第157話 騙し合う(初心者の森・獣道)

「ゴリラはゴリラらしく、うほうほと戦えばいいのです。私の邪魔はしないでくださいませ」


 詐術士のシイティ・オンズコンマンがそう言うと、現役のAランク冒険者アルトゥ・ダブルシーカーは「むっきー」と地団太を踏んでシイティに向けてギロリと凄んだ。


 大抵の者ならば、スキル『威嚇』を含んだこの眼差しだけで、身体を硬直スタンさせて何も出来なくなるが……


 さすがに長年、義姉に無駄に付き合ってきたシイティが怯むはずもなく、かえってくまきちだけが「クマアア」と涙目になってしまった。


「そんなことより、チャルさんでしたっけ?」


 シイティはアルトゥを完全にスルーしつつ、ダークエルフの錬成士チャルに声をかける。


「たしか、依頼クエストでこちらにいらしたと仰っていましたよね?」


 その問いかけに、チャルはシイティの顔を見つめつつ、一拍だけ置いてから短く答えた。


「そうだ」

「では、その依頼主についてお聞きしますが、法国の第七聖女のティナ・セプタオラクルで間違いはありませんか?」


 チャルはまたわずかに考え込むような顔つきになるも、いかにも「その通りだが?」といったふうに眉尻を上げてみせる。


 本来なら私的な依頼プライベート・クエストにおいて依頼主が誰なのか明かすのはよろしくない。


 とはいえ、チャルは冒険者ではない。だから、その稼業の暗黙のルールなど知ったことではない。


 シイティはそのことを見抜いた上で、チャルにすぐさま別の・・依頼を持ちかけた――


「どうですか? 私どもに寝返りませんか? 聖女ティナの提示額より多くの報酬をこちらにいる王国屈指の最強最高Aランク冒険者がお出しいたします」

「な、何だとおおお!」


 そんなふうに声を荒げて驚いたのは、むしろアルトゥだった。


 実のところ、アルトゥはついこないだの領主家破壊なども含めて各地で色々と訴えられて、その補償ということで冒険者の給金をがっつりと減らされ、ここ最近は常に金欠でシイティにお金を借りている身だ。


 いわゆるジャイアニズムの権化みたいなアルトゥが末妹に罵倒されてもいまいち頭が上がらない理由がこれであって、いつかは闇討ちして借金を物理的に・・・・チャラにしたいと思っているほどだ。


 そんな事情はともあれ、貧乏なアルトゥに報奨金なぞ払えるはずもなく……いわば、これはシイティからアルトゥに対して、「協力してくれたら少しは借金をチャラにしますよ」といった脅しに他ならない。


 スキルの『威嚇』を使ったら、逆に言葉巧みに脅されるのだから、アルトゥにとってはたまったものじゃないのだが――


「し、し、仕方ない。あたいが……たっぷりと報奨金を出そうじゃないか」


 アルトゥはそう言って、涙目になりながらも胸をドンッと叩くしかなかった。


 そもそも、アルトゥは現在、状態異常の『盲目』にかかっている上に、ここは『森の民』とうたわれるエルフ種に有利すぎる環境で、しかも眼前のチャルは詐術についても詳しい。二対一とはいえ、あまりに相手に有利な条件が重なり過ぎている……


 それに優先すべきは眼前にいるチャルを倒すことではなく、さっさと聖女ティナのもとにたどり着いて、その横合いから牽制することだ。


「ほら、チャルさん。義姉もこう言っていることですし、何ならお尻の毛までむしり取ってくださっても構いませんのよ」


 シイティが「おほほ」と上品に笑う一方で、アルトゥは「ぐぬぬ」と笑みを噛みしめた。


 もっとも、チャルはというと、やはり一拍だけ置いてから「うふふ」と、どこか嘲るかのような笑みを浮かべてみせた。


 そして、やぶからぼうに――


「詐術が寂れた理由を知っているか?」


 と、問い返した。当然、シイティとアルトゥは同時に眉をひそめる。


「その理由はとても単純なものなんだ。何せ、詐術はその術式を発動させる為に、わざわざ相手へと語り……いや、騙り・・かける必要がある。それが結局のところ、ネックになったわけだ。つまり、こうやって――」


 と、チャルが右手の人差し指を天に差してくるくると回すと、いきなり大雨が降ってきた。


 無詠唱による最高位法術の『天候形成ウェザーフォーミング』だ。あくまで局所的とはいえ、ざあざあと降り注ぐ雨によって森が一斉にざわつき始める。


「こうやって、周囲を騒々しくしてしまうと、騙りによる術式そのものの構築が難しくなる。そうでなくとも、この術式は状態異常『難聴』と相性が悪い。私はさっきから貴様らの会話を口の動きだけで読み取っていたわけだが、はてさて、そのことも踏まえて改めて確認したい――」


 チャルはそこでいったん言葉を切って、耳もとを片手でとんとんと叩くと、これまた無詠唱による法術の『治療』で自身にかけていた状態異常の『難聴』を解いた。


 これにはシイティもさすがに目を大きく見開いた。


「さっきから貴様の言葉の端々に詐術の呪詞をこっそりと溶け込ませ、私を貴様らになびくように仕向けたのはなぜだ? この程度の詐術を私が見抜けないとでも思っていたのか?」


 もっとも、チャルの訝しげな問いに対して、シイティはむしろぱちぱちと拍手で返した。


「さすがですわ。正直なところ、私としては入口広場に向かうよりも、あえてここで足止めされて、チャルさんに色々とお話を伺いたいくらいです。ところで、後学の為にお聞きしたいのですが、どこで詐術に気づかれました?」

「初めからだ。貴様が詐術士だと聞いていたから、『難聴』で対策を取っていただけだよ」

「そうでしたか……たしかに詐術はこの雨風のように防音対策を取られると極端に弱体化する術式です。私もほとほと困っております」

「さっきも言ったろう。もとは師匠が悪戯で作ったものなんだ。到底、実戦向けではない。それに、貴様らはそもそも仲があまり良くないはずだろう?」

「ええと……まあ、たしかに……どうなんですか、お義姉さま?」


 シイティがそう言って、アルトゥに話を向けると、アルトゥは「最悪の関係だよ」と唾棄した。


 そんな態度にシイティはむしろ微笑を浮かべたが、チャルはというと、「はあ」と小さく息をついて肩をすくめてみせる。


「そんな義姉のことを『王国屈指の最強最高Aランク冒険者』と紹介していたよな? 詐術によってさりげなく身体強化バフを掛けようとしたわけか。まあ、その時点で確信したよ。こいつはとんだ食わせ者だとな」


 チャルがそう答えたことで、シイティもまたやれやれとため息をついた。


「では、詐術は一切使わずに改めてお聞きします。ご迷惑をかけた不手際も含めて、先ほどの倍の額を用意いたしましょう。全ての金額は不肖の義姉がお出しします。どうか私どもにお味方いただけませんか?」


 もちろん、アルトゥは「なぬううっ!」と険しい表情を向けたが、くまきちがまた「クマアア」と泣いたので、仕方なくなりゆきに任せることにした。


 とはいえ、今度はチャルも口の動きをろくに読み取らずに即答した。


「断る。受けてやる義理がない。そもそも聖女ティナから報酬をもらって、さらに――貴様らから有り金全てを分捕ればいいだけの話だろう?」


 チャルはそう言って、いかにも『森の民』らしく……いや、森では最強ほ誇る狩人のエルフ種らしく、傲岸に笑みを浮かべてみせたのだった。

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