第153話 正体を見破る(イナカーンの街・門前)

ここからはギャグ回から一転しての戦闘回です。タイトルにある通り、まずはリンムたちからいってん離れて、街の門前に視点は戻ります。



―――――



 イナカーンの街の門前では、誰もが幕舎設営の手を止めて、はらはらしながら戦いの行方を見守っていた――


 街を守るように背にして戦っているのは、王国の近衛こと老騎士ローヤル・リミッツブレイキン、それに冒険者ギルドのギルマスのウーゴ・フィフライアー。


 そんな彼らに相対しているのは、法国最強とうたわれる『稲光の乙女』こと第三聖女サンスリイ・トリオミラクルムと、その守護騎士ライトニング・エレクタル・スウィートデスだ。


 一時は老騎士ローヤルが聖女サンスリイの懐に入ったことで勝負が決したと思われたものだが……なぜかローヤルはすぐさま押し出されてしまっていた。


「ふむん。これは……何と、面妖な」


 傍からちらりと見たギルマスのウーゴからすれば、サンスリイが転移したように映ったが――


 こちらはこちらで眼前にいる強化人間みたいな守護騎士ライトニングにかなり手こずらされていた。


 つい先ほどまで麗しの令嬢のような美しい金髪をなびかせつつ、黒いロングスパッツを穿いただけ、しかも上半身は黒塗りの燕尾服といった、どこか変態的な格好で四つん這いの馬に扮していたライトニングだったものの……


 今では上半身の筋肉が膨張して、さらに両手に顕現した拳武器には雷属性が付与されたのか、ウーゴも下手に攻撃をしたら感電するとあって、拳闘士相手の近接戦で回避するだけの防戦一方になっている。


 しかも、何よりたちが悪いのが、ライトニングの拳撃が予期せぬところからやってくることだ。


 まるで複数の腕でも持っているかのようで、ウーゴもじりじりと後退させられていた。


「さすがは守護騎士……噂にたがわぬ強さです。しかしながら、騎士なのに拳を武器にするとはいささか野蛮ではありませんか?」


 ウーゴは相手の隙を見出す為にそんな挑発をあえてしてみた。


 すると、ライトニングはウーゴをじろりと睨みつけてから、初めて「あばばば」以外の言葉を喋った。


「騎士とは主人を守る為にある者です。武器なぞ関係ありません」

けだし、もっともな話ですね。ところで、職業が拳闘士といい、急に膨張した筋肉といい、もう一つだけ伺いたいのですが……貴方はもしや亜人族なのでは?」

「それが貴方と私の戦いに何かしら関係あるのですか?」

「いえ。全くもって。ただ、異種族に寛容な帝国や公国と違って、法国は人族中心主義だと思っていたので、事実なら意外だなと思っただけです」

「なるほど。たしかに聖女様が全て人族から選ばれるので誤解されがちですが、当国は建国当初よりそのような主義主張は持っておりません」

「ほう? 亜人はエルフ種を代表するように長寿だと聞いていましたが、そんなに昔から生きているのですか?」


 ウーゴはそう言いながら、片手で頬から垂れてくる汗を拭った。


 亜人族にしろ、魔族にしろ、長く生きるということはそれだけで脅威となる。素の身体能力ステータスは伸びるし、知識や戦闘経験の蓄積もまた厄介だ。


 すると、ライトニングはこれまた初めて笑みを浮かべながら言った。


「私は拳の破壊王デストロイヤーパーンチを父に、そして元第八魔王の巨大蛸クラーケンを母に持つ、蛸の魚人でかれこれ三百年は生きています。この意味が貴方に分かりますか?」


 当然、ウーゴにはよく分からなかった。


 仕方のないことだろう。拳の破壊王も、第八魔王も、本土・・の称号であってこちらの大陸には伝わっていない。


 ただ、王と名乗る強者たちを継ぐ者が相手となれば話は変わってくる。ウーゴは片手剣を正眼に構えて、顎をくいっと上げることでいかにも「かかってこい」と態度で示した。


「いいでしょう。無知な貴方に躾をいたします」


 直後、眼前からライトニングが消えた。


 ウーゴは目をしばたたいた。先ほどのどこからきたのか分からない拳撃も脅威だったが、今度は本人が丸ごといなくなったのだ。


 蛸の魚人と言っていたから腕が八本あるのだと考えれば、不可解な攻撃もまだ理解はできた。そもそも、認識阻害でこれほどに麗しい人族に扮するのだから、腕を隠すぐらいはお手の物だろう。


 だから、今度こそウーゴも意識をライトニングに集中していた――


 が。


 ライトニングは消失した。


 気配はあった。先ほど立っていた場所にはっきりとまだ存在している。


 それなのに、今、まさに、ウーゴの背後から迫ってくる気配もありありと感じられた。


 まさか王都のBランク冒険者のアデ=ランス・アルシンドが動いたのか? いや、アデは微動だにしていない。最悪の場合は助けてくれるかもしれないが、今はまだ静観中か。


 となると、これは何だ? この気配はいったい何だというのだ?


 ウーゴはまた手で滴る汗を拭った。


 ……

 …………

 ……………………


 同時に、老騎士ローヤルも違和感を抱いていた。


 つい先ほど、詰め寄ったと思いきや、距離をいきなり取られたときには「面妖な」と呟いたが、今では面妖を通り越してあまりに可笑しな事態におちいっていた。


 というのも、聖女サンスリイが錫杖を取り出して、それを振るうたびに――十メートルほども離れているというのに攻撃を受けるのだ。『雷撃』でも飛んできているのかと錯覚するも、ただの魔術によるものではなかった。明らかに打撃の感触がある。


「いやはや、まるで奇術師とやり合っておるような……ほんに嫌な感触じゃわい」


 ローヤルはそう呟いて、ウーゴ同様に冷や汗を落とした。


「年甲斐もなく、熱くなってしもうたようだな」


 ローヤルは「ふう」と小さく息をついて、落ち着こうと努めた。


 こういうからめ手相手に真っ向勝負を挑むなぞ愚の骨頂だと、ローヤルはその経験からよく知っていた。ここらへんは名乗りを受けて熱くなったウーゴとの差か。


「ん? ちょいと待てよ」


 ローヤルはふと眉をひそめた。


 熱い、と感じた。たしかに体は火照っていた。


 こればかりは仕方のないことだ。何せ、戦っているのだ。幾つ年を重ねても、熱くならない方がどうかしている。


 だが、ローヤルが不審に感じたのは、熱くなったことではなかった。むしろ逆だ――熱くならなかったことについてだ。


『稲光の乙女』と謳われる聖女サンスリイの落雷に全く熱さを感じなかったことだ。


 落雷には熱が伴うはずだ。樹々に落ちて山火事になる例だって多々ある。それなのに、サンスリイの攻撃には――肝心の熱がない。


「ほんに……面妖なことじゃのう。ということは……あの雷、いやこの門前を覆っている魔力マナはまさか?」


 ローヤルはちらりとウーゴに視線をやった。


 今、まさにウーゴは挟撃・・を受けようとしていた。そのことにウーゴは気づいていても、ろくに対応できていない。


 認識阻害ではない。それならばウーゴは魔力マナ残滓ざんしを気取ることができるはずだ。となると、考えられるのは一つしかない――


「ウーゴよ! 屈折と反射じゃ! わしらは最初から目を騙されておった! こやつは雷の使い手ではない! 光の・・聖女じゃ!」



―――――



さすがはローヤルさんです。それはともかくとして、今回ライトニングの素性で出てきた意外な名前――パーンチとクラーケンは例によって『トマト畑』の登場人物です。クラーケンの登場はかなり後半ですが、パーンチは第一話から出てくる人物です。『拳の破壊王』は冒険者時代の二つ名ですね。

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