第163話 合流する(初心者の森・入口広場)

糞妹シイティ! そのまま白い耳長の足止めをしておけ!」


 三女のアルトゥ・ダブルシーカーは双鋏で石礫を連射しながら次女のスーシー・フォーサイトのもとに駆けつけ、守るように前に出た。


 一方で、四女のシイティ・オンズコンマンはぶつぶつと呪詞をうごめかせてエルフの女将軍ジウク・ナインエバーを牽制しつつ、スーシーの後ろに回ってその背中に片手を当てた――


「貴女もゴリラ。そこのマッスルゴリラアルトゥに負けずとも劣らないエリートゴリラ。この程度のダメージなど吹っ飛ばす、屈強なゴリラ。さあ、立ち上がりなさい」

「覚えてらっしゃい。あとで説教するけど……とにかく、今だけは感謝するわ」


 直後、スーシーはシイティの詐術によって「うほっ」と胸を叩きながら聖盾を改めて構えた。


 もちろん、ダメージや疲れなどは詐術では消えない。今のはちょっとしたドーピングバフみたいなもので、から元気で奮い立ったといったところだ。


 とはいえ、スーシーにとってはそれで十分だった。


 一人では無理でも、三人ならば何とかなるし、これまでだって乗り越えてきた――何かと反目し合って、憎まれ口ばかり叩いている三姉妹だが、こうして共通の敵がいるとやけに結束するのだ。


「さあ、アルトゥ! シイティ! このエルフを倒して、さっさと義父とうさんのところに行くわよ!」

「おうよ!」

「ええ!」


 さらにスーシーがリンム・ゼロガードの名前を出したとたん、三姉妹の集中は一気に増した。


 だが、そんな三人に比べて、ジウクはというとやけに冷静だった。


 しかも、三人のことをさして気にも掛けていない。むしろ、ジウクが気にしているのは――樹にもたれて静観しているダークエルフの錬成士チャルだった。


「チャル様……もしや、裏切ったのですか?」


 ジウクが淡々とした口ぶりで問いかけると、チャルは「ふん」と肩をすくめてみせる。


「裏切ったとは酷い言われ様だな。私は報酬分の仕事はきちんとしたぞ。なあ?」


 チャルに「なあ?」と言われても、先ほど戦ったばかりのアルトゥも、シイティも、擁護のしようがなかった。


 そもそも、報酬の額が分からないのだ。それに加えて、三人からすればチャルとジウクの関係性だって不明だ……


「それでは、チャル様。改めて問います。私と共に戦いましょう。私たちエルフ種がここで足並みを揃えない理由はないはずです」

「たしかにな。だが、貴様と共に戦う必要だってない。私としてはもう十分働いた」


 そんなふうにジウクとチャルが言い合ってる間に、シイティはスーシーに耳打ちした。


 直後だ。スーシーが幾度か肯いてから声を張り上げる――


「報酬とやらの倍を出します! チャルさん、私たちに味方してください!」


 チャルは「ほう?」と、にやりと笑って眉尻を上げた。


 そして、いかにもこれは商機とばかりにちらちらと意味ありげな視線をジウクへと送った。


「くっ! 承知しました。それでは、私も同額の報酬に加えて……勝利の後には肩叩き券も出します」

「肩叩き券だあ? 子供か。話にならんな」

「では、2.2倍の報酬!」

「2.5倍!」


 ジウクの釣り上げに対して、スーシーも即座に反応した。


 これにはジウクも眉間に皺を寄せながら、「むむむ」と呻ってから「で、では三倍!」と無駄に対抗心を燃やした……


 ……

 …………

 ……………………


「9.899倍!」

「長く生きているエルフ種が姑息ですよ。細かく刻まないでください――9.9倍!」

「ちい! こうなったら出血大サービスです! この腰に帯びている聖剣も付けますぞおおおおお!」


 いやいや、それは帝国の国宝のはずだろうと、さすがにスーシーだって即座にツッコミたかったが、


「そんな古臭い剣はいらん」


 勇者ノーブルから英雄ヘーロスの手に渡った由来を知っているチャルからすれば、さして魅力に映らなかったようだ。


 むしろ、いわくがありすぎて市場に売れない上に、手もとに置いていたらかえって本土・・の者たちに「なぜチャルがそんなものを持っているのだ?」と疑われるとあって、逆にマイナスの一品だ。


 すると、そんなチャルの機微を読んだのか、否か――


「十倍! 出します!」


 スーシーはついに言い切った。


 もとの報酬が幾らなのか分からなかったが……何なら、チャルに依頼を出した親友のティナ・セプタオラクルのツケにすればいい。


 そもそも、今回のトラブルはティナが発端なのだ。


 ともあれ、そんなスーシーとチャルの言い合い・・・・をずっと静観していた、もとい途中から地面に大の字になって寝転がっていたアルトゥと、はなからつまらなそうに無視して本を読んでいたシイティがそれぞれ――


「おっ! やっと終わったかあ」

「ドン引きですわ。まさかスーシーお姉様がこんなギャンブル狂だったなんて……お金にしっかりしているのは私とパイお姉様しかいないのですね」


 と、呆れ返って、「ふんす」とガッツポーズを決めていたスーシーに対して、「やれやれ」とため息をついたところで、眼前にいたジウクの雰囲気がふいに変じた。


「くそう! こうなったら――全財産だ。全てを差し出す。それで手を打ってほしい」


 ジウクはそうこぼした。


 それはむしろ同じエルフ種たるチャルへの嘆願に近かった。


 スーシーは鳥肌が立った。この女将軍はそこまでやるかと、団長として相手の心意気に身震いした。


 もっとも、ジウクがそんなことを言い出したのには理由があった――それをしっかりと見抜いていたのは、残念ながらこの場ではチャルだけだった。


「まあ、分かったよ。それで手を打とう。では、貴様を確実にこの場から逃れ・・させてやる」

「チャルさん!」


 スーシーが悲痛な声を上げるも、


「感謝します」


 と、ジウクがそう答えたとき、『初心者の森』の入口広場にやって来る者たちがいた。


「おや? エルフとダークエルフとは……わしも長く生きてきたが、揃って相見あいまみえるとは初めてのことじゃわい。なあ、聖女殿よ?」

「どうでもいいことです。敵対するならば――容赦はしません」


 そう。ついに老騎士ローヤル・リミッツブレイキンと、肝心の第三聖女サンスリイ・トリオミラクルムの一行が供を連れて、ぞろぞろとやって来たのだ。


 こうして今回の騒動はついに最終局面を迎えることになる。



―――――



領主チャカ「がるがるる(出番なかった)」

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