第160話 相対する 前半(初心者の森・入口広場)
さながら犬の散歩のように、リンム・ゼロガードの首輪に繋がるリードを引いて、法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルは上機嫌で『初心者の森』の奥へと入っていった。
神聖騎士団長スーシー・フォーサイトはそんな二人を追いかけたくとも、領主チャカ・オリバー・カーンを人質に取られたままとあって、なかなか一歩を踏み出せずにいる。
結局、「くっ」と
「さあ、早く! 領主様をこちらに返してください!」
「まだだ。そう焦る必要もなかろう? すでに夜だ。ティナだってリンムを連れていては、これだけ暗い森の中でそう遠くには逃げられんよ」
「エルフは約束を
「もちろんさ。しばらくしたら、この男は解放してやる……ただ、さっきから一つだけ、気になることがあってな」
ジウクはそう言って、じろりとスーシーを睨みつけた。
「貴様……本当にティナとリンムを追うつもりでいるのか? そのわりにはまだどこか……余裕があるように見えるが?」
直後、スーシーは「落ち着け」と自らに言い聞かせた。
もちろん、さほどの余裕は持ち合わせていなかった。だが、諦めたわけでも、ひどく焦っているわけでもなかった。
というのも、順調にいけば今頃、
義妹たちを遊撃にしたのはこうした不測の事態に備えてのことだ。ただ、そんな二人にダークエルフの錬成士チャルが闇討ちをかけているとは、さすがのスーシーでも気づけなかったが……
何にしても、スーシーは顔色を
そうこうして顔色の読み合いをしているうち、ジウクの方が「まあ、よかろう」と両手を上げて、人質に害意がないことを示した。
同時に、ぽいっとチャカを前へと蹴りつける。
「あ、わわわ」
チャカは前のめりになるも、ジウクから「解放だ。さっさと行け」と告げられたとあって、
「ひいいいいいいいい!」
と、みっともなく悲鳴を上げながら、イナカーンの街ではなく、『妖精の森』方面に勝手に逃げ出してしまった。目隠しをされていたので、どこへ行けばよいか皆目分からなかったのだ。
樹根でこけては起き、後ろ手に縛られながらも、とにもかくにも全力で這うように逃げた。
解放されたのをいいことに、もう二度と捕まるのは御免だとばかりに駆け出していった格好だ。こういうときにこそ、人の品性はよく現れる。
「お、お待ちください、チャカ様!」
この様子に、スーシーも慌てて声をかけ、すぐに追いかけようとするも――
「そっちこそ、待て」
ジウクに殺気を投げかけられて、スーシーはまた「くっ」と足を止めた。
「繰り返しますが……約束を違えないはずでは?」
「違えなかったろう? 人質はたしかに解放したぞ」
「一人で、しかもほとんど裸同然で、この暗い森で迷ってしまっては確実に死にます」
「解放した後のことなぞ、知ったこっちゃないさ。私がむしろ知りたいのは――貴様の力量だ。なあ、王国の神聖騎士団長殿よ?」
スーシーは「ごくり」と唾を飲み込んだ。
眼前のジウクは『妖精の森』での戦いの記憶を持ち合わせていないはずだ。
それなのにどうやらジウクは目敏くも、スーシーが神聖騎士団長だと気づいてしまったらしい。
スーシーは有名だから、ティナが名を呼んだときにバレたのか……はたまた冒険者の服の袖に隠していた神聖衣の籠手を見抜かれたか……
何にしても、スーシーは「ふう」と小さく息をついてから改めてジウクに向き直った。
「ジウク・ナインエバー ――たしか、帝国に所属するエルフで、名高い三将のうちの一人とお見受けします。私の身分を知っていて、あえて相対するということは、王国と帝国との間で戦争でもご所望ですか?」
「はは。そんなふうに身構えてくれるなよ。何てことはない。これはただの小手調べさ」
「繰り返します。私は今すぐにでも領主様を追いかけたい。それでも、貴女が私の邪魔をするということなら、重要な国際問題になりますよ?」
「そのわりには――貴様の顔だって、戦いを望んでいるように見受けられるが?」
たしかにジウクが指摘した通り、無表情に徹していたスーシーは微笑を
何せ、ジウクはリンムの姉弟子だ。スーシーはリンムから剣を学んだので、いわば同じ一門とも言える。
しかも、そのリンムはというと、「スーシーを傷つけたくないから」と、何だかんだで本気では戦ってくれないから――
このジウクは今の実力を測るのに、またとない相手でもある。
どのみち売られた喧嘩だ。領主チャカを追いかけようとして邪魔されるくらいならば、ここで無力化してしまった方がいい。
スーシーはそう考えをまとめて、左手にある籠手に魔力を込めた――
「致し方ありません。ここで貴女を倒して、押し通ります!」
「良い返事だ。そうでなくてはな。では、王国四大騎士団の長の実力をこの目で見定めさせてもらうぞ!」
こうしてスーシーとジウクは『初心者の森』の入口広場でついに相対したのだった。
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