第151話 告白(後半)

 リンム・ゼロガードとスーシー・フォーサイトは『初心者の森』の入口広場にやって来た。


 広場の中央では幾つか松明に火がくべられ、その奥にある大樹には巨体の男性が両手を縛り付けられて吊るされている……


 ……

 …………

 ……………………


 その姿を見たとたん、リンムとスーシーは使命も忘れて、無言できびすを返したくなった。


 というのも、領主のチャカ・オリバー・カーンがほぼ全裸だったせいだ。まとっているものは目隠し用の黒布と、せいぜい男性器を覆っているソックスぐらいか。


 全身が熊みたいに毛むくじゃらなので、野性味のある毛皮ファーでも着ているように見えるのが、かえって可笑しく見える。


 これにはリンムも、「やっぱ俺……イナカーンの街で一生過ごそうかな」と、つい先ほどの言葉を後悔していたし、スーシーにしても、「ごめん、義父さん……あの阿婆擦あばずれ、やっぱり聖女なんかじゃなかったわ」と呟いていた。


 もっとも、この格好は帝国の女将軍ジウク・ナインエバーの入れ知恵であって、決して第七聖女ティナ・セプタオラクルの趣味ではない。


 また、ジウクにしても、人質にしておくのならば、武装解除はきちんとしておくべきだというまっとうな考えによるものであって、絵面えづらがこうもマズくなったのは、あまりに毛むくじゃらな全裸の中年男と、そのそばにさも平然と突っ立っている美少女という構図のせいに他ならない。


 何にしても、スーシーがやれやれと肩をすくめて、ティナに注意を促そうとしたところで、急に――


「スーシー。距離を取って構えろ。それと樹々の奥に注意するんだ」


 と、リンムが片手で制した。


 そのリンムはというと、ティナとチャカがいる位置よりもずっと奥に向けて声を上げた。


「姉弟子よ! そこにいるのだろう? これはどういうことか、説明願いたい! もしやティナをそそのかしたではあるまいな?」


 これにはスーシーもギョッとした。その存在を全く察知できなかったからだ。


 とはいえ、これはスーシーの落ち度ではない。スーシーも騎士として斥候系のスキルはそこそこ持っているが、さすがに『森の民』とまで例えられるエルフ種には敵わない。


 それでもリンムが気づいたのは、かつてジウクと共に修行して、その際に剣技を師匠のラナンシーから、また採取や狩猟の技術を姉弟子から教わったからに他ならない。


 リンムがFランク冒険者にもかかわらず、この『初心者の森』に誰よりも精通しているのはこうした背景バックボーンがあるからだ。


「心外だな。私はこの娘に手を貸してやっただけだ。唆されたというならば――むしろ、私の方ではあるまいか」


 すると、樹々の間からジウクが数歩、進み出てきた。


 弓矢をしっかりと構えて、リンムとスーシーが隙を見せた瞬間に放ってきそうな雰囲気だ。おそらくそのやじりには強烈な神経毒あたりが塗られているに違いない……


 そんなジウクにリンムが淡々と声をかける。


「調子は良くなったのか?」

「調子……? ああ、操られていたことは師匠に聞いたよ。面倒をかけたな」

「治ったようならば問題ない。それと……内縁の妻の件だが、今のうちにはっきりと言っておくと、俺はそんなものに了承した覚えはないぞ」

「その件も迷惑をかけたな。忘れてくれ」

「いいのか?」

「うむ。今はこの娘ティナが現地妻、私が都妻だ。それで合意している」

「…………」


 リンムは無言で天を仰いだ。意味が分からなかった。


 というか、問題がより悪化しているように思えた。それともいまだ魔族に操られて、ちょっとばかし頭が可笑しいままなのだろうか……


 いやはや、目の前で樹に吊るされてだらんとしているほぼ全裸の領主といい……その横で平然としている聖女といい……まともだと思っていた姉弟子といい……ここにきてリンムはやっと、今回の任務の難しさに気づいて、はたと頭を両手で抱えたくなってきた。


 一方で、エルフの女将軍ジウクはというと、おそらくこの場で最も冷静に全体を俯瞰していた。


 リンムと共に来た人族の女性は――事前にこの娘ティナから聞かされていたリンムの義娘で、王国の神聖騎士団長を務める者に違いなかろう。


 なるほど。若いのになかなか腕の立つ強者だが……残念ながらジウクの相手ではない。


 そもそも、『王国の盾』たる神聖騎士は隊や団として守備につかれると厄介だが、こうして団長一人だけ来られてもさして脅威ではない。


 そういう意味では、法国の聖女の護衛として付いてきた少数精鋭の騎士たちを不慣れなはずの森の中で始末しようと考えた魔王アスモデウスの計略は正しい。


 とはいえ、それが上手くいなかったのは、紛う方なく――リンム・ゼロガード。この不出世の冒険者のせいに違いない。


 二十年前と比して、ずいぶんと老けたが……


 その穏やかな佇まいは……いや静謐せいひつな闘気はまさにかの英雄を継ぐ者。


 ジウクはリンムを推し測りながら「うむうむ」と幾度か首肯してみせた。


 幸いにしてリンムの現地妻ティナは王国からの亡命・・を申し出ている。このままリンムと共に帝都に連れて帰って保護するのが最善か。


 そこまで考えて、ジウクはまず当事者同士リンムとティナの言葉に耳を傾けた――


「ティナ……落ち着いて聞いてほしい」

「何ですか、おじ様?」

「俺は、君の騎士になるよ」


 直後、ティナは驚きのあまり、「きゃ」と両手で口もとを覆った。


 いかにも感極まったといったふうに両目に涙さえ浮かべている。おそらく傍若無人が板についてきたティナにしても、断れるかもしれないと考えていたのだろう……


 何にしても、ここでリンムがもし「守護騎士」と言っていたなら、ジウクも「ん?」と首を傾げて、ティナを法国の第七聖女かもしれないと疑っていたはずだ。


 だが、このときリンムは言葉を簡略化してしまった。おかげで、ジウクは口説き文句としてよくある台詞として受けとった。


「よかったなあ、ティナ!」

「はい! ありがとうございます……ジウク!」


 リンムやスーシーからすれば、いつの間に二人はこんなに仲良くなったのか。


 いやはや、よく分からない状況だなといったところではあったものの……こうして聖女に虐げられて街から出奔した女冒険者ティナはリンムに正式に嫁として認められた――と、ジウクはみなした。


 あとは二人の愛の逃亡劇をせいぜい手助けするだけだ。


 といったところで、唐突な横やりが入った。リンムのすぐそばにいたスーシーだ。


「ちょっと待って、ティナ。とりあえず、騎士の件については……おめでとう」

「ええ。ありがとう、スーシー。無二の親友に祝ってもらえて、私はとてもうれしいですわ」

「うん。でもね。悪いけど、義父とうさんは渡さない」

「……え?」

「だって……私だって義父さんが好きだから!」


 ……

 …………

 ……………………


 このとき、ジウクは悟った。これぞまさしく修羅場だな、と。


 同時に、スーシーは顔を真っ赤にしながらもリンムに絡みつくようにしてティナに宣戦布告したのだ。


「さあ、領主チャカ様の縄を解いて、私と一緒にイナカーンの街に戻って来て! そうしないと――義父さんの頬にちゅー・・・しちゃうんだからあああ!」



―――――



領主チャカ「そろそろ、腕が限界……」


さて、そんなチャカの吊るされた状況は置いておいて、とんでもない告白が出たものですが、詳細については次話で分かります。前半に比べて一気にコメディっぽくなってきましたね。


次話の更新ですが、最近、色々とあって書き溜めができていないので、明日ではなく、29日(金)となります。ご了承くださいませ。

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