第167話 先手必勝

 法国の第三聖女サンスリイ・トリオミラクルムの苛立ちは募るばかりだった。


 そもそも、眼前のダークエルチャルフの言葉を本当に信用していいものかどうか……


 この『初心者の森』の入口広場に留まっているのも、王国の神聖騎士団長スーシー・フォーサイトがチャルをかばいだてしているのに加えて、老騎士ローヤル・リミッツブレイキンがサンスリイを制したからに他ならない……


 一方で、老騎士ローヤルにとってチャルの言葉は渡りに船となった。


 第四王子フーリン・ファースティルから「第三聖女サンスリイに対処せよ」と命じられたのはいいものの、さすがに王子の近衛としてイナカーンの街から離れすぎた。


 そのフーリンは神聖騎士団の詰め所の最上階にいるので、早々、狙われることはないとは思うが……


 そうはいっても厄介な呪術を仕込まれたばかりだ。


 帝国に所属する魔族だけでなく、王国のどこぞの一派もフーリン排除に関わっていたはずで、そう考えると――


「これ以上、イナカーンの街から遠く離れずに済んでよかったとみるべきか、はたまた時間を無駄にし過ぎだと捉えるべきか」


 老騎士ローヤルは「ふう」と小さく息をついて困り顔になった。


 そして、チャルの真似をしてこめかみのあたりを指で、とん、とんと叩いてみる。


「ううむ。分からん。斥候スキルの『探知』に長けているわけではないが……気配や魔力マナどころか、第三聖女殿の足音すら聞こえぬ。本当に信じて……大丈夫なのじゃろうな?」


 ローヤルは疑心暗鬼になりつつ、さらに探知に意識を集中したわけだが――


 結局のところ、聞こえてきたのはせいぜい、切り株に座っている女性たちの会話ぐらいだった。


「で、糞姉と、そこのダークエルフ……たしかチャルだっけ? 二人はいったいどんな関係なんだよ?」

「そうですわ。お姉さまがエルフ種と知り合いだなんて、これまで一度も話に上がったことはありませんわよ」

「そりゃあそうよ。チャルさんと知り合ったのはつい最近だもの」

「最近だあ?」

「本当に信用できる方ですの?」


 義妹たちにまた詰め寄られて、スーシーは「うっ」とうなったものの、


「そもそも、チャルさんは義父とうさんの友人なのよ」


 と、主張したことで二人の矛先はいったん収まった。


 もちろん、リンム・ゼロガードとチャルは友人というほどでなく、もとはと言えばハーフリングの商隊こと『放屁商会』に所属するマニャンから紹介されたに過ぎない関係だが……


 とりあえず、スーシーはそこらへんの事情に詳しくなかったので言葉を濁すしかなかった。


 逆に、チャルはというと、先ほど老騎士ローヤルにさとされたなるモノに興味でも持ったのか、リンムの義娘たるアルトゥ・ダブルシーカーとシイティ・オンズコンマンに質問を始めた。


「貴様が王国の現役Aランク冒険者か? ということは、ムラヤダ水郷で隠遁生活を送っているオーラ・コンナーとも知り合いなのか?」

「おうよ。オーラのおっさんとはマブダチみたいなもんだぜ」


 その返事を聞いて、チャルはにやりと笑った。


 今後、商売をするにあたって、実力のある冒険者の知り合いはなんぼいたっていい。


 しかも、リンムの義娘でオーラのマブダチならばいっそ好都合だ。リンムはお人好しだし、オーラには貸しが幾らでもある。


 これで王国最高の冒険者を顎で使えるあて・・ができたというものだ。


「それで、貴様の方は詐術士だったな?」

「そうですわ。正確には魔女で、闇魔術を得意としています。実戦よりは学究肌ですから、こちらの脳筋ゴリ……もとい筋肉質な姉たちとは一緒になさらないでくださいませ」

「ふうん。魔女で、闇魔術ねえ」


 チャルとしては師匠のモタを思い浮かべるのに十分で、苦虫を嚙み潰したような顔つきになった。


「それよりも、詐術についてご存知のことを私に教えてくださらない?」

「幾ら払える?」

「幾らでも。これでも私は王国の魔導騎士団に客員として籍を置いていますの。そこの研究予算だったらじゃぶじゃぶと湯水のように使えますわ」

「詐術で研究員たちをたぶらかしているわけではあるまいな?」

「まさかあ。人聞きが悪い。資金を有効活用する為に魔導騎士の皆さんを説得しているのですわ」

「まあ、別にいいさ。何にせよ、金には困っていないわけか」


 これまたチャルはにやりと笑った。


 今後、商売をするにあたって、金づるはなんぼいたっていい。


 しかも、魔術の研究機関に所属している者ならばむしろ好都合だ。チャルも錬成士ながら魔術は一通り使える上に、闇魔術に関しては王国の研究の何世代も先をいっている。


 上手く垂らしこめば、王国の潤沢な予算を幾らだって流用できるというものだ。


「となると、あとは――」


 チャルはそこで言葉を切って、スーシーにちらりと視線をやった。


 ずぼらで単純なアルトゥや人を人と思わないシイティに比べて、このスーシーはいかにもしっかり者に見えて、義父のリンムに似てどこか巻き込まれ体質だ。


 それに王国の上層部との縁ならば、つい先ほど老騎士ローヤルという伝手つてができたばかりだ。王族に繋がっている近衛なので、スーシーよりも数段価値がある。


 と、チャルはそこまで考えて、ここでスーシーとは距離を取るべきかとみなした。


 そもそも、前回や今回みたいにティナ絡みで可笑しなことに巻き込まれるのはもう御免被ごめんこうむりたいところだ――


「おや?」


 といったところで、チャルは眉間に皺を寄せた。


 エルフ種のジウクが森の精を通じて語りかけてきたのだ。同じ『森の民』ならば、ある程度の距離になったらこんなふうに以心伝心できる。


「チャル様、聞こえますか?」

「どうした?」

「今、リンムとティナがそちらに向かっています。私が誘導していますので、もう五分とかかりません」

「分かった。貴様はどうする?」

「このまま森にひそみます。何なら一度はイナカーンの街に行ってみてもいいかな、と」

「好きにせよ。私は今回の結果を見届けて、ムラヤダ水郷に行く。拠点をそちらに移すので、あとで時間のあるときに顔でも出せ」

「分かりました」


 チャルはそこで話を打ち切って、こめかみのあたりを叩き終えると、皆に「来るぞ」と告げた。


 実際に、さっきから森内を探っていた老騎士ローヤルでも奥から気配を二つだけ捉えることができた。


 同時に、第三聖女サンスリイは聖杖を構えて、いかにも臨戦態勢を取った。


 が。


「まずは第七聖女殿に話を聞いてからじゃろうて?」

「手ぬるい。まずは躾が必要です」

「また逃げられるぞ。もうわしは付き合わんからな」


 老騎士ローヤルがそう制したことで、第三聖女サンスリイも渋々と杖を下ろした。


 直後だ。


 そんなサンスリイとローヤルの眼前で魔力マナが一気に圧縮して弾けかけた。


「こ、これは……爆裂魔術エクスプロージョンじゃ!」


 老騎士ローヤルが叫ぶも、森の奥で「こらっ」という声と同時にこつんと頭をぶつ音が聞こえた。


 そのタイミングで魔術の呪詞が一気に霧散していく。


「だ、だってえ……普通は先手必勝じゃないですか」

「俺たちはまず話し合いをすべきだ。殺し合いにきたわけじゃないんだ」

「手ぬるいですよ。お姉様のことだから、絶対にまずは躾とか言って攻撃してくるに決まっています」


 このとき、リンムとローヤルが同時に無言になったのはいうまでもない。


 何にしても、こうしてついに第七聖女ティナ・セプタオラクルはリンムを伴って入口広場に戻ってきたのだった。

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