第154話 見定める(イナカーンの街・門前)

「ウーゴよ。屈折と反射じゃ! わしらは最初から目を騙されておった! こやつは雷の使い手ではない! 光の・・聖女じゃ!」


 王国の老騎士ローヤル・リミッツブレイキンがそう叫んだ瞬間、ギルマスのウーゴ・フィフライアーは目をつぶった。


 接敵にしても、気配を探るにしても、五感で最も頼りにするのは視覚だ――たとえどれだけ魔力マナ反応に敏感でも、生来の魔術師でない限り、騎士職の者はどうしたって目に引きずられがちになる。


 だからこそ、このときウーゴはあえて視界を閉ざして、認識阻害による魔力のゆらぎにだけ注意した。


「背後から迫りくる者が一人……眼前にいて僕と戦っていた者が一人……そして、じっとそばで機をうかがって動かない者が一人……ということはまず――」


 ギルマスのウーゴは背後からの襲撃のタイミングで横っ飛びして、そばで静観していた者に片手剣で斬りかかった。


 この者が前後の敵に指示を出しているのでないかと直感したからだ。


 もちろん、はたから見れば、ウーゴは何もない空間に剣を振るったように思えたわけだが――


「うぐっ!」


 という呻き声と同時、そこには守護騎士ライトニング・エレクタル・スウィートデスが現れ出てきた。


 その新たなライトニングはというと、認識阻害による偽者でも、はたまた暗殺者などが扱うスキル『分身』でもなかった――紛う方なく、実体を持った本物だ。


 つまり、この戦場にはライトニングがこそこそと隠れて幾人も・・・存在していたことになる。


 さながら暗殺一家ドクマワールの家人のように。しかも、光系と闇系の二つの魔術を重ね掛けするという用心深さだ――


 前者は第三聖女サンスリイ・トリオミラクルムが初めのうちに『電撃ライトニング』と称して放った『光のプリズム』で、これは本来、相手の視覚と聴覚を狂わせる地形効果を生じさせる。しかも、味方には『定時回復リジェネレーション』まで付与する特級の光系魔術だ。


 また、後者は最早、説明不要だろうか。ライトニングが自身にかけていた認識阻害で、もともと蛸の魚人なので闇魔術はさほど得意ではないはずだが、それでも三百年も生きているとウーゴが注視しないと気づかないレベルには達するようだ。


 さて、こうして幾人ものライトニングがこの場に潜んでいると分かった、今――


「老師!」


 ギルマスのウーゴは咄嗟に老騎士ローヤルへと駆け寄って背中合わせになった。


 これまでは敵が二人だからそれぞれ相対したわけだが、そうでないならば死角を潰す必要がある。


 しかも、これほど用意周到なからめ手を仕掛けてくるとなればなおさらだ。


「ウーゴよ。幾人までの魔力を読み取れた?」

「七……八……ほどでしょうか。正直なところ、聖女の後ろにもっといそうな予感はするのですが……」

「上出来じゃ。十は下るまい。じゃが、問題なのは相手が蛸の魚人ということよ。おそらく物理的な攻撃に対する高い耐性を持っておる」

「なるほど。先ほど一体は斬ったと思ったのですが……姿を現したライトニングはさほどダメージを負っているようには見えませんでした」

「『定時回復リジェネ』の効果もあるじゃろうな。はてさて、どうしたものか」


 老騎士ローヤルはそう応じて、「ふむん」と小さく息をついてから「背中は預けた。そのままわしに付いてこい」と、ウーゴに囁いた。


 そして、片手剣を鞘に納めて、ゆっくりと一歩ずつ聖女サンスリイのもとに進む。


「なるほどな。距離を取っていたにもかかわらず、お前さんがその錫杖を振るうたびに『雷撃』とも、他の魔術とも違う、けったいな圧が飛んでくると思ったが……こんなふうに守護騎士が隠れ潜んで攻撃を仕掛けてきていたというわけか」


 ローヤルがそう言いながら一歩踏みだすたび、「うがっ!」とか、「ぐふっ!」とかと声が上がった。


 幾人もの守護騎士ライトニングが身を消しつつ攻撃を繰り出しているのだが、ローヤルは目をつぶらずとも、そんなライトニングたちをいなして両拳でカウンターを入れているのだ。


 種さえ分かればもう迷いはないといったふうで、これにはすぐ背後にいたウーゴも、また相対していた聖女サンスリイも瞠目どうもくした――


「さて、どうするかね。法国の第三聖女サンスリイ殿よ。このまま、また詰め寄ってもよろしいか?」

「ふん。さすがは一時、大陸最強とまで謳われた騎士ですね。貴方一人だけを恐れて、帝国が王国攻めを半世紀も遅らせたという噂も肯けるほどです」

「やれやれ。爺に褒め殺しなぞ、通じんよ」

「いえ。素直に感嘆しているのですよ。これで第一聖女お姉さまの守護騎士になってくれていれば……今頃、法国は帝国を成敗できていたかもしれないというのに」


 聖女サンスリイはそう言って、老騎士ローヤルを睨みつけた。


 しばらくの間、門前では沈黙だけが過ぎていった。二人は何か探るかのように互いの出方を待っていたが――しびれを切らしたのはサンスリイの方だった。


 いや、焦れたというより準備ができたと言うべきか。どうやら『光のプリズム』と『認識阻害』の重ね掛けによる包囲網が完成したらしい。


 今では守護騎士ライトニングたち全員が姿を隠しながら、ローヤルとウーゴを囲い込んでいた。


 その気配をしっかりと感じ取ってから、ローヤルは背後に囁いた。


「ウーゴよ。雷に・・気をつけよ」

「え? 相手は光の聖女だったのでは?」

「これまであやつは光系を中心に使っていただけに過ぎん。こうやって守護騎士ライトニングどもが円を描くように等間隔で距離を取っている以上、『雷撃』による範囲攻撃も考慮すべきじゃ。もちろん、ブラフかもしれんがな」

「承知しました。それで僕はどういたしますか?」

「もし『雷撃』が可能ならば、こうして二人でまとまっていては格好の的じゃ」

「はい」

「わしが前方の聖女を何とかする。おぬしはわしから離れて、守護騎士を可能な限り切り捨てろ。彼奴等きゃつらの相手をしている間は、雷も早々、お主だけに落ちてはこんじゃろうて」

「畏まりました」


 ギルマスのウーゴが短く答えた直後、老騎士ローヤルは剣の柄に片手をかけた。


 ずっしりと重心を落として、さながら一気呵成に駆け込むような姿勢となって、聖女サンスリイをじっと見つめる。一方で、サンスリイは不敵な笑みを浮かべつつ、「ふん」と鼻を鳴らした。


「では、行くぞ。法国最強の聖女よ」

「ええ。来なさい。王国――いえ、大陸最強と謳われた騎士」


 直後だ。


 まず動いたのは――意外にも、ウーゴだった。


 サンスリイの気を少しでも散らす為に陽動を買って出たわけだ。こちらはローヤルとは違って、いまだに目を閉じたままま、魔力マナを幾つも感じとれる方へと突っ切った。


 が。


「な! ば、馬鹿な!」


 ウーゴは途中で姿勢を崩した。


 地面が抉られていたのだ。そこに足が引っ掛かって転倒しかけた。


 さすがに偶然ではなかろう。おそらくライトニングたちがこっそりと罠を仕掛けていたに違いない。


 ただでさえ目を閉じているのに、さらに光の屈折で地面まで隠すという狡猾さだ。これにはウーゴも思わず、「ちいっ」と舌打ちした。


 とはいえ、最早、止まることはできなかった。やや前傾の姿勢になりつつも、ウーゴはライトニングたちの群れに突っ込んだ。


「う、おおおおおっ!」


 こうなったら修羅になろうと決めた。


 斬って、斬って、斬り捨てる。ウーゴは今、まさに、ライトニングたちに剣先を向けた――


 そんなウーゴがならば、ローヤルはまさにだった。「すう」と短く息を吸ったまま、ローヤルはその場で泰然自若としていた。


 これにはかえって相対しているサンスリイも片頬を引きつらせるしかなかった。


 動きだしたウーゴを魔術で狙い撃ちにしようとすれば、その隙をローヤルは突いてくるだろう。


 それに、幾人ものライトニングたちで囲った円陣はなるべく崩したくなかった。こちらは数で圧倒しているのだ。さらに陣も敷いて、優位性を確保しているというのにそれを捨てるのは愚策だろう。


 そもそも、ローヤルが看破した通り、サンスリイは光系の魔術に長けているだけでなく、『雷撃』やその上級、はたまた範囲魔術まで扱えるのだ。


 二つ名として『稲光る乙女』と謳われるのは伊達ではない。


「本当は……囲った時点で『雷撃』を落として終わらせるつもりでしたが……さすがに気づかれたようですね。戦闘経験値の差でしょうか」


 聖女サンスリイはそう呟いて、老騎士ローヤルに向けわざとらしく、くいっと顎を上げた。


 いかにも「そちらから攻めてきなさい」と、ローヤルを挑発したわけだ。こうなったらローヤルの剣戟を錫杖で受け止めた瞬間に、サンスリイ諸共に『雷撃』を落とすつもりでいた。


 光に対しては聖女だけに完全耐性を有するサンスリイだが、雷は不完全だった。


 むしろ、雷の場合は熱の問題があって、どちらかと言えば火に対する耐性に近い。サンスリイがなるべく『雷撃』による攻撃を避けてきた所以ゆえんだ。


 それを覆してまで、サンスリイは決死の覚悟を決めた。


「さあ、ここで雌雄をつけましょう! 最強の名は私がもらい受けます!」


 二人の間に稲光が落ちたかのような緊張が走った――


 その瞬間だ。


 相対していた老騎士ローヤルが意外にも……


「ふう。やれやれじゃ」


 と、息を吐いて、そっぽを向くと、剣の柄から手を放したのだ。


「なあ、聖女殿よ。もう止めじゃ。これぐらいで十分じゃろう? ここにはどうやら――誰も・・おらんよ」


 ローヤルはそう言って、鷹揚に肩をすくめてみせたのだった。



―――――



次回、突貫したウーゴの運命や如何に?


それはそうと、『トマト畑』を読んでいらっしゃる方はご存じでしょうが、パーンチとクラーケンの間には作中だけでも一万人もとい一万匹ほどの子供がいますから(通常、蛸は一回で五千匹以上産卵するそうです)、たこ焼き屋のたこになる以外にこうして各地に偏在していったわけですね。そのうち自然淘汰されなければ、この世界は蛸だらけになるやもしれません……


次の話で門前回は終了して、その途中で森の中の義娘たち冒険者二人に焦点が移ります。

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