第171話 乙女と蹂躙者と騎士たち

「ふふ。それでいいのですよ」


 法国の第三聖女サンスリイ・トリオミラクルムはどこかいびつな笑みを浮かべた。


「さあ、ティナ……どんな奇策があるのか知れませんが、私に向かって来なさい。そのときこそ、久しぶりに躾をいたします」


 サンスリイはそう言って、入口広場の上空に浮かぶ光球にちらりと視線をやった。


 実のところ、この光球はブラフでしかなかった。さすがにサンスリイも王国で森林火災を起こすほど非情かつ非道ではない。


 というか、普段から守護騎士ライトニング・エレクタル・スウィートデスに変な格好をさせて、その背に乗って移動していたり、姉妹スール関係にある第七聖女ティナ・セプタオラクルにそそくさと逃げられたり、はたまた口数が少ない上に無表情だったりすることから、一見すると奇人変人に思われがちだが――


 サンスリイはティナとは比べものにならないほどに真っ当な常識人である。


 老騎士ローヤル・リミッツブレイキンに眉をひそめられるほどに苛烈な一面をみせることだって時にはあるものの……


 そもそも、法国の聖女は王国の現王、あるいは帝国の皇帝と並び立つ存在だ。聖女がかしずくのは女神クリーンにだけで、基本的には他国の王族だろうと一顧だにしない。いわんや第四王子や近衛騎士如きでは木で鼻をくくったような態度になるのは仕方のないことだ。


 もちろん、そんな聖女の中には『神を騙る狂気』とか、『貪欲かつ強欲な異端審問官』とか、『聖女失格』とか、はたまた『全ての男根・・の蹂躙者』とかといった可笑しな二つ名を持つ者が多い。


 その喧伝され方から考えれば、どうあってもまともな者たちには思えない。事実、ティナは可笑しい。


 ただ、よくよく思い出してほしい――


 サンスリイは『稲光る乙女』だ。


 そう。狂気、異端審問、失格や蹂躙者ではない。繰り返すが、あくまでも乙女・・なのだ。


「躾が終わったら……二人でゆっくりと森林浴でも楽しみましょうか。そのときは午後の紅茶ティータイムにでも、貴女の守護騎士となったそこの男性との出会いなどでもゆっくりと聞きたいところですわ」


 光球の眩さに紛れて、サンスリイの目の煌めきは目立たなかったわけだが……何にしても、そんな乙女に対して、今、まさに蹂躙者・・・によるぐーぱんという名の魔の手が迫ろうとしていた。






「そうです、おじ様。それでいいのです!」


 第七聖女ティナは宙で「へへん」とよこしまな笑みを浮かべてみせた。


 リンム・ゼロガードに「せいや!」とその身を投げられて、さらにリンムによる剣戟のせんによって土魔術の強固な拘束が斬られたばかりだ。


「ほう?」

「……ば、馬鹿な。特攻か?」


 守護騎士ライトニングの驚きに比して、第三聖女サンスリイは顎を上げた程度だったが――


 これにてティナはやっと自由を手に入れた。即座にアイテムボックスから聖杖を取り出して、万が一に備えて『魔力抵抗マナレジスト』を詠唱破棄にて自身に掛ける。


 現状、ティナの見立てでは宙にある光球はブラフに違いなかったものの……それでもサンスリイの周囲に展開している『雷蛇の聖櫃せいひつ』は本物だ。あれらに一斉に襲いかかられたら、電撃耐性持ちで『魔力抵抗』まで掛けたティナであっても無事では済むまい……


「ならば、今は一点突破! お姉さまのもとにこのまま突っ込むだけです!」


 ティナは聖杖をすぐさま腰に携えると、宙にありながら「はー」と片拳に息を吹きかけた。


「さあ、お姉さま! 今度は私からの躾の時間ですわ!」


 目指すは――眼下のサンスリイだ。






「……ば、馬鹿な? 特攻か?」


 と、驚きを口にした守護騎士ライトニングに対して、リンム・ゼロガードは次々に閃を放った。


 聖女同士の戦いに横槍を入れさせない為だ。さすがに暗殺者系の特殊職たる『忍者』だけあって、今のリンムにはライトニングの『分身』を見破るすべがなかった。


 そもそも、これだけ雷蛇や光球がキラキラ、バチバチと蠢いている場所では気配もろくに探れやしない……


 だったら、眼前にいるライトニング全員を倒してしまえばいい。幸いなことに筋肉達磨と化しているライトニングは力に上昇バフを掛けている状態なのか、かえって本来の速さを落としているようだ。


 しかも、ここは隠れる箇所が多い森の中といっても入口広場だ。ライトニングたち・・は驚きのせいか、いかにもまとにしてくださいと言わんばかりに突っ立っていた。


「余計なことは考えない。やたらめったら斬りまくるぞ」


 リンムはそう言って、視界に入るライトニング全てに片手剣を振るった。


「ちい! いいのですか? 第七聖女様を助けに行かなくとも?」

「構わん! あのを信じている!」

「ふん。その余裕がいったいどこまで続くことやら!」


 ライトニングがそう嘲ったとたん、リンムのもとに雷蛇が一匹だけ、地を這うようにして襲いかかってきた。


「うおっ?」


 リンムは咄嗟に避けるも、雷の熱量で服がわずかに焦げた。


 同時に、もしや第三聖女サンスリイはティナだけでなくリンムを相手取るだけの余裕が本当にあるのかと一瞬だけ疑ったが――


「いや、たしかさっきティナは『雷蛇の聖櫃せいひつ』が自動パッシブスキルと言っていたな。これもまた俺を惑わす為の牽制と言ったところか。いちいち芸が細かい」


 リンムはそう呟いて、再度、ライトニングたちに向かって閃を飛ばしまくった。


 斬るリンムに対して、消えては現れるライトニングといった図式になった中で、バチ、バチ、ゴロ、ゴロと五月蠅うるさい雷音を掻き分けるようにして宙に声が轟いた。


 リンムは「ふう」と小さく息をついた。


 そして、己を奮い立たせる為にもじっと耳を澄ませた――


「い、けええええええええ!」


 それこそが拳を前に突き出したティナの咆哮だった。

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