第159話 戒められる(初心者の森・入口広場)

ちょっとだけ長めのまえがきです。


第152話以来の主人公リンム回で、二回も舞台を変えたことでお忘れの方がいるやもしれないので、これまでどんな内容だったか、簡潔にまとめました――


◆場所:『初心者の森』の入口広場


◆出来事:※時系列

聖女ティナとエルフのジウクが領主チャカ(熊さん)を人質に取る

 ↓

リンムと聖騎士団長スーシーが到着

 ↓

スーシーによる「義父とうさんが好き」と発言

 ↓

さらにスーシーがリンムを逆に人質に取って『ちゅーしちゃうぞ』大作戦発動

 ↓

ティナが動揺。しかしながらジウクは冷静に人質のチャカの首筋に短剣を立てる


といった流れでした。さて、イナカーンの街の門前や森の獣道で次々と決着がつき、肝心の入口広場で果たしてどんな結末を迎えるのか。お楽しみください!



―――――



「何を言っているんだ? あちらがリンムを盾に取るのだから、こちらも人質に同じことするだけだ。もっとも、そちらはちゅーだけらしいが――こちらはこの熊みたいな男の命を貰い受けるわけだがな」


 エルフの女将軍ジウク・ナインエバーはそう言って、領主チャカ・オリバー・カーンの首筋に短剣を立てた。


 このときチャカはというと、目隠しをされ、猿轡をまされた上に、両手首を縛られて樹枝に吊るされていたとあって、そろそろ体力が限界にきていた。


 事実、腕がもげるのではないかと、脂汗がたらたらと大量に垂れていたほどだ。


 とはいえ、そんな極限状態で人質にされていたにもかかわらず、チャカの耳に聞こえてくるのは――


「義父さんの頬にちゅーしちゃうんだからあああ!」

「ちゅううううう?」


 といった女性陣の至極どうでもいい嬌声で、チャカはその存在すら忘れられかけていた……


 だから、ジウクによって、吊っていた縄を切られ、地面にごろりんと転がされたときには、「やっと腕の痛みから解放された」と感謝しかなかった。


 さらに、頭を持ち上げられて首に短剣を当てられたときも、「むしろ人質役をまっとうしたい所存」と考えるまでに至っていた。


 さすがは当代一の馬鹿領主である。


 それはさておき、『ちゅーしちゃうぞ』大作戦によって最低でもチャカを解放したかった神聖騎士団長スーシー・フォーサイトからすれば、


「しまったわ……ティナだけだったら上手くいったのに……」


 と、この場にエルフのジウクがいることに対して内心、忸怩たる思いだった。


 実際に、領主チャカに何ら価値を見出していないティナはというと、このままスーシーがジウクの言葉を無視してリンムにちゅーするのではないかと焦っている。


 おかげで、そんなティナをなだめるべく、ジウクは淡々と告げた――


「まずはそこの女騎士よ。リンムから離れろ」


 その言葉で、スーシーは「くっ」とうなりつつ、渋々とリンムから距離を取った。


 これにてティナもやっと落ち着いくことができたのか、「ほっ」と小さく息をついてから、リンムに向けて声をかける。


「さあ、おじ様。大人しくこちらに来てください。私と一緒に森の奥へと逃げますわ」


 一方で、リンムはというと、ティナからいったんジウクへと視線を移して、「一つだけ確認したい」と言った。


「俺がティナと一緒に行けば、領主のチャカ様を無傷で返していただけるということでいいだろうか?」

「ああ。貴様がそうしてくれるならば、わざわざこの男を害する意味なぞない」

「本当か?」

「くどい。エルフは約束をたがえない」

「分かった。だが、その前にせめて領主様の首に短刀をかざすのを止めてくれないか?」

「その手には乗らん。貴様には居合がある。両手が塞がっている私にそれ止めるすべはない。いいから、両手を上げながらさっさとティナのもとに行け」


 リンムもまた「くっ」と眉をひそめた。


 剣戟を飛ばす居合によってジウクを無力化して、その隙をスーシーにでも突いてもらおうと考えたわけだが、どうやら徒労に終わりそうだ。


 何にしても、リンムはジウクに言われた通りに降参のポーズを作ってティナのもとに向かった。


「では、おじ様。少々失礼いたしますわ」


 ティナがそう言って、聖杖を振るうとどこからともなく光の縄が下りてきてリンムを拘束した。


 どうやら領主チャカを亀甲縛りしているものと同じようで、光魔術の『戒めボンデージ』を改良したものらしい。


 光の縄が触手のようにうねうねとうごめいて、リンムをいかにもなまめかしく縛り上げていく――


「二人きりになったら、おじ様とあんなこと……こんなこと……」

「うぐっ……股間にぞわぞわとしたものが……」

「あーら、失礼しましたわ。デリケートな個所でしたね。では、もうちみっと縄をこんなふうに……」

「くうううっ……俺の尻にいったい何をするつもりだ?」

「おや? 何も致しませんわ。ちょうどフックになるように縛り上げたかっただけですの。ぐへへ」


 そんなあまりに惨めなリンムの姿を目の当たりにして、スーシーが「義父とうさん!」と嘆くも、ティナはおおよそヒロインとは思えないゲス顔を浮かべて悦に入っていた。


 もっとも、そんなティナをぴしゃりとジウクがたしなめる。


「いい加減に急げ、ティナ。今は真っ直ぐに帝国方面に行くんだ。私もすぐに追いつく」


 その言葉でティナは自身が追われている身だと思い出して、「はっ」として頭を横にぶんぶんと振ってから、お楽しみは後でもできるとばかりに『戒め』によってリンムに首輪をしてリードを繋いだ。


「それでは、これにて失礼いたしますわ。スーシー。またどこかでお会いしましょう」


 ティナはそう言って、リンムを引っ張って「おーほっほ」と高笑いしながら、ついに森の奥へと姿を消したのだった。



―――――



まえがきが長めなので、本編は短めでしたが……誰得なおっさんによるサービス回でした……

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