第172話 帰結

「い、けええええええええ!」


 気高き咆哮が『初心者の森』の入口広場に響いた。


 そう。今こそ、まさに決着がつく瞬間……だったのだが・・、最初に違和感を覚えたのは――守護騎士のライトニング・エレクタル・スウィートデスだ。


「む、う……?」


 守護騎士ライトニングはそう呻って眉をひそめた。


 というのも、相対している人物ティナの纏っている衣服が男物・・だったせいだ。


 つい先ほど、第三聖女サンスリイ・トリオミラクルムの自動パッシブスキル『雷蛇の聖櫃せいひつ』によって焦がされて、ライトニングは初めて衣服に目をこらしたわけだが……


 なぜだろうか。その服は前掛けボタンが左右逆だった。


「これは……ま、ま、まさか!」


 ここにきてとある事実がライトニングの脳裏をよぎった。


 もし眼前にて片手剣を振るっているのが――リンム・ゼロガードではなく、第七聖女ティナ・セプタオラクルだとしたら?


「い、いや、落ち着け……そんなはずはない!」


 ライトニングはその事実を信じまいと、あえて自身を叱責した。


 たしかに第七聖女ティナは法国きっての才女だ。神学校でも、もとは騎士課の出身で、今や王国の神聖騎士団長となったスーシー・フォーサイトと張り合ったほどだと聞いている。


 それに現在ではれきとした聖女だ。たとえ剣の才があったとしても、それを磨いてきたわけではない。


「だが……待てよ」


 ライトニングはそう呟きつつ、眼前の人物の一撃をまた防いだ。


 先ほどまでのリンムは片腕にティナを抱きながら、ライトニングの猛攻を完璧にしのいでみせた。それは熟達した剣士のみが達せる域だった。なるほど。男嫌いと噂された第七聖女ティナが守護騎士に任じるだけのことはある。拳士のライトニングですら思わず見惚れたほどだ。


 そんなリンムがティナを手離して、身軽となってこうして本気の攻撃を繰り出してきたというのに――


「その剣戟が……こんなに軽いはずがない?」


 ライトニングはそのことに気づいて、「ちい」と舌打ちした。


 直後、ライトニングの視界にはブロックノイズが掛かって歪んでいった。


 間違いない。これは――認識阻害だ。ティナはいつの間にかリンムに化けていたのだ。しかも、土の拘束具はいまだに外れておらず、片手剣ではなく、聖杖を振るって閃を放っている。


 やたらめったらに振るっているのは、どうやら閃の制御ができないからか。


「認識阻害といい……この剣戟といい……なるほど。サンスリイ様が認める天才いもうとか」


 ライトニングはその存在を苦々しく思いつつも、改めて声を荒げた。


「サンスリイ様! 宙にいるのは――第七聖女様の守護騎士です! どうか『雷獣の聖櫃』を解いてください! 今、お助けに上がります!」


 どのみちティナの軽い閃を受けても、ライトニングにとっては大したダメージにはならない。


 それよりもあれだけの技量を持った剣士をろくに物理耐性を持たない第三聖女サンスリイに相対させてはいかない。それこそ、守護騎士たるライトニングの任だ。


「お願いします! サンスリイ様! 私をおそばにいいい!」


 ライトニングは怒鳴りながら、サンスリイのもとに駆け出したのだった。






 第七聖女ティナに化けたリンムはいかにもティナらしく、宙にて「はああ」と右拳に息を吹きかけた。


 そして、眼下の第三聖女サンスリイに叩きつけるべく、右肘を引いたと見せかけて、リンムは右腰にたずさえていた片手剣の柄に手を近づけた。


 そのとき、守護騎士ライトニングの怒声が繰り返された――


「そやつは第七聖女様の守護騎士です! 『雷獣の聖櫃』を解いてくださいませ!」


 直後、サンスリイと宙にいたリンムの視線が合った。


 同時にサンスリイは不敵にも、また歪んだ笑みをリンムに対して浮かべてみせる。


「ふふ、面白い。なかなかの奇策です。しかしながら、その策は正面からぶつかっても敵わないと言っているも同然です」


 サンスリイはそう嘲笑って、『雷獣の聖櫃』を解かずにそれらを全てまとめてリンムに差し向けた。


「ならば、わたくしの本気で消し炭にして差し上げましょう。まあ、肉の一片ひとひらでものこれば、ティナが蘇生してくれるでしょう。さあ、ティナの守護騎士よ。今こそ、神の大蛇いかずちをその身にお受けなさい!」


 逆に、リンムは落ち着き払って言った。


「さあ、ティナよ。今こそ、君に全ていのちを預ける」


 バチ、バチ、チカ、チカ、と。


 うごめき、のたうちまわる、雷の聖櫃せいひつに塗れた宙にあって、リンムの静謐せいひつな声は意外にもよく響いた。


 サンスリイはつい、ぞっとした。


 眼前の守護騎士は全くもって死を恐れていない……


 果たしてどれだけ死線を潜り抜ければこれほどの境地にたどり着けるのか。それに加えて、騎士として聖女を信じ切った静けき想いに――初めてサンスリイはリンムにひるんだ。


「閃!」


 その瞬間、リンムではなく、ティナの放った剣戟がサンスリイに向けて繰り出された。


 もっとも、駆けていた守護騎士ライトニングが喰らいついてその剣戟の前に身を晒した。「ぐうっ」と体勢を崩したライトニングを目の当たりにして――サンスリイは自らの騎士を愛おしく想った。


 そんな怯えと覚えの相反する二つの情によって、それこそ初めて――


「ついに隙を見せたな、第七聖女殿よ。今ぞ、閃っ!」


 宙にいたリンムは剣戟を放った。


 ただ、そんなリンムの閃にもライトニングはその身をていして、何とかサンスリイを守り切った。宙から下りてくるリンムの前に躍り出て、サンスリイと共に迎撃の耐性を整える。


 が。


 肝心のサンスリイの背後には、いつの間にかティナが立っていた。


「やっと隙を見せましたね、お姉さま?」

「ティナ? なぜ、そこに――?」

「宙にある光球を利用させていただきました。光の屈折に身を隠すのはお姉さまの得意技のはずでしょう? さっきから私はそれを利用して、剣戟を撃ちながらじりじりと近づいていたのですよ」


 ティナはそう言って、今度こそ「はああ」と拘束されている両拳に息を吹きかけた。


「ライトニング!」

「間に合いません!」

「くううっ!」

「お覚悟を、お姉さま! どうぞ歯を思い切り食いしばってくださいませ!」


 ティナはそう言い放つと、振り向いたサンスリイの懐に即座に潜って、両拳による渾身のアッパーストレートを振り上げたのだった。



―――――



スーシー、アルトゥ、シイティ、チャル「眩しくて、よく見えない……」

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