第161話 相対する 後半(初心者の森・入口広場)

 先に動いたのは神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトだった――


「神聖衣、装着!」


 直後、スーシーの身を聖なる光が包み込む。


 冒険者風の服は粒子となって、スーシーはその引き締まった裸を晒すと、すぐにその身には銀色の衣コンプレッションアンダーが形成され、その上にフルプレートの白鎧が装着していく――


 最後に巨大な聖盾を二つもドンッと、さながら要塞のように構えて、スーシーは相手を睨みつけた。


「ほう。なるほどな。さすがは『王国の盾』とうたわれるだけはある」

「そちらはまさか……手に持っている短剣ナイフだけで戦うつもりですか?」


 スーシーがいぶかしむと、エルフの女将軍ジウク・ナインエバーは「ふん」と肩をすくめてみせる。


「実は、手持ちの武器は今ちょうど腰にたずさえている聖剣しかないのだよ」

「では、それで戦えばいいのでは?」

「残念ながらこれは国宝だ。かつてとある勇者ノーブルから英雄へーロスへと、旅路の餞別にと贈られた代物だ。さすがに私情で扱ってよいものではない」


 というわりには、魔剣に操られていたときには堂々と使用していたはずだが……


 と、スーシーはさらに眉をひそめた。


 何にしても、スーシーの見立てでは、ジウクの所作や構えなどから察するに、双剣の使い手に違いなかった。


 魔剣は先の戦いで消失してしまった上に、聖剣は使いたくないとあって、今所持している武器は領主チャカ・オリバー・カーンの脅しに使った短剣ナイフしか持ち合わせていないようだ。


 その短剣にしても、本来はちょっとした採取や伐採、あるいは野獣などの皮や肉などを削ぐ為の物だ。


 巨盾を相手に立ち回るにはあまりに心許こころもとない……


 こうしてわざわざ喧嘩を売ってきたくらいだから銀聖衣クロスまで纏ったというのに……


 相対するジウクの様子にはスーシーもやや拍子抜けとなった。


 が。


「まあ、問題ないさ。だいたいは分かった。この短剣だけで十分だ」

「まさかと思いますが……『王国の盾』は守ることしかできないとでもみなしましたか?」

「違うのか?」

「では、その身をもって試すがいいでしょう」


 スーシーはそう告げると、重い巨盾を両腕に装着しているというのに――瞬時にジウクのもとに寄った。


「ほう? 存外に速いな」

「喰らえ、シールドバッシュ!」


 スーシーは短剣相手でも容赦なく、巨盾による突きを繰り出した。


 もちろん、ジウクはひょいとバク転をして宙へと逃れた。だが、もう片方の巨盾による風圧だけで宙での姿勢を崩される。


「おや?」


 直後、ジウクも顔をしかめた。


 巨盾による攻撃はかわしたはずなのに、どこか違和感があった。もっとも、ジウクはすぐにその理由に気づいた。


「そうか。これは……もしや聖盾による『魔力吸引マナドレイン』か?」


 魔力をごっそりと持っていかれたことで、宙でジウクは無様にぶらついたわけだが、当然のことながら、スーシーがその隙を見逃すはずがなかった。


「これで一気に決めます! 闇に穿うがて。閃け、破爪はか――『聖域の光剣ヘブンズソード』!」


 その瞬間、幾数もの光の大剣が浮かび上がって、ジウクに襲い掛かった。


 実のところ、スーシーは同門のジウクを相手にして剣の技量を推し測りたかったのだが――気づけば、領主チャカがいつの間にか視界から消えていた。


 見た目は気弱な熊のようで愚鈍なのに、逃げ足だけは脱兎の如くとは……


 スーシーは舌打ちしつつも、早急にチャカを追いかける必要が出てきた為、仕方なく勝負に出た。


 一方で、ジウクはというと――


「ふ、はは! なるほどな! 盾で完全防御しながら法術で攻撃か。しかも、盾には『魔力吸引』が付与してあって延々と攻撃を続けられるとは……よくもまあ考えられたものよな」


 そう言いながら、飛んでくる光の大剣に上手く触れることで体勢を戻して、さながら曲芸師のように次々と斬撃をかわしていく。


 スーシーはまた舌打ちせざるをえなかった。ここらへんの軽業かるわざはさすがにエルフと言うべきか。


 長寿で人族よりよほど高い身体能力ステータスを誇る上に、『森の民』ということで森の精から魔力供与でも得ているのか、剣戟も、盾圧も、魔力吸引すらも、さして気にしていないようだ。


 だが、スーシーとてこれだけで勝負を決められるとは露ほども思っていなかった。


 むしろ、ジウクがスーシーのことを『王国の盾』とみなしてくれている分、かえって次の行動が取りやりやすかった。


 というのも、スーシーは地に突き刺さった光の大剣の柄を握って構えると、


「せいやあああ!」


 両腕に巨盾を装着しているにもかかわらず、悠々と着地しかけたジウクに大剣を下段から振り上げたのだ。


「ちい! よほどの怪力とみえる!」


 これにはジウクも悪態をつかざるを得なかった。


 下からはスーシーによる攻撃。それに加えて、宙の四方からは光の大剣がやってくるとあって、ジウクは仕方なく、手にしていた短剣の剣身をもう一方の手で押さえながらスーシーの剣戟を何とか強引に受け止めるしかなかった。


 とはいえ、振り上げた大剣は重く、さすがに短剣では防ぎきれずに、


 キインッ、と。


 弾かれて手放した。ただ、ジウクはその反動を使って宙高くにバク転する。


 その刹那だ。


「今こそ、穿うがて。牙突――『聖域の光剣』!」


 スーシーは光の大剣をまた宙に造り出して、それらでもってジウクを一気に串刺しにした。


 今度こそジウクは宙でたしかにぶらつき、「くふっ」と呻いて、そのまま広場へとぼとりと落ちてきた。


 スーシーから見ても、手ごたえはあった。


 夜なので暗く、どれほどのダメージかすぐには判別つかなかったものの……


 確実にジウクを突き刺したという魔力的な感覚はあった。そう簡単には立ち上がれないはずた。


 それでも、スーシーは巨盾を構えてゆっくりとジウクのもとに寄った。


 同じエルフ種の錬成士チャルが認識阻害を得意にしていたので、倒れたジウクが偽物ダミーなのではないかと警戒したわけだ。


 もっとも、眼前のジウクには内包する魔力マナのわずかなぶれも見受けられなかった。偽者では絶対にない。


 だから、スーシーも「ふう」と小さく息をついてからジウクを見下ろした。


「さて、本来ならば、ここでとどめを差すべきなのでしょうが――」

「ふふ。そうだな……それでは言葉に甘えて、こちらから・・・・・貴様に止めを差してやるべきか」


 瞬時にスーシーは巨盾で防御した。


 だが、スーシーの体は巨盾ごと数メートルほど後退させられた。


「そんな! 馬鹿な!」


 スーシーは我が目を疑った。


 というのも、ジウクは自らに穿たれている大剣を抜き、さらには地に突き刺さっていたものまで手にして、双剣を振るってみせたのだ。


 しかも、さしてダメージを負っているようにも見えなかった……


「貴様には言ったはずだろう? だいたいは分かった、と」

「ど、どういうことです?」

「私と貴様との相性が良すぎるのだよ。そもそもからして、貴様はエルフのことを知らなさすぎる」


 そう指摘されて、スーシーは「むっ」と眉間に皺を寄せた。


 実際に、エルフにしろ、ダークエルフにしろ、エルフ種はこの大陸ではあまりに希少種だ。後者にだってつい先日、初めて出会ったばかりなのだ。


「後学の為に一つだけ教えておいてやろう。基本的にダークエルフは魔術、逆にエルフは法術を得意としている。つまり、ダークエルフには闇系、またエルフの場合は光系の・・・攻撃がほとんど効かない。しかも、こうした森の中でならば――」


 ジウクはそこで言葉を切って、子供でもあやすかのように微笑を浮かべてみせた。


「ほぼ無効にできる」

「…………」


 スーシーは絶句するしかなかった。


 たしかに錬成士のチャルは認識阻害などの闇魔術を使いこなしていた。そのわりにジウクはそういった相手を惑わす攻撃や防御を全くしてこなかった。


「結局のところ、貴様ら神聖騎士とやらの攻撃が光系の魔術や法術を駆使するものだとしたら、それだけでは私は絶対に倒せない。あるいは、今度は貴様の盾攻撃と、私の双剣による剣戟――どちらが上か。試してみるかね?」


 ジウクはそう言って、剣を上下に構えてみせたのだった。



―――――



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