第166話 円
今話題の円安の話かもしれません……(なぜに?)
―――――
ぱこっ、ぱこっ、という甲高い音と――
はあ、はあ、はあ、とこぼれる吐息。それに加えて、たまにパアーンときつく叩く音以外には静寂と宵闇しかなかった。
おかげでそれらの音だけが無駄に『初心者の森』の入口広場にはよく響いた。
もちろん、この場に集まり始めた騎士たちがどこぞのヒッピーよろしく、いきなりおっぱじめたのではない。
むしろ、騎士たちの顔には焦燥の色が浮かんでいる。どこか疑心暗鬼といったふうでもある。
そんな彼らのそわそわとした静けさの中に、先ほどの音が不協和音さながらに入り混じっていく。
はてさて、そんな雑音の正体はというと――
まず、法国の守護騎士たるライトニング・エレクタル・スウィートデスの
次いで、その背に
さらには、サンスリイが苛立ち紛れにライトニングのおけつをスパーンと豪快にぶつ音だった。
「遅い。遅いです。本当にティナは来るのですか?」
サンスリイはそう言って、またパアーンとライトニングを鋭く叩いた。
「あうっ!」
そのたびに、どこぞのマイケルよろしくライトニングは嬌声を上げるのだが……
そんなどうでもいいプレイはさておき、なぜ気の短いサンスリイがこうして第七聖女ティナ・セプタオラクルを追いかけずに、広場をぐーるぐると回っていたのかというと――ほんの数十分前のことだ。
認識阻害によってエルフの女将軍ジウク・ナインエバーを逃してあげたダークエルフの錬成士チャルは当然のことながら、皆に詰め寄られていた。
「おいおい、何してくれてんだよー?」
「せっかく闇魔術を語り合える仲だと思っていたのに……がっかりですわ。それでは早速、私の詐術で色々と吐かせて差し上げます」
と、チャルを一方的に非難したのは、アルトゥ・ダブルシーカーとシイティ・オンズコンマンの冒険者姉妹だ。
逆に、そんな二人とはやや距離を取ったところで、老騎士ローヤル・リミッツブレイキンは「ふう。分からんもんじゃな」と第三聖女サンスリイにこぼしていた。
「いったい何がですか?」
「古文書によれば、エルフとダークエルフは犬猿の仲とされていたが……こんなふうに助け合うとは。やはり文献だけでは実態は掴めんということじゃ」
「そんなことはどうだってよろしい。さあ、さっさとあの白い方の耳長を追いかけますよ」
「待たれよ。こんな真っ暗な森の中を本気で追うつもりか? しかも、相手は『森の民』じゃぞ。足取りすらろくに掴めんて」
老騎士ローヤルの言葉に、さすがの第三聖女サンスリイも「ぐぬぬ」と歯ぎしりした。
すると、広場には「止めなさい!」という怒鳴り声が上がった――スーシー・フォーサイトだ。どうやら義妹たちからチャルを
「おいおい、糞姉よお。今さら庇いだてする気かよー」
「そうですわ。どう考えても、そのダークエルフは敵ですわ。実際に、先ほども私たちの邪魔をしてきたのですよ。帝国と何らかの関係があるに違いありませんわ」
「それにはきっと理由があったのよ。ね。そうでしょう、チャルさん?」
もちろん、スーシーだって帝国の将軍たるジウクを逃したチャルの行動には首を傾げたものの……
ここ数日、ずっと一緒にいてその人となりを見てきたとあって、信頼に足る人物とみなしていた。
そもそも、今回の事の発端はティナであって、チャルやジウクではない。彼女たちはむしろ巻き込まれたと捉えた方がいいだろう。
スーシーはティナとの付き合いが長いからこそ、ティナの行動に振り回されがちで、それもあってチャルたちに同情的だった。
それに、現場が『初心者の森』だからというわけではないが、まさに木を見て森を見ずだ――今は帝国の関与を疑って物事を大きくするのでなく、確実にティナを捜索して見つけるべきだ。
その為にはどうしたってもう一人の『森の民』たるチャルの協力が必要不可欠だろう。
と、そこまで考え抜いて、スーシーはチャルに弁明の機会を与えようとした。
もっとも、チャルはいかにも涼しい顔つきで
「エルフを逃した理由が聞きたいのか? ふん。何てことはない。
チャルは片手で円を作って、まさに悪徳商人ここに極まれりといった笑みを浮かべた。
これにはスーシーも「はあ」と、額に片手をやってため息をこぼしたわけだが……そこに老騎士ローヤルが話に割り込んできた。
「なあ、そこのダークエルフよ」
「何だ?」
「金はろくに出せんが……それ以上に価値のあるモノならば出せるやもしれんぞ?」
すると、チャルは老騎士ローヤルを挑発するかのように「くっく」と口角を上げた。
「金よりも上だと? それはいったい何なのだ?」
「何てことはない。
老騎士ローヤルはにやりと笑って、先ほどのチャルみたいに指で円を作ってから話を続けた。
「こんなふうに人と人の
「くだらん。御託なぞいらん」
「いやいや、御託ではないぞ。そもそも、こちらにいる
「縁に恩ときたものか。やれやれ。まあ、たしかに買っても損はしないだろうが……」
「そもそも、先ほどのエルフは帝国の女将軍じゃろうから、これでお
「……ふむん」
チャルは神経質そうに、トン、トンと、こめかみのあたりを指で叩いた。
「その恩とやら売って、縁を買ってやってもいいが……では私にいったい何を求める?」
「先ほどのエルフの行方――いや、法国の第七聖女殿がどこにいるかじゃな。案内してくれるならば、お主が必要なときに第四王子フーリン様に取次ごう」
老騎士ローヤルはそう言って、そばにいた第三聖女サンスリイを肘で小突いた。
サンスリイはというとやや不満顔ではあったが、やはり背に腹は代えられないようだ。「はあ」と大きく息を吐いてから、
「貴女は錬成士とお見受けします。法国内で採れる錬成素材などの融通ぐらいならば、約束いたしましょう」
「いや、素材では安い。店だ」
「は?」
「法国内
「にも、ということはすでに王国でお持ちなのですか?」
「ああ。ムラヤダ水郷に一号店を出す予定だ。店が出せないというならば、それ相応の素材で手を打とうじゃないか」
「やれやれ。エルフ種とは森にこっそりと隠れ住み、清貧を尊ぶと
「貧しかったのは本土にいた頃の話だ。それとてずいぶん昔の話さ。で、どうなのだ?」
「構いません。店を持ちたいならばご自由にどうぞ。商業許可ぐらい他愛のないことです」
「よし。決まりだ」
チャルはにんまりと笑って、またこめかみのあたりを叩いた。
いかにも神経質そうな仕草に見えたが――実のところ、老騎士ローヤルたちでは気づけない気配を森から感じ取っていたらしい。
そんなチャルがいかにも勝ち誇った顔つきを浮かべてみせる。
「そうと決まれば皆で仲良く、ここでしばらく待っていればいい。目当ての
それを聞いて、ローヤルたち全員はきょとんとした顔つきになった。本当に信じていいものかと、誰もがスーシーに視線をやったものだが……
何にしても、こうしてチャルは全く労せずして皆の縁とやらを買ったのだった。
―――――
『トマト畑』三巻が出たとあって、やっと自由な創作時間ができたので、ここらへんで『おっさん』の改稿作業を始めたいと考えています。そこで質問なのですが――
・『おっさん』のここらへんが不満
・ヒロインをこう変えてほしい、サブにこういうキャラがほしい
・その他のご要望
などがありましたら、コメント欄にご記入くださると助かります。なければ、とりあえず適度にブラッシュアップしていきたいと思います。
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