第170話 躾(後半)

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―――――



「いやはや……凄まじい技量じゃな」


 王国の近衛こと老騎士ローヤル・リミッツブレイキンは「ほほう」と感嘆の息を漏らした。


 イナカーンの街の門前でリンム・ゼロガードをちらりと見かけたとき、これは相当な剣士だなと見立てたが、さすがにここまでの強者だとは想定していなかった。


 正直なところ、ローヤルがあと二十――いや十歳でも若かったならば、リンムを好敵手とみなしてさらなる剣技の領域に共に挑まんとしたはずだ。


 少なくとも相並ぶ者がいないからと、ジャスティ・ライトセイバーを近衛の団長に育て上げ、自らは第四王子付きとしてほぼ引退するような真似はしなかった。


「老いることがこれほどに悔しいと感じたことはないな……手足が昔ほどに動いてくれないことなぞ些末なものじゃ。問題は、いっそ野心が失せてしまうことよ」


 ローヤルはそう呟いて、自らの心臓のあたりを右手でトントンと叩いた。


いただきに手をかけてみたいと頭では願っても、心が疲れて途中で歩みを止めてしまう。哀しいかな、老いの本質とは肉体でなく、精神の衰えよな。それだけに――」


 果たしてリンムはここで膝を屈せずに済むだろうか、と。


 ローヤルは不安げな視線をリンムにやった。ここで負けてしまったら、おそらくローヤル同様にリンムも退いてしまうのではないか、とも。


 あれほどの剣士の歩みをこんなところで止めたくはない。だが、今、頭上にある月かと見紛うほどの光球もまた凄まじい魔術だ。


 さすがに法国最強と謳われる第三聖女だけはある。


「さて、あの者リンムが騎士の忠心を理解できるかどうか……」


 ローヤルはそうこぼして、固唾を飲んで勝負の行方を見守ったのだった。






「これは絶対……絶命と……いうやつか」


 一方で、リンム・ゼロガードはちょうど忸怩じくじたる思いに駆られた。


 先ほど第三聖女サンスリイ・トリオミラクルムはリンムたちに対して「しつけの時間です」とのたまった。なるほど、たしかにこれは――躾に違いない。


 もちろん、その躾とは、今回の敗北によってサンスリイに心理的に屈することを意味するわけではない……また、これから肉体的に受けるだろう痛みのことでもない……


 そう。何てことはない。リンムはそもそもからして守るべき・・・・ものを見誤ったのだ。


 宙にありありと浮かぶ光球は今、まさにそのことをはっきりと教えてくれた。


「ぐ、うう……」


 ここにきてリンムはそんな情けないしか出せなかった。


 第三聖女サンスリイとその守護騎士ライトニング・エレクタル・スウィートデスの連携を見ていて、はっきりと理解できたことがある。


 守護騎士とは聖女を守るだけにあらず……その本質は聖女の力を最大限に引き出すことだ。


 ただ、リンムが勘違いしたのも仕方のないことではあった。


 ティナは四肢を拘束されて万全ではない上に、これまで散々サンスリイに向き合わずにから逃げ回ってきた。


 そんなティナを即座に身をていして守ろうとしたのはリンムの性分やさしさに他ならない。


 だが、この破天荒を体現したかのような聖女ティナならば、守護騎士リンムにこうして抱かれずとも何とかしたかもしれない……


 ……

 …………

 ……………………


 結局のところ、リンムはティナの力を信用しなかったのだ……あるいはリンム一人で何とかできると思い込んでしまった……


「やれやれ……長い間、単独ソロの冒険者としてやってきたことが仇となってしまったのかな」


 リンムはそう呟いたが、おそらくそれだけではない――


 この入口広場にやって来た義理の娘たち、あるいは多くの騎士たち、はたまた眼前の第三聖女に認めてもらおうと柄にもなくはやってしまった。


 とはいえ、反省している時間など最早残されていない。宙に浮かぶ光球はすでに逃げようもないほどに大きくなっている。


 その光球からたとえ上手く逃れたとしても、守護騎士ライトニングが『分身』などで追い打ちをかけてくるに違いない。


「いやはや、つくづく見事な連携だ……何にせよ、俺がやるべきことは決まったな」


 リンムはそう言って、ティナを背後に降ろそうとした。


 光球が落ちる瞬間はさすがに守護騎士ライトニングも寄っては来まい。となると、ティナの拘束を解くのはそのタイミングしかない。


 あとはリンムが光球をその一身に受け……


 可能ならば、魔力の塊だった魔族にしたように、片手剣で滅多矢鱈めったやたらに斬りまくって……


 ティナへのダメージを少しでも減らす。


「さあ、今こそ覚悟を決めようか」


 すると、唐突にティナがリンムにずしりと重く寄りかかってきた。


 しかも、こんなときなのに頬ずりまでして甘えてくるものだから、リンムが注意しようとするも、当のティナはというと、意外にも真剣そのものだった。


「もうちょっとだけ、おじ様成分を吸わせてください」

「おじ様成分って……」

「加齢臭のことです」

「あのなあ、ティナ。今は軽口を叩いて――」


 ティナはそこでいかにも「めっ」といったふうにリンムに非難の眼差しを向けた。


「おじ様ってば、自らを犠牲にしようと考えたでしょう?」

「…………」

「そんなのは聖女たる私が許しません。守護騎士とは聖女を守る者にあらず――聖女と共に戦う者なのです」


 さっきまでリンムが考えていたことを指摘されて、リンムは「はっ」となった。


「私に考えがあります」

「……何だ?」

「私をお姉さまの方に思い切り投げつけてください」

「馬鹿な。そんなことをしたら光球にぶつかるだけだぞ?」

「問題ありません。あの光球はおそらくみせかけの光の魔術に過ぎません。そもそも、雷蛇が重なって、相当な熱量を伴った光球となって落ちてきたら、この『初心者の森』は森林火災に見舞われて、王国に大きな損害を与えてしまいます」

「つまり、ブラフだと?」

「……たぶん」


 ティナの相槌は消え入りそうで、いかにも弱々しかった。


 もちろん、リンムだってブラフの可能性は考えた。あんなものを本当に放ったら、この森は半壊するに違いない。


 そんなことを果たして法国の聖女がするだろうかと思いつつも……


 そもそもからして聖女はまともじゃないもんなあと、リンムはもう一人の聖女に思いを馳せながらブラフの線は消していた。


 それなのに聖女サンスリイの異常性を恐れていた聖女ティナが今、はっきりと答えた。


「どのみち、ここで待っていても黒焦げになるだけです。それにこう見えてわたくし、長年のお姉さまの躾やしごきのおかげで、物理耐性(※叩きと鞭のみ)と雷耐性を持っているのです。何とか耐えてみせます」


 その言葉にリンムは「ふう」と短く息をついた。


 あまりに危険すぎる賭けだ。だが、ティナの言った通り、たしかにこのままでは二人で黒焦げになるばかりだ。


 すると、ティナはいっそ清々しく笑ってみせた――


「私にはお姉さまの攻撃に対する耐性がありますが、逆にお姉さまは殴られ慣れていません。勝機はそこにあります。たとえ襤褸々々ボロボロになろうとも、あんのむかつく顔に一発お見舞いして仕留めてきます!」


 それこそ聖女の発言とは思えなかったが、リンムもいっそ笑みで返した。


「それで俺はティナを宙に放ってからどうすればいい?」

「おじ様の剣の一閃によって私の拘束を斬ってください。四肢が自由になればアイテムボックスから聖杖を取り出せます。魔術に抵抗レジストする手段もあります」

「分かった。じゃあ、俺はすぐさま守護騎士の足止めをしよう」

「はい。お願いします」

「ああ、それじゃあ。行くぞ?」


 こうしてリンムとティナは再度、今度こそ二人揃って第三聖女サンスリイに向き合ったのだった。

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