第158話 出し抜き合う(初心者の森・獣道)

「断る。受けてやる義理がない。そもそも聖女ティナから報酬をもらって、さらに――貴様らから有り金全てを分捕ればいいだけの話だろ?」


 ダークエルフの錬成士チャルはそう言ってにやりと笑うと、その場にしゃがみこんで右掌を地にかざした。無数の錬成陣が立ち上がる。


「出でよ――ゴーレム、ウンディーネ、それにトレント」


 直後、大地からは土の精霊の力を得た幾体ものゴーレム、また雨によってできた水溜りからウンディーネが錬成されて浮かび上がってくる。


「行け。まずは術士に呪詞をうたわせるな」


 チャルの指示で、ゴーレムとウンディーネは詐術士シイティ・オンズコンマンとくまきちに襲い掛かった。


 一方で、シイティたちに加勢しようと王国の現役Aランク冒険者のアルトゥ・ダブルシーカーが駆けつけようとするも――


「くっ! 足に……木の根が絡んでいやがる?」


 チャルの錬成によって顕現した妖樹であるトレントが足止めをした。


 もっとも、その程度ではさすがにアルトゥの馬鹿力を止められるはずもなく、


「ふん。他愛もねえ」


 と、アルトゥは根っこごと引き抜き、トレントをドスンと転倒させた。


 だが、今度はその葉が無数に宙に散って、鋭利な刃のようにアルトゥに攻撃し始める。


「ちい! いちいち、やっかいだな!」


 ここにこて、アルトゥは森と錬成との相性の良さに舌打ちするしかなかった。


 これではまさにトラップハウスにめられたようなものだ。無数の葉による攻撃を双鋏で盾のようにいなしても、今度は大地からゴーレムがぼこりと湧き出て、アルトゥの両足をがっちりと掴まえる。


 しかも、先ほどのトレントとは違って、こちらは馬鹿力でも簡単には抜け出せそうにない。


 さらに、葉による攻撃が一段落したと思ったら、雨水が変形して水の弾丸となって放たれてきた……


 しまいには、にょきにょきと草木がどこからともなく絡んで来て、またアルトゥの体をを拘束してくる。


 トレントやゴーレムより生易しいなと思いきや、こちらはこちらで能力低下デバフ付与に魔力吸引マナドレインときたものだ――


「マッズいな。相手の術中に嵌まりすぎだ……てか、手数の多い魔術士タイプって、あたいの一番苦手なタイプなんだよなあ、こんちくしょう」


 こういうときこそ、魔術が専門の糞妹シイティに踏ん張ってもらいたいものだが……


 と、アルトゥがそちらに視線をやった瞬間、「あれれ?」と無意識のうち、地に片膝を突いていた。


 これはゴーレムによる足止めや能力低下などの影響だけではない。


 アルトゥはやっと気づいた――鼻歌をうたっていたときに放たれた矢に、すでに仕込みがあったのだ。


 おそらく『免疫低下』などの簡単な状態異常を鏃などに塗布していたに違いない。


 道理でさっきから『盲目』がなかなか治らないはずだ。アルトゥほどの強者なら、そろそろ効果が切れていいのに……しかも、今となっては『麻痺』や『混乱』にまで掛かり始めた始末だ。


「そうか……この汚れた水弾のせいか……」


 アルトゥは「く、ふふ」と微笑を浮かべた。


 森という地形効果、雨を降らせての仕掛けや戦闘の相性こそあれ、ここまで追い込まれたのは久しぶりだった。


 さらに、そんな衰弱したアルトゥに向けて、チャルはじっくりと闇に紛れて襲い掛かろうとしていた。


 激しい雨音で足音を消し、認識阻害で姿を消していても、あるいは状態異常を重ね掛けされて気配を探るのが億劫になってきても――さすがにアルトゥは気づいた。


 すぐ背後に狩る者チャルが来ている、と。


 だからこそ、アルトゥは後ろに倒れ込む格好でチャルに身を寄せた。


「ここにきて自暴自棄か?」


 チャルがそう囁くも、アルトゥはそこで本心から笑みを浮かべた。


 ふいにどこからともなく、シイティの返事がくる。


「ええ、その通り。まさに自暴自棄ですわ。こんなふうに雨が地を叩き、攻撃の手数が多くて術式構築する余裕もない。となったら、呪詞をこうして相手の体に乗り移らせるしかないでしょう?」

「まさかこれは――?」


 直後、アルトゥの・・・・・半身に呪詞が刺青のように浮かび上がってきた。


 それが一斉にうごめいて、チャルの体に次々と乗り移っていき、耳朶じだの近くまで忍び寄ると、術式が唇を象ってチャルにさらに語りかけた。


「研究の結果、詐術の弱点を克服するにはこうするのが一番手っ取り早いと考えたのです。肉体に刺青のように入れた呪詞を相手の体内に転移する――周囲が今みたいに騒々しくとも、たとえ『難聴』を仕込んでいても、またアクセサリーなどで対策されても、何ら問題ありませんわ」

「貴様たちは仲が悪かったはずだろう?」「ええ。それが何か?」

「呪詞を事前に肉体に仕込んでおくなぞ、こんな狂気の沙汰……よほど互いを信頼していなければできないはずだ。そもそも、いつこんなものを仕掛けた?」


 すると、アルトゥはいかにも「ふん。まだ分からないのか?」と堂々と胸を張ってみせた。


「別にあの糞妹シイティを信じて、呪詞を受け入れてやったわけじゃねえんだよ」

「ええ。そうですわ。道すがら悪戯しておいたんですわ。だって、ゴリラと熊が夜道で同時に襲い掛かってきたら、か細い私では到底、相手ができませんもの」

「てか、こんな呪詞をあたいの体に勝手に仕込みやがって。状態異常を受けて、身体能力ステータスを精査してやっと気づけたぜ」

「たまには役に立つでしょう?」

「てか、まさかとは思うが、まだ呪詞があたいの体に残っていやしないよな?」

「…………」


 シイティが無言だったので、アルトゥはすぐさま纏っている冒険者の服をばっと脱ぎだした。


 ちなみに、アルトゥの体には今も幾つかの呪詞が認識阻害をかけてまで隠されている。


 もっとも、それは「言うことを素直に聞く」とか、「たまには姉らしく甘えさせてくれる」とか、「何なら腕枕して添い寝してくれる」とかと意外に他愛のないものばかりだ。


 何にしても、シイティが「そんなことより、私の周りのゴーレムたちをさっさと討伐してください」と言ったことで、アルトゥも「わーったよ」と双鋏を振りかざした。


 もちろん、素直に言うことを聞いてあげたのは、詐術のせいでも、シイティの為というわけでもなく、そろそろくまきちが限界だったからに過ぎなかったわけだが……


 それはともかく、アルトゥに重ね掛けされていた状態異常がチャルへと反転して、さらにシイティの詐術によって行動制限までかかったことで、チャルは素直に「やれやれだ」と両手を上げて降参のポーズを作った。


 徹底抗戦するなら、認識阻害を駆使すればやれたかもしれないが、何せチャルに課された依頼は「冒険者二人の駆除」であって――


「解釈も任されているのだから、これだけ足止めしたなら十分だろう」


 と、チャルは殺気を消してまた森の闇に紛れていった。


 こうして『初心者の森』の獣道での戦いは幕を閉じたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る