変わらんだろうが。汚え仕事をしたことがねえとは言わせねえぞ。


 まあ、ギャンブラーどもをカツアゲして衛兵に追っかけられるよりはマシだから、窓口の方のババアの前に座ったんだ。


 俺の出した仕事の条件は、簡単で前金があって報酬がよくて美女とヤれる。これだ。


 したらあの女、まだ出てきても居ない女に嫉妬しやがった。


 『ちょっと、あたしと遊ぶためのお金を作るのにそれ言う?』


 ってな。だから俺はなだめてやったんだ。


 『お前と遊んでから仕事だ。安心しろ』


 で、ババアの返事を待ったんだが


 『前金のある仕事はこれだけだよ』


 って他の要望を完全に無視して示してきた仕事は一件だけだった。


 それがツクラフって村での取り立て。前金二十ミール。前科不問。


 たかだか金を取り立てるだけだってのに前科不問で前金ありなんて破格ぶりにちとビビったが、勿論ギルドが斡旋した仕事だから非合法なワケない。


 念の為に訊いたが、依頼主が公爵の代官だってことで安心したんだ。その時は。


 前金が出るのは、嫌われる仕事だからヨソもの使ったほうが後腐れなくていいってんで納得した。


 俺は嫌われてもいいからな。目的地はモカールから東に一日のところ。先にそことの間にある所領に住んでる依頼主のところに行くことになってたけど。


 まあ、別にそんなことはどうでもよかった。俺が欲しいのは金だからな。


 で、引き受けることにしたんだけど、ギルドって仕事請ける時に名前言うだろ。あのババア、俺がミャスラフのレーダーだって名乗ったらエライ目でこっち見やがって言うんだ。


 『あの?』


 ってな。


 何のだって話だが、ミャスラフのギルドにレーダーなんて俺以外に聞いたことないからそう言ってやった。すると、『ちゃんとやってくれるのかい?』なんて言ってきやがる。


 ブッ殺してやろうかと思ったぜ。


 俺が前金だけ受け取って仕事を投げ出すとでも思ったって話だからな。


 お前も知っての通り、俺は金さえ払ってもらえばどんな汚い仕事でもやるってのに。


 まあ、あっちが舐めたマネしない限り、だけど。


 俺もちょっと苛ついたんで睨みつけてやったんだが、あのババアなれてんのか知らねえけどほとんど俺のこと無視してペンを書類に走らせて金と一緒に渡してきた。


 金さえもらえりゃそんなに文句は無えから硬貨が言われた分あるかだけ確認して、女の肩を抱いて宿に向かった訳だ。


 で、翌朝。朝霧が晴れもしない時間に宿を出た。


 金は貰ったしバックレてやろうかとも思ったんだがな、ババアに名乗っちまったせいで逃げるとブラックリスト行きしかねないことを思い出したんだ。


 そうなるとミャスラフのギルドにも連絡が届いて、ここで仕事できなくなるかもしれないんだもんで、仕方なく行ったわけだな。


 遠くに引っ越して素性を隠せばどうということはないんだが、それはそれで面倒くさいからな。


 ま、結局はこうして荷造りするのも諦めて逃げ出してるんだからすっぽかした方がマシだったんだろうが、あとからならどうとでも言えるわな。


 なんで逃げ出してるのかって?


 それがこれから話す仕事の中身よ」

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