第162話 姉妹(初心者の森・入口広場)

 キン、キイーン、と。


『初心者の森』の入口広場では幾つもの甲高い剣戟の音が響いていた。


 エルフの女将軍ジウク・ナインエバーが口にした通り、たしかに二人の相性はあまりにも良すぎた。


 光系を駆使した攻撃役アタッカーたる魔剣士と、全く同じ系統の盾役タンクたる聖騎士――


 スーシー・フォーサイトからすれば、これでは防戦一方になるしかなく……最早、体力が尽きるのも時間の問題だった。


「くうっ! いちいち攻撃がねちっこい!」


 それだけジウクの双剣による剣技は嫌らしく、また手数も圧倒的だった。


 スーシーにしても、神聖騎士団長になって少しはリンム・ゼロガードに近づけたかなと自信を持っていたのだが……さすがはその姉弟子といったところか。


 しかも、双剣の使い手とあってリンムとは若干剣技スタイルが異なったので、スーシーは合わせるのに苦労させられた。


 双剣は攻防一体のはずなのに――今のスーシーはろくな対抗手段を持たず、相対するジウクはかえって、


「これはどうだ? 次はこいつだ! さあ、もっと楽しませよ!」


 と、一方的にスーシーを攻め立てた。


 ちなみに余談だが、リンムとジウクの師匠は吸血鬼の真祖直系の娘こと三女ラナンシーで、本来、そのラナンシーは長柄の斧にほど近いかいを主武器としている。


 おかげでラナンシーから習ったリンムは切るよりも、突く、ぶった斬るに近い剣技になったわけだが……その反面、ジウクの双剣はむしろ長女ルーシーのものによく似ている。


 ラナンシーからすれば双剣の使い手など、姉しかろくに知らなかったから、よく見知った技を教え込んだに過ぎないが、結果的に守りなど不要のいかにも魔族ルーシーらしい戦い方となった。


 それがちょうど今の一方的な戦いに大いに影響を与えていて、スーシーは亀のように固まって、さながら苦虫を嚙み潰したかのような顔つきだ。


「まさか……これほどに押し込まれるとは……」


 もちろん、職業クラスの相性や互いの戦い方もあるものの――


 実のところ、この二人の戦いに最も影響を及ぼしたのは戦場フィールドだった。


 何せ、ここは森だ。『森の民』たるエルフ種とこの場で戦うなぞ、はなから自殺行為なのだ。


 そもそも、スーシーが聖盾で魔力吸引マナドレインができるならば、ジウクも森の戦場効果によって土魔術の体力吸引が可能となる。さりげなくスーシーが踏み慣らしている草木やその根っこがじわじわと体力を奪っていたわけだ。


「光の剣は……相手に利用されるだけだ……盾攻撃では……大振りになって隙を作る……」


 当然、そんなことなぞ露知らないスーシーはすでに満身創痍といった有り様だった。


 最年少にして神聖騎士に、そしてその団長にまで上り詰めて、『王国史上の最高の盾』とまでうたわれた誇りはズタ襤褸ボロだ。


 先日の魔王アスモデウスと戦ったときも、妖魔ラナンシーにまみえたときも含めて、いかに自分が井の中の蛙だったか、思い知らされた格好だ。


「ここ……までか。上には……上が、いるものだ、な」


 スーシーはついに片膝を地に突いた。


 最早、聖盾によるシールドバッシュすらままならない状況だ。法術によって回復したいのに、その魔力すら尽きかけている。


 とはいえ、たかだか二十代の若い人族が長寿で精強なエルフ種相手に森でこれだけやれたのだ。むしろ誇っていいのだが……


 さすがに天才と称されたスーシーは忸怩たる思いで、初めての大きな挫折に涙さえ浮かべ、それを悟られまいと項垂れるしかなかった。


「…………」

「よかろう。それでは、そろそろ止めを差すとしようか」


 ジウクとしても虐げる趣味はなかったので、双剣を前に突き出して重ねて構えた。


「いくぞ」


 が。


 その瞬間だった――


「な、なんだ……これは?」


 スーシーに斬りかかろうとしたジウクの足もとに呪詞が落ちていたのだ。


 そして、どこからともなく、ぶつ、ぶつ、と。言葉が漏れてきた。


 直後、スーシーは「はっ」とした。間違いない。これは――詐術だ。


 同時に、足止めを喰らったジウクに対して石礫が幾つか放たれた。今度は――双鋏による射撃だ。


「まさか!」


 スーシーが横合いの森に視線をやると、そこには二人の人物がいた。


 義妹のアルトゥ・ダブルシーカーとシイティ・オンズコンマンだ。そのそばには領主チャカ・オリバー・カーンに、なぜかダークエルフの錬成士チャルまでいた。


 肝心のチャカはちょっとばかし毛深く・・・、さらに野性味ワイルドが増したような印象を受けたが、どうやらきちんと保護されたようだ。


 そのことにまずスーシーは「ほっ」と小さく息をつきつつ、すぐさま涙を隠すように腕で目を拭った。


 もっとも、義妹たちにはとうに気づかれていたようだ――


「おいおい、糞妹シイティよ」

「何ですか?」

「もうちょっと糞姉スーシーが、こわいよー、つらいよー、たすけてよー、って泣き喚いてから助けてやってもよかったんじゃねーか?」

「さすがは脳筋ゴリラですね。お姉様の大変なときに颯爽と駆けつけるのが良い妹というものですわ」

「あっ! てめー。一人だけ格好かっこしいしようとしてんな?」

「当然ですわ。ここでお姉様に意識でも失われて、せっかくの借りを忘れられたらどうするつもりなのですか?」

「まあ、そっかー。じゃあ、しゃーねえなあ」


 二人はそこでこくりと肯き合って、それぞれ構えつつスーシーのもとに進んだ。


「よっしゃあ! 久しぶりに三人で戦うとするか!」

「はい。でも、気をつけてくださいね。相手はまた・・――『森の民』。一筋縄ではいきませんわ」



―――――



あれれ? おかしいぞー? くまきちはどこにいったんだー?(某子供探偵ふうに)


タイトルの「姉妹」ですが、こちらは三女のラナンシーと長女ルーシーだけでなく、義理の三姉妹を掛けたものでもありました。


ともあれ、せっかくの三姉妹の共同戦線ですが……それほど紙幅をかけずに終わる予定です(そもそも、聖女と老騎士たちもこの場に迫っていますからね)。

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