第156話 気にせずにおく(初心者の森・獣道)

チャル視点で戦闘回を始めたかったのですが、その前に書くべきことができたので、今回は回想シーンになります。チャルVSアルトゥ、シイティ、くまきちの戦いを期待していた方は申し訳ありません。



―――――



 ほんの少しだけ話は遡る――


 ダークエルフの錬成士チャルは法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルから召喚術による聖鳥で連絡を受け取って、『初心者の森』の入口広間へと向かった。


 さすがに『森の民』とうたわれるだけあって、あるいはこの森を拠点としていただけあって、誰にも気づかれずに移動するのは容易なことだ。


 どのみちムラヤダ水郷に移動するつもりだったから、その前にティナの依頼クエストでもこなして、もうひと稼ぎぐらいしておくかと、さながら勤勉な冒険者みたいな考えでもってティナのもとに馳せ参じたわけだ。


 ところが、入口広場に着いて、チャルはすぐさま「はああ」と大きなため息をついた。


「なあ、ティナよ。お前の隣にいるエルフとは、いったいどういう関係だ?」


 すると、ティナはそばにいたエルフの女将軍ジウク・ナインエバーにちらりと視線をやってから悪びれずに答えた。


「最早、同士みたいなものですわ」

「は? 同士だと?」

「はい。同じ男性を愛し、かつとある悪女の弾圧に決して屈せず、さらに共に将来を誓い合った仲と言いますか……いっそ最早、血よりも濃い結びつきと言ってもよいかもしれません」


 ティナからすれば、ていよく第三聖女サンスリイ・トリオミラクルムから守ってくれる存在にすぎなかったが、それでもリンムの第二夫人としてきちんと遇しようと考えていた。


 ともあれ、そんなティナの言葉を聞いたジウクが「まあ、間違ってはいないな」と呟き、「うむうむ」と首肯したタイミングで、チャルは履いていたサンダルを脱いで、すぱーんとジウクの頭頂部を叩いた。


「い、痛っ! いきなり何をするのですか、チャル?」

「あら? 二人はお知り合いだったんですの?」


 ティナの疑問に、チャルはまた「はああ」とため息をついてから答えた。


「本土からの腐れ縁みたいなものだ。比較的初期のうちにこちらの大陸に渡って来たエルフ種は限られているからな。だから、こいつの母親とはそれなりに付き合いがあって――」

「ええ。その都合で、私はチャル様と面識を得たわけです」


 ジウクがチャルの言葉を継いで説明すると、ティナは「ふうん」と曖昧に肯いた。


 正直なところ、ティナにとっては二人の関係性はわりとどうでもよかった。それに、こちらの大陸ではエルフ種は希少過ぎて、エルフとダークエルフがかつて犬猿の仲だったといった禍根までは伝わっていない。


 だから、ティナは「まあ、いいですわ」とけろりと言って、改めてチャルに向き合った。


「それで結局のところ、わたくしの出した依頼を受けていただけますの?」

「味方しろということだったが……具体的には何をすればいいんだ?」


 チャルが逆に尋ねると、今度はティナに代わってジウクが前に出た。


「チャル様ならば説明する必要もなく、この森に侵入者が入ってきたことは分かりますよね?」

「ふん。舐めるな。たしかに森がざわついているな。それなりの実力者が二人か。リンムの家の方からこちらに近づいて来ているようだ」

「チャル様には、その者たちを駆除して頂きたい」

「何者なんだ?」


 そんなチャルの短い問い掛けにはティナが答える。


「おじ様の義理の娘たちです。どちらも王国の冒険者で、一人は『全てを断ち切る双鋏』こと現役Aランク冒険者のアルトゥ・ドブシスター、もう一人は『国家転覆の詐欺師』こと詐術士のシイティ・ウンコンマンだったか、と」


 興味のない者の名前をこれほど豪快に間違えて覚える聖女もどうかとは思うが……


 それはともかく、チャルは片方の職業が詐術士ということを耳にして、「ほほう」とわずかに眉尻を上げた。少なくとも興味は持てそうな相手だ。


「まあ、条件によるな」


 チャルがそう答えると、ティナはどこからともなく算盤を取り出して、職業の商人でも持っているかの如く、見事にぱちぱちと弾いてみせた。


「金額で言えば、これぐらいでいかがでしょうか?」

「少ない。色を付けろ」

「えー。たった二人ですよー」

「王国の高ランクなのだろう? しかも、こちらは一人で対応するんだぞ」

「仕方ないですねえ。じゃあ、ぱちぱちっと。これでいかがですか?」

「もうひと声だな」

「ええい。じゃあ、私に貸し一つでどうですか!」


 チャルは「ふむん」と顎に片手をやって考えた――


 ティナは法国の聖女というだけでなく、王国では侯爵家の子女だ。それなりに立場のある者に貸しを作っておくのは、今後、ムラヤダ水郷に拠点を移すチャルにとって悪い話ではなかった。


「よし。いいだろう。駆除という話だったが、その意味合いについてはこちらで勝手に解釈させてもらう。いいな?」

「ええ。構いませんわ。せいぜいひん剥いて泣かしてあげてください」


 これまたとても聖女の言葉とは思えなかったが……


 それはともかく、チャルは前に出ていたジウクにそそくさと寄ってぼそりと囁きかけた。


「で、なぜ貴様がここにいる?」

「皇帝ヘーロス三世の治世になってから帝国が揺らいでいます。その為、リンム・ゼロガードの動向に注視している次第です」

「やはり、あれは英雄ヘーロス殿の子か?」

「はい」

「今回、ティナに味方している理由は?」

「――――」


 ジウクの長々とした説明を聞いて、チャルは三度みたび、「はああ」とため息をついた。


 ついでにじろりとジウクを睨みつける。明らかにティナにそそのかされているではないか。しかも、ジウク本人はさっぱりそのことに気づいていない。そもそも、ティナはリンムの現地妻でもなければ、冒険者でもないのだ。


 はてさて、ここでその誤解を正すべきか、チャルは「うーん」と考え込んでから、「まあ、いいか」と呟いた。


 これから入口広場にリンム・ゼロガードがやって来るというのに、いちいち揉めていられないし、そもそもリンムならば何とかしてくれるだろう。とりあえず、チャルは依頼されたことだけ果たそうと決めた。


 そんなこんなでチャルは獣道に向かって、二人の冒険者と相対したのだった。



―――――



チャカ・オリバー・カーン「堂々と樹に吊るされているのに見向きもされていない?」

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